2016年05月25日

クアトロ、セゾン




先斗町にあるレストランで、川沿いに建っている店は、川床がある。
クアトロ、セブンという名の、イタリアンも、その一つ。
人気の店のようで、平日は、女性客ばかりで賑わっていた。
河床をしている店は、高いという先入観があるが、ランチは、2500円と、3500円。


1000円の差で、内容がずっと充実しているので、高い方にした。
お骨納めの帰りでもあり、法事のようなものだから。


河床に案内してもらったら、太陽が照りつけて、これはたまらないと、屋内に変えてもらった。他の人達は、我慢しながらも、帽子を被って、川床で食事を楽しんでいる様子。
まさか、真夏日になるとは思わなかったのだろう。
ジリジリと焼けるよう。紫外線がどうのと居合わなかった頃なら、太陽は歓迎されたけど、
紫外線がお肌の大敵にように言われるようになって、真昼の河床は困る。
夜は、ぐんと高くなるだろう。


お料理は、どれも美味しい。
お皿も凝っている。
帰りに、ステーキをラベている女性客がいた。1000円のアップと書いていた。
ステーキはいらない。家でも大して変わらないもの。

夜にものだ  

Posted by アッチャン at 10:58Comments(0)旅のグルメ

2016年05月24日

会話




祖母が元気だった頃、生きているということは、会話が出来ること、と言った言葉が、いつも心の中に残っている。
祖母は、話をするのが好きだった。寂しく育った人なので、人懐っこくて、誰からも好かれた。
父が、仏さんのような人と形容したほど、いつも穏やかで、優しかった。
きらびやかなものは、何一つ付けず、清潔で、清楚という言葉がふさわしい。
祖父は、古武士のような人だと言われた。
貧しい暮らしの、長男として、尋常小学校を出ると、饅頭屋に奉公して、独立し、店を出していた頃、母は生まれた。
祖母の背中で、母がぐずると、祖母は練っているあんこを、母の口に入れて機嫌をなおしたと、母から聞いた。
戦争で、砂糖が手に入らなくなり、祖父は、店をやめて、保険の外交員になつた。
祖父がどうして、刀屋になったのかは聞いていないが、私が知っている祖父は、刀の鑑定や、刀の品評会に出かけて行き、家で、刀を研いでいた。
祖母は、刀の鍔入れを縫っていた。
祖父は無口な人だつたが、女性に好かれ、裕福な美人の後家さんから熱烈な手紙をもらつて、手紙のやり取りをしていたという話が出ると、バツの悪い様子もなく、笑っていた。
祖母が話す、夫の恋物語は、公然の秘め事だつた。
男の色気が漂う人だつた祖父の、そういう素質を母は受け継いだようだ。
言葉が思うように話せなくなった母が、昨日、私が行くと、来たの、と言ってくれた。嬉しかった。まともな会話が出来た喜びに感動した。
ほとんどの場合、意味がわからない言葉に、私は頷くばかりだつた。
来たのね、と言った母に、そう、来たのよ、と。簡単な会話だけど、心が通じ合う喜び。
頭の手術をしてから。少しづつ言葉が出てきて、新しい驚きと感動がある。
生きているということは、会話をすること。祖母の声が聞こえるよう。

  

Posted by アッチャン at 21:06Comments(0)日々の事

2016年05月23日

海よりもまだ深く




是枝監督の話題作、海よりもまだ深く、を尼崎の映画館で観ました。
尼崎の高層住宅に住んでいる人達も、そして誰でもが、このような問題を抱えていて、諦めたり、何かを捨てたりしながら、辛うじて幸せという名の電車に乗りたい、一応はなんとか暮らしているように、自分を納得させているが、
心は、本当に望むところは、そこにはなく、海よりもまだ深く、どうしようもなく葛藤し続けているのだろう。



表面的に拒絶し、反発し、希薄に、遠ざかって暮らせても、心は深く深く、どうしようもなく深く、愛したい、愛されたい、それが人間の性、本質なのだ。
是枝監督の作品は、人が生きていく悲しさを伴ったいとしさを、淡々と静かにさりげなく表現するのが見事。
バックグラウンドの音楽がまた良い。生活の中に溶け込んだ音楽、さりげなく存在する音の世界。


映像の美学にこだわる監督ではなく、音楽、会話や、声、風や空気、普段の生活の中の、暮らしの道具、使われ方や、生活のシミや垢までも、大切にし、そこに人間の生き様があるとする作り手だと思う。人間の暮らしが匂うもの、触れるもの、歴史。
冗談にしないと、面と向かっては向き合えない、シャイな真面目さが、映画の全面に流れている。  

