2006年11月30日

マルセイユのブイヤベースはミッシェルで



マルセイユに行けば、名物料理と言えばブイヤベースです。マルセイユの港の周りには、びっしりとレストランがひしめき合っていますが、ミッシェル、というレストランは、マルセイユの港からバスで10分ほど入り江に沿って上がっていった所にあります。マルセイユの港をぶらついていた時に、日本語の上手なマルセイユに住む初老のフランス人が、私に日本語で話しかけてきました。私は日本語を勉強しています、と言って。彼は、ブイヤベースを食べるのなら、少々高いけれど、ミッシェルが一番だと教えてくれました。是非、そこに行くように、と。
 確かに、値段は安くありませんが、その味は絶品です。親子2代続いているとかで、今は息子が
この店のオーナーです。ブイヤベースの注文を聞くと、大きな皿に、ブイヤベースになる魚を並べて見せにきます。大皿一杯に、幾つかの種類の魚が並んで、ええ、こんなに使うの?とびっくり。ラスクのようなパンに付けるガーリック風味のマヨネーズソースと、オレンジ色の魚のソースも絶品です。ブイヤベースの中に入れる前に、そのパンでお腹が大きくなるのですが、これが美味しくてついつい食べてしまいます。やがて、ブイヤベースのスープと魚がやってきます。給仕のムッシューは、魚を取り分けて、スープをたっぷりお皿に入れてくれます。このスープの表現できないぐらいの美味しさ。白ワインも、いいものを厳選しているので、申し分なし。値段は60ユーロ、二人前からなので、120ユーロにワインが30位から。他に、海老のカクテルなども甘くて、美味しいですよ。店が開くのを待って、入ったのですが、しばらくすると、満席になっていました。   

Posted by アッチャン at 16:54Comments(0)旅のグルメ

2006年11月30日

エドワード、ホッパー




ニューヨークのマジソン75ストリートにホイットニー美術館があります。ここは、エドワード、ホッパーの美術館として知られています。金曜の6時からは、「払いたいだけ」という寄付金で見ることが出来ます。通常は20ドルするのですが、、、。この美術館は、音声ガイドはフリーで、身分証を預ければ、ただで貸してくれます。私はニューヨークに行くと、必ず、ここに行くのですが、今回は、ホッパーの展示が大々的に変わっていました。そういえば、この前4月に行ったときに、ホッパーの手帳やら、生涯にわたってのホッパーの足取りなどの貴重な資料が、保存されていると言ってたよ。5階の全フロアーを、ホッパーの展示にあてて、彼の、若い頃から、晩年に至るまでの自画像、1918年頃、パリにいた頃の、セーヌ河畔の風景画、パリから帰っての作品、イラストレーターとしての作品の数々、作品作りに費やす、下絵の習作。そして彼のノートには、下絵と、それがいついくらで売買されたかを克明に書きつづっていた。ホッパーフアンなら、たまらない展示だ。私がホッパーを好きになったきっかけは、彼のニューイングランドの灯台の絵を見たことから。メイン州の灯台の絵を、メイン州ポートランドの小さな美術館で見たのが最初の出会い。それ以来、アメリカの美術館に、少ししかないホッパーの絵を求めて、見に行った。このホイットニーには、彼の絵が沢山あって、彼の軌跡を見ることが出来る。
残念ながら、この美術館は、ノーカメラなので、送付している絵は、ニューヨークメトロポリタン美j術館の作品です。パリに行ったホッパーは、セーヌ河畔の風景ばかり描き、人をかこうとはしなかった。パリ滞在最後の頃には、カフェにいる2人の婦人像の横顔を描いているが、孤独と、寂寥を描こうとしたのだという。ホッパーの作品に描かれる人物間に、コミュニケーションが見られない。それぞれが、別の世界にいるようである。人の個性とか、特徴と言ったもののも
対象にはなっていない。光、夜の、昼の、明け方の、夕暮れの、光、明かりが、彼らを照らし出す。薄暗く、あるいは、さんさんと。人間が存在したという確信のない空間、人間が透明に消えてしまいそうな、孤独な空間を描いている。彼は、光を描こうとしている。光を描くことで、陰を描こうとしてる。レンブラントがそうであったし、フェルメールも。
  

Posted by アッチャン at 16:43Comments(0)art

2006年11月30日

ロックフェラーセンターのクリスマスツリー




ロックフェラーセンターのクリスマスツリー、最初に見たのは、息子がまだボストンに住んでいた二年前の12月。ニューヨークに引っ越すことが決まって、息子は日帰りでボストンから、アパートの物件を見に来ていたので、ラガーディア空港で、私をピックアップしてボストンに行くことになった。帰りは、前日にボストンからニューヨークに移動して、ラガーディア空港のホテルを取っていた。ホテルに荷物を置いてから、マンハッタンに行った。新しくリニューアルした、モーマの近大美術館がフリーだった。ロックフェラーセンターまでの道は、ものすごく混んでいて、なかなか足が動かない状態だった。神戸のルミナリエで経験したように。期待はずれ、というのが第一印象。ワシントンのホワイトハウスのようなクリスマスツリーを想像していたのに。ホワイトハウスのは、敬虔で、厳かな感じがするのに、ビルの谷間にでっかく、きらめくツリーは、デパートの宣伝用の、ただでっかいだけだ、という印象。2回目は、息子がニューヨークにやってきた年の12月。その日は、ものすごく寒い日で、耳もちぎれそう、体中に寒さが吹き込んできて歩いていられないくらい寒かった。ツリーを見に行く人も少なかった。