Posted by アッチャン at 15:57Comments(0)映画

2016年05月20日

春秋座、男達の棲家





猿之助が芸術監督を務める春秋座で、佐々木蔵之助が主催する、チーム申の特別公演を、京都芸術劇場15周年記念で、猿之助と仲の良い、京都出身の佐々木蔵之助、ドラマでも蔵之助と共演している佐藤隆太の3人での舞台。
幕が開くと、猿之助が艶やかな女舞をたっぷりと披露してくれました。猿之助と蔵之助は、
楽屋を棲家にする、役者の亡霊達という設定。
見えないはずの亡霊が見える、掃除夫に、佐藤隆太が扮しています。
猿之助と蔵之助の、演技の掛け合いが、ものすごく面白くて、面白くて、笑いが爆発。
声だけの出演に、平幹二朗などの、名役者が幾人も、役者の亡霊として、名セリフを入れ込んで、とても良くてきたお芝居になつていて、楽しませてもらいました。



芝居の後は、トーク。お土産付き。
スポンサーから提供された品々を観客の番号くじで当たった人たちがもらえるのですが、最後の方になると、西川からの提供品で、高額になって、最高は、15マンのマッサージマット。
ソルマックは18個など、猿之助や、佐々木蔵之助がコマーシャルをやっているスポンサーからの品物を沢山の人が当たったら土産で持ち帰るのです。
大きなのが当たったら困ると思ってたけど、取越し苦労。何も。
来週は、八千代座ての公演があり、熊本へ持っていく預金箱を持って3人が立つので、皆、一目見ようと手に手にお金を持って、預金。
私は、猿之助がいたはずなのに、見えないので、何処にいるのかと思ったら、向かい側に立っているので、列を離れて、猿之助の箱に入れに行きました。佐々木蔵之助だつたら、箱を前に置いて握手していたけど、猿之助は、箱を持っているので、目を合わすだけ。とても綺麗だつた。本当に肌が綺麗。
遅くなったら帰れなくなるのではと心配して、行きは、出町柳から、叡山電鉄で、行ってみたのですが、割に早く終わったので、バスで河原町まで。バスは、遅くなると半数が少ないので、叡山電鉄を使うかもしれないと思い、あらかじめ道を覚えておかないとと思って。鞍馬までワンマンで行っている。
博多座での公演は、2千万以上、寄付したとか。この3日間の売り上げも、熊本に寄付するのだろう。
預金箱も、猿之助が立つと皆、千円札は最低入れるから、大きな募金になると思う。小児がんの募金のために チャリティー公演を何年も続けている。伝統芸能の会というので、チャリティーを続けていてる。
途中休憩なしの、1時間50分だつた。
お腹すいたけど、家に帰ってからになる。遅く食べるのは控えたいのだけど。
  

Posted by アッチャン at 22:00Comments(0)演劇

2016年05月19日

松竹新喜劇




藤山寛美が亡くなって、27回忌の記念公演を観に、松竹座に行きました。
藤山寛美の十八番を、孫が演じています。
思い出の写真集が、ロビーに飾られ、孫を抱いた、藤山寛美夫妻の写真もあります。



一生懸命演じているので、余裕がない。
演技は、間が大事なのですが、それがまだ全くない。
藤山寛美の偉大さが、孫の演技を通して、ますます光る。
他の役者さん達は、ベテラン揃いなので、余裕のある笑いを引き出して、観客を無理なく笑わせていた。



ゲストに波乃久里子が出ていた。
藤山寛美は、まともとは、新派の役者だつた。新喜劇の渋谷天外に誘われて、松竹新喜劇には入った。
2000回無休興行は記憶にあるが、肝硬変の悪化で60歳でこの世を去った。
大きな借金を抱えて、無休講演。

藤山寛美を超える喜劇役者は出てこないだろう。
帰りに、はり重のカレーハウスで、ビフカツランチを食べました。家に帰ってからでは遅くなるので。



本町まで歩いて、地下鉄に乗りました。
御堂筋を歩くと、有名ブテイックを観ながら歩くので楽しい。
心斎橋から、戎橋にかけて、アジアの観光客ばかり。
日本人はマイノリティ。


  

Posted by アッチャン at 21:16Comments(0)演劇

2016年05月19日

試食を頼まれて




新しく発売する麺の試食を頼まれて、今朝は、うどんを湯がいた。
報告は早いほうが良いだろうと思ったから。様々な野菜をピューレにしたものを、30パーセント麺に練りこんで作った、ヘルシー麺と、こだわり抜いて作ったつけ麺の試食。
試食なので、ざるにして、何もつけずに食べたり、そこに薬味を入れたり、半分は、つゆをレシピ通りに二倍に薄めて、温麺にして食べてみた。
一人前にしたら多いかなと思われた麺には、食べてみるとちょうど良い量。
細くて、お素麺くらいなので、湯がくのは1分。
生姜の薬味が付いていて、それだけで食べると一番美味しく感じられた。
野菜の麺に、薄めの椎茸が効いた付け出しだけで、とても美味しい。
余分なものいらないと思ったけど、温麺に、梅干しをいれてら、出汁がまた違った美味しさになる。
大根おろしを入れて、おろし蕎麦にもしてみたが、薄めの出しなので、これ以上薄くならないほうが良かった。
つるっとしていて、腰があり、細麺で、湯がくのに手間がかからないので、食べた人は、リピーターになるだろう。


麺類は食べないようにしているのだけど、これなら買いたくなる。
野菜というのに弱いから。
これ食べたら、野菜もとれるので、簡単。

美味しくて、健康に良いものを提供したいという願いから、野菜を練りこんだうどんが出来た。
食欲のない病人にも、きっとツルツルした食感と、薄味の美味しい出し、しようががさっぱりして、食がすすむと思う。
手にとって、実際に作って食べてみないとわからない味。
試食して、この良さがわかる。
あとは、値段。
野菜だらけのスープ、という、わずかに130カロリーに抑えたスープが売られている。
私はそこに即席のカレーを入れて、カレーにして食べると、カロリーがぐっと抑えられてるので、時々そうして使っている。カレーライスは、誰でも好きな食べ物だけど、カロリーの高さで敬遠したくなる。
タニタの、一食500カロリーの本がbest-sellerになっているという。
500カロリーは理想的。野菜だらけのスープにご飯で、だいたい500カロリーになる。野菜不足にならないのも良いと思う。  

Posted by アッチャン at 12:42Comments(0)日々の事

2016年05月17日

ゆかりのお好み焼き




歯医者の予約日、治療が終わって昼時なのに、朝たくさん食べたので、お腹がすかない。
アッシュアンドエムで、値下げされた服をあれこれ、試着して、何枚か買った。
お腹が少し空いたような、そうでないような感じ。時計を見ると3時を回っていた。
お好み焼きか、お蕎麦くらい、と思って、地下街に。
よく通る場所に、ゆかり、がある。
人気の店で、土日はいつも満席だけど、平日の、午後も3時だからか、空いている。
特別お得なランチ、というプレートが貼っている。
ミックスお好み焼きと、サラダにとソフトドリンクまでついて、800円。
友人とランチするときは、ゆっくりできないから、お好み焼きは行かない。
単一になるので、味気ないということもあるし、食べたらすぐに出ないと、後が待っている。
一人で、中途半端な時間に、食べるには、好きなお好み焼きを選ぶか、大抵はお蕎麦になる。
地下のカウンターで、よく食べた、寿司は生魚をやめてから行かない。
お好み焼きは久しぶり。
広島で食べた、広島焼依頼。
ゆかりのお好み焼きは、美味しいと評判なのだけど、前より美味しいと思わなかった。
広島焼にはまってしまったからだろうか。
  

Posted by アッチャン at 16:02Comments(0)旅のグルメ日々の事

2016年05月17日

草抜き




年に二回の、町内草抜きの日。
雨の予報だったのに、快晴。日延べされるよりいい。
いつもは、9時半くらいになると、そろそろと言ってもらえるのに、たっぷり10時半まで。

近所の人と話をする唯一の機会でもあるような。
裏の家から、我が家の庭が見えるようで、お花が一杯で綺麗ですね、と言われた。
大抵は、草だらけの味気のない庭なんだけど、今年は、30株ほど植えた花で、様になっている。
マーガレットも満開なので、今が一番綺麗。
梅田でイベントしてて、無料のくじ引いたら、私は、ユリ園の無料券、友人は百合の苗が当たった。


イタリア料理の店で、ランチをしてワインを飲んで酔ってた。
三日間、休肝日にしていたので、気が緩んで飲んだから。
西村屋でいつものようにコーヒーとケーキも。



お酒が入ると、甘いものが欲しくなる。
友人と別れて、格安チケットを買いに、第四ビルのあたりに行く。格安チケット販売の激戦区なのだ。
京都に行くのに、株主チケットを買いにいつた。
ここ何回か京都に行く予定があるから。
財布の中に現金が少なくなっていた。西村屋で5000円払ったから。カードにチャージしておいてそこから払うと、少し割安になる。
近所にお金を出すところはないかと聞いたら、郵便局があるというので、そこで出して、チケットを買った。
手数料はかからないと思っていたら、215円くらい引かれていた。
優遇は、昨年の12月からなくなっていた。
こんなことなら、近くで買えばよかった。その方が安かった。わざわざ、チケット屋の競合地域までいかなくてもよかった。わずかに8枚電車のチケットを買うために。
イタリアンの好きな友人につきあって、飲み食いしたら、カロリーオーバーになるので、歩きたかったこともあり、まあ、良いか。
コナミで、歩いたけど全然お腹空かなくて、その夜は食事を抜いた。



翌朝、反動で、クロワッサンのサンドを食べてから、クッキーやおかきをボリボリ。
夜は、肉を焼いて、魚も食べて、赤ワインを飲んだ後、焼酎のオンザロツクを二杯。
友人に貰った、ピーナッツを包んだおかきも口開いて、またボリボリ。
お腹が膨れ上がって、苦しくて寝られないから、夜中の3時まで起きていた。
ついこの前に、禅の教えで反省してたのに。
自身への嫌悪感を通り越して、やり切れなさと不可思議さを思う。
お酒のせいなんだ。
お酒だとこのくらいのもんだけど、薬物中毒になると、完全にマインドコントロールされるだろう。なんだってやりかねないのだ。
清原の公判が、今日開かれる。
人生でこれほどの恥ずかしい思いをしたことがないと、反省し、絶対に立ち直ると決心しているたいうけど、薬物が入ればたちまち、元の黙阿弥になってしまう。お酒も、合法的だけど、頭をおかしくさせる。
一杯に決めたらそれ以上は飲まないこと。  

Posted by アッチャン at 11:23Comments(0)日々の事

2016年05月15日

定期演奏会




チケットを貰って、西宮芸術センターの定期公演を聴きに行きました。
朝のうちに、母のところに行き、イカリの朝一が昼まで開いてたので野菜をたくさん買って帰るともうすぐ出ないと間に合わないとあわてたら、1時間間違ってて、昼食もいっぱい食べて、ゆっくり出かけられました。
年間通しのチケットは割引があるので、それを買う人が多いせいか、満席に近い。
下野竜也指揮で、バイオリン奏者の、コリヤ、ブラッハーを迎えての演奏会。
最初に、熊本大地震を悼み、バッハの、アリアが演奏され、それは良かったので、今回は聴けるなあと期待しました。
バイオリンは、素晴らしかつたのですが、オーケストラの音が気になって、ガクッと来る。
アンコールで、バッハの無伴奏をソロで弾かれたのは、また見事だった。



コリア、ブラッハーが、ほとんど演奏されない埋もれた、ブリテンのバイオリン協奏曲、ニ短調を選曲して、披露。
美しい曲なのに、日の目を見ないこの曲の素晴らしさをわかってほしいとのこと。バイオリンは、素晴らしいのに、それを支えるオーケストラが、盛り上げる力がない。二部は、バッハの作品を、編曲したものを演奏。
拍手する気にもならない演奏もあって、イマイチ。
夜、クラシカジャパンのバイオリン特集をビデオで聴いてみたりで、聴き直し。
コリア、ブラッハーの演奏は、派手さはないけど、技術的に高度で、安定して落ち着いた美しさがあり、バッハの無伴奏はぴったり。今度機会があれば、良いオーケストラで聴きたい。
ストラディバリウスは、バイオリン演奏には、欠かせなくなっている名器だが、買える人は少ないのでは。
この人のバイオリンも、貸与。
  

Posted by アッチャン at 16:36Comments(0)音楽

2016年05月14日

禅、心から形へのアート





京都博物館で開催中の特別展に行きました。
ダイナースクラブの情報誌で載っていて、行きたいと思っていたのです。
ずっと忙しくて、母の再手術な懸念もあって、いつ行けるかわからなかったのですが、幸い、手術はしなくてよくなり、時間ができたので。
混んでるかなと覚悟して行ったら、案外空いてて、ゆっくり見ることができました。
お昼は、祇園の、志津屋で、カツサンドセットを。



とても美味しくてボリウムたっぷり。
コーヒーがついて700円は、すごくサービスしている。
コーヒーも美味しいし、絶対のお勧めの店。
祇園からは、博物館まで、沢山バスが出ているので便利です。
国宝や、重要文化財が、沢山出ていて、1時間ほどのつもりが、2時間たっぷりかかつた。建仁寺の住職さんのお話が、何回か時間制であつて、帰る時間に始まるところで、それも聞けて良かった。

禅のクジで引いた棒に色が付いていて、出てきた教えを書いた紙をもらってそれを毛筆で書いて、説明してもらえるというイベントに参加したら、私が引いたのは、一休和尚の言葉で、悪いことをない、良いことをすなさい、という意味の言葉だった。
悪いことしているかな、と反省したら、大食いだ、夜更かしだ、と思い当たる。
ダイエットしなくちゃいけないのに、つい食べすぎて後悔ばかり。
良いこともしないけど、悪いこともしないなんて思ってたけど、悪いことしている。
単純な教えだけど、ズシンときた。
実行するのはむつかしいですね、とあとがきがある。
説明してくれた人が、ついでに、と言って、仏像の目入れを体験するイベントに案内してくれた。
入れ方によって、顔が変わるそうだ。
私が教えられた通りに入れ直すと、柔らかい柔和な顔になって、案内人は良い顔だと言ってくれて嬉しかった。


記念に、写真を撮ってください。一緒に写しましよう、と言われたが私の写真はいらないと断った。
微笑んでいるようなお顔。前に入れか人は、厳しい顔だった。同じ目で同じように入れるのに、不思議。
それからは、仏像の光る目が気になって注意しながら見た。
臨済禅師1120ねん、白隠禅師250年の記念特別展。仏は心の中にある。
言葉にできないものを形に表すという形が、絵であり、茶道、武道に。
禅は問答で、お経はない。黙祷と座禅。
アリストテレスや、ソクラテスの問答と同じだなと思う。禅は哲学だ。
今を心安らかに生きるための哲学だと思つた。



完全を丸で表すことはよく表現されることだけど、その中の小宇宙が、個人の点で表した絵を見て、天、つまり完全な宇宙の中の点なので、点と天は同じだと思った。天の欠けた存在としての私が存在する。私がなければ天は存在しない。天がなければ私は存在しない。だから、私の中に仏がいる。仏の心で生きることは、すなわち善を行うこと。
なかなか実行はむつかしいですね。



  

Posted by アッチャン at 13:56Comments(0)art

2016年05月10日





雨の日が好きだという人もいるけれど、私は嫌、でも
ドライアイは楽なので助かる。
昨夜は、寝ている間、肩かずっしりと重くて、身体がとても疲れていた。
2キロ近く太って、これはいけないと奮起、毎日コナミで1時間近く水中歩行を続けたからだ。その上に食事を控えていた。
でも痩せない。1キロ減ってからが減らない。
新陳代謝が悪いのか、オリーブ油の摂りすぎなのか?

それとも、食事に気をつけているといいながら、外食が多いから?
こんなもの食べてるから?

スペイン料理が好きだから?



  

Posted by アッチャン at 20:06Comments(0)日々の事

2016年05月10日

マザーズデイ




お昼に友人と食事してから、母の施設に。
イカリで、シュークリームと花束を持参した。
施設では、母の日のために、花をアレンジしていた。
生花の店から来ているので、いつも頼んでいることがわかった。
いつも綺麗なお花のアレンジしたとのが飾ってある。家族の差し入れかなと思っていた。
特別に大きなショートケーキが出たそうで、母はお腹が一杯だろうと言われた。
施設は静かだった。
連休も割りに静かだった。
誰も訪れる人がない人も多い。年に一度か、二度という家族もある。ほとんどの人がなんらかの認知。その中でも程度があって軽い人は、話さないとわからない。
私はよく行くので、他の人達が、挨拶してくれるが、じっと見るのが辛くなる。
皆、家族に会いたいのだ。
寂しさを募らせるのではないかと思って辛い。
それでも行かずにいられない。
母の姿を見ても悲しくなるけど、そんな私の感情よりも、母の気持ちを優先したい。
家族のある人は、施設に預けたら、そこで安心だと思っている人が多いのではないかと思う。
皆それぞれの忙しい時間に追われ、自分のことが優先される。
見たくないから、気分が落ち込むから会いに来ない人もあるだろう。
母の日ってなんだろうと思う。
感謝の気持ちよりも、あるからおきまりのことをやるということなのかしら。
花を贈る人。送らない人。
母の日は、家族の中で一緒に生活している娘が、花とケーキを買って帰る姿にあるのかしら。
夫が妻に感謝の花束を贈ったりすることの中にあるのかしら。
見捨てられて、死ぬことに震えている老人たちは、お母さんではないのだろうか。

  

Posted by アッチャン at 08:25Comments(0)日々の事

2016年05月08日

福井敬、リサイタルと母の日




去年と同じく、福井敬のリサイタルが梅田のフェニックスホールで。
去年よりも、さらに声量が素晴らしく、
ホールに響きわたって、ますます充実した歌唱力を発揮されているのは、驚異的。
このところ、宮崎の音楽祭や、東京などのリサイクルがずっと続いて、多忙で引っ張りダコの様子。精力的に活躍されているよう。
オペラ好きの小泉元首相が、ラマンチャの男をリクエストしたけれど、入ってなくて、小泉元首相がマイクを取って歌い出したとか、エピソードも。



待っていた、福井敬さんのリサイタル。
会場に集まったファンは、皆さん、とても幸せそう。







ランチは、フランス料理。美味しかった。プレシアターに、プチ贅沢な優雅。
帰りにコナミに寄った。塚口のイカリにホールがあって、毎年、オペラの会が催されているそう。関西のオペラ歌手を招いて。
お料理とワインも込みで15000円だとか。
オペラ好きの人がそういう会を運営しているそう。

ワインを呑み放題で、愛蓮の中華がふんだんに振舞われる。
福井さんの、後の会は、去年、アルコールなしで、食事もあまりなくて、今年は友人がやめるというので、私も一人で別れては出来ないのて参加しなかつた。
会費は6000円。主婦には安いお金じゃない。
コンサートは、4500円。
2500円のランチ、
リサイタルを聞いて、あと、西村屋で、コーヒーとケーキで、ダベリングが、主婦の贅沢の限度かな。
今朝、花が届いた。息子からの、プレゼント。
早速電話した。
先日、送った食料品の話のついでに、3月の終わりに送ったプレゼントがついていないのではないかとそれとなく聞いた。お礼の催促するみたいで、何も言わなかったのだ。
やはり、紛失していた。
いつか、ポストオフィスから、紙が入ってたので、管理室に行ったけど何もなかったことがあるという。一月以上も前のこと。
残念だけど、私のミス。
保証付にしなかったから。
好き好きがあるので、化粧品が良いと思って、ファンデーションなどをセットにして送ったもの。
食料品もつかないかもしれない。それも、送り賃を節約して、小型
包装物て送った。アメリカは、割合大きいサイズまで、小型包装物になる。
運賃は、EMSと、1500円くらいの違いだった。
これからは、保険付きにする。







  

Posted by アッチャン at 10:18Comments(0)art日々の事

2016年05月05日

歩いても歩いても




是枝裕和監督の映画が、日本映画チャンネルで放送されている。
海街ダイアリー、は、ダビングの途中で、トラブルがあって、最後までみられない。
ジェイコムのオンデマンドで、540円で見られるけれど、ほとんど見ているので、ツタヤに行って、半額で借りようと我慢している。
歩いても、歩いても、という映画は、何度も繰り返し、放映されている。
とても良い作品なので、日本映画チャンネルを見られる人は、是非。
何気なく、繰り返される日常的生活の中で、人間の深い心のひだを見事に表現している。
心に深く残る作品。
海外で、評価が高いのも、共感出来る、基本的で、本質的なテーマを、日常の中に、誰もが入りやすい形で表現され、深い共感を呼ぶのだろう。
これまでに、誰も知らない、そして父になる、は見ている。
ちなみに、5月の何日からか、新しい映画、海よりもまだ深くが公開される。主演は、歩いても、歩いても、でも主演を務めた、安倍寛。
他のメンバーも、同じ顔ぶれ。
樹木希林が良かった。楽しみだ。
是非見たい。
  

Posted by アッチャン at 12:12Comments(0)映画

2016年05月04日

初めての京劇





初めての京劇、を西宮芸術センターで、初めて観た。
一度、ちゃんとした舞台が観たいと思っていた。
何度か観ている人もいる。ずっと観ている人もわずかながらいた。
私が興味を持ったのは、テレビで、京劇役者のドキュメンタリーをみた時。
それまでにも、玉三郎の、昆劇、牡丹亭を見ていた。映画で高倉健が、息子の足跡を訪ねて、監獄で、京劇役者にカメラを回すシーンでの、役者の演技に惹かれて、観てみたいとは思つていたが、テレビのドキュメンタリーは、強烈なイメージだった。
西宮で上演されたものは、主演の一三妹を演じた、張佳琴、という女性が、抜きん出て旨かった。というよりも、他の人達がまずかった。
子供で、大島陸、という男の子が、他のメンバーの中で光っていた。
はじめに説明があって、京劇の見方がわかって面白い。
観客は、要求された拍手とハウという声かけに慣れていなくて、出てくるたびに、動きが止まるたびに、しなくてはいけないみたいに拍手している。
反応がないと、役者は受けが悪いと思い込んで気落ちするといわれたから。
本当の迫力ある舞台が観てみたいけれど、これで卒業かな。
  

Posted by アッチャン at 11:34Comments(0)演劇

2016年05月02日

飲み会




何年ぶりかで、以前時々参加していた飲み会に参加した。
阪神御影の駅近くにある、なだ番、という居酒屋。
久しぶりに会うメンバーは、相変わらず元気で、陽気。笑わせる話がお得意。
酒豪揃いで、飲む量は半端じゃない。
毎晩お酒を絶やさず飲んで、ある程度の健康を維持しているのは驚き。
どこも悪くないとか。
ストレスが一番いけないことの証拠のような人達。
私も久しぶりに、二杯飲んだ。
小さいサイズのナマビールと、グラスワイン。それだけで、ほろ酔い。
酒に強い体質の人は、酒の代謝が良いらしい。
私はもともと強くないので、すぐに体に負担が来る。


少しづつ、沢
山種類を食べた。
食べ物の写真は撮らなかった。
沢山喋った。久しぶりだから。
ニューヨークのこと、フィラデルフィアのこと、熊本の八千代座、熊本城。
尾道の、林芙美子。
写真を見せながら。
御影から、往復歩いた。

下級老人だと豪語する彼らは、近くに住みながら、贅沢にも乗り物を使う。飲みすぎのきらいはあるが。
御影あたりに住んでいる人は、便利。
阪急、JR、阪神電車が使える。
私は、美術館に行くときも、王子公園から往復歩く。
雨でなければ、ちょうど良い距離。
一挙両得が好きな欲張りだから。



朝、ゴミ出しの前に、申し少し草抜きをした。
土がまだ柔らかく、抜きやすいうちに。


我が家の庭は、今花が一杯。
今日も良いお天気。

  

Posted by アッチャン at 10:51Comments(0)日々の事

2016年05月01日

汚水ますの洗浄





昨日、電話で、一箇所3000円でお試し掃除の案内。
何度か同じような電話勧誘があるが、断ってきた。
気になっていた汚水ますの洗浄。
2月だつたか、チラシが入っていた。
やはり3000円。1日かけてこの界隈を回るというものだつた。
忙しいままに、過ぎてしまって。
電話勧誘は、乗らないことにしているのだけど、電話の声が誠実そうで、ネットでホームページもあり、支店もいくつかあると言われて、日曜日の午前は、ちょうど空いていたので、来てもらうことにした。
夜中まで起きていたので、朝、ピンポンで起こされた。
若い二人。丁寧で親切。
汚水ますは、相当の汚れ。
自分で掃除したのはいつのことか?
汚れが少ないと思い込んでいたのだが、
年月が相当経っていた。
1時間 半かけて、綺麗にしてもらった。
我が家のメンテナンス、これから必要になって来るのはわかつているが、個別で考えると言って、会員にならなかった。
後で勧誘があるかもしれない。
会員制で、年間の会費よりも、修理を勧められるのが困る。こちらではわからないもの。



  

Posted by アッチャン at 21:46Comments(0)日々の事

2016年04月24日

ブログ怠慢





伊賀でタケノコを頂いて、おすそ分けしたり、人と話をする機会に恵まれている時は、書くことがなくて、つい怠慢になる。
人と楽しく話をすることで、私の心は充満してしまって、書くスペースが空っぽになる。
書きたいことといえば、1983年にインタビューを受けている、岸恵子が、あまりに魅力的なこと。凄く美しい。
美しさにこだわると、いつだつたかどこかのインタビューで語っていた今も、美しさは失っていないけけれど、イブシャンピと離婚して7年、亡くなった後の岸恵子は、すでに孫がいるのに、その美しさは、頂点ではないかと思われる。
意志を持って、困難な道を選んで生きてきたと語っているが、凛とした美しさ、エレガントな言葉遣い、控えめな、日本女性らしさがありながら、物言いは、毅然として、明晰なコメントが次から次に溢れ出てくる。
赤の洋服が、よく似合う。
襟を縦長に、ゆったりと着ている着物姿が妖艶。着物姿で、髪は下ろしたまま。
何十年ぶりに誂えたという着物。
日本とパリを往復しながら、飛行機の中にいる時が最も心安らぐとか。
岸恵子は、自分をデラシネだと言う。
自ら、根を引け抜いたデラシネ。デラシネとは、自ら根を引き抜いて生きることを言うと。最初から根無し草ではない。
50歳の岸恵子は、若い頃は貪欲で好奇心が強く、欲張りで、上を目指してたが、この程度のことなのかと、と語っている。その後の、岸恵子の活躍は、誰もが知る所だから、常に成長し続けてきた女優であり、親善大使でありエッセイストとして本も何冊か出しているが、そのインタビューての輝きは、眩しくて、頂点というものではないかと思われた。
美しさに全く無関心て、楽なのが良い怠け者の私。

せめて、背筋をまっすぐにして、歩こう。

心のときめきを大事にしたい。
安らぐ空間の中で。
  

Posted by アッチャン at 17:08Comments(0)日々の事

2016年04月18日

木村伊兵衛写真展





パリの残像、と言うフレーズに惹かれて、京都のエキ美術館に。
待ち合わせは、四条河原町。
美濃吉でランチして、河沿いを歩いた。
八重桜が満開。残りザクラの花びらが、河を流れていく。
光を受けて、キラキラ輝きながら流れていく。
友人が好きだというハナミズキ、白やピンクの可愛い花をつけて揺れる。
美濃吉のお料理は、タケノコの季節。
いつ行っても、同じように美味しくいただけるのは、嬉しいけれど、河沿いに歩くと、知らない店にも惹かれる。


いつも同じではなく、変わった店も味わいたい。
会員になると、ドリンクサービスなので、値段も手頃な美濃吉のお弁当になつてしまうのだけど、サービスで、客の固定化が図れるので、美濃吉としたら、浮気なお客さんを引き止められる効果がある。常連さんは、江戸っ子気質にあつているが、大阪人は、好奇心が強くて、義理よりも、自分の楽しみや、味の多様を優先するように思う。

京都駅は、ほとんど足を運ばない。京都劇場は、ここにあった。
海老蔵の、源氏物語が観たかった。
一度観たから、チケット買うのを控えて節約した。
歌舞伎役者の優先は、玉三郎と猿之助。
あれもこれもの余裕はない。



さて、肝心の、パリの残像。写真展なので、知らないパリの風景を沢山見られるかと期待したら、1954年と1955年を写したものばかり。
吉田さんや、従姉妹がいた、70年代、80年代のパリの写真はなかった。
木村伊兵衛は、1974年に亡くなっているし、パリを訪ねたのは、その2年だけ。
写真はどれも楽しく見た。ゴブランの地下鉄駅。リュクサンブール公園、チュルリー、シャンゼリゼ通り、サンマルタン運河。カフェ。街並みと、そこに生き生きと暮らす庶民。
郊外のブロアへやの道、ジャンポールの禅画のような、白と黒に霞む田舎の景色。
木村伊兵衛は、パリに来て、思想や哲学に触れたことが収穫だったと語っている。



  

Posted by アッチャン at 17:09Comments(0)art

2016年04月18日

団塊の破綻




「団塊世代」に格差が拡大している。
昨日の、NHKテレビで、破綻の危機に立たされている団塊世代の現実を見て
愕然とした。
高齢者の介護と、就職できない子供とを、団塊の世代が支えている。
他人事ではない。
私の周りにいる人達に、そういう困難な状況に置かれている人はいない。
バブルがはじけて、職を失ったという人はいない。仕事につけない子供を抱えている人はいない。
生活をエンジョイするだけの余裕のある暮らしをしている。貯蓄も十分ある。
趣味のある生活、美食を楽しみ、高齢の親は、適当な施設にいるか、別世帯か、すでに他界している。
心配なことは、第一に自分たちの健康問題。消費税があがる、物価が上がる、欲しいものがないなど、
恵まれていることを自覚しない人々。すごく働いてきたのだから、報われるのは当然だという人達。
自分たちが死ぬまで無事でいればよいと思っている人々。
私も例外ではない。生活をエンジョイしている。

母親を介護している男性の優しさ。月に一度、母親が入っている施設に面会に行くために、
2時間半かけて行く。年金では捻出できない交通費を稼ぐために、働いている仕事は、あと一年で終わる。その先に果たして働くところがあるかどうか。貯蓄はない。
その人の年金は14万。二か月に一度、離れて暮らす息子に電話で話をする。
あるひとは、自営業をしていたので、年金は8万円。2000万円の貯蓄を崩しながら、高齢で認知症の母親を介護しながら暮らしている。母親をおいて仕事につけない。
ある夫婦は、年金と夫の仕事で35万の収入がある。
が、離婚して子供を連れて同居している息子は職がない。89歳の母親の認知症が進み、目が離せない。貯蓄はない。
5人の生活が、団塊の夫婦におぶさっている。毎月赤字。

バブルがはじけて、職を失った人の多い団塊世代。生まれた子供達は、就職がなくて、非正規採用やアルバイト。
サンドイッチになって、押しつぶされそうに、かろうじて支えている団塊の人々。
取材で出ている男の人達は、親を大切にして、とても優しい。下の世話から食事,寝床の世話。
なんて優しいのだろう。
金銭的に恵まれて、自分たちの幸福を追求し、欲望から欲望に、刹那に生きている団塊の人と、
どちらが幸せなのだろうと思う。
取材を受けている人達は、同じことを口にしている。
破綻したら、「自殺を考えるでしょう。」
澄んだ目をして、空間をながめるようにして、淡々と語る。
社会福祉の充実が必要だ。
働けない子供世代への社会保障の充実が望まれる。
自分たちの生活だけでも苦しい団塊の人々が子供の暮らしを支えている。

不自由無く育った人、甘やかされて育った人は、人の痛みがわからない。
悪気はなく、善良な人間であつても、マリーアントワネットが言ったように、
パンが食べられなかったら、お菓子を食べたら良い、に似た感覚に近い、鈍さ。
阿部首相の認識は、そういう所にあるのではないだろうか?
お金をじゃぶじゃぶ流して、株を上げれば、国民の所得が上がって生活が楽になると考えている。
アメリカの金融至上主義に飲み込まれてしまうために、首を差し出しているようなもの。
底辺の人達に光を当てて、安心な暮らしを確保しなければ、豊かな社会の実現はない。逆なのだ。
言葉では、国民が安心して暮らせるせるように、と言う。
裕福な人々が、安心して暮らせる社会ではないのか?

  

Posted by アッチャン at 14:25Comments(0)日々の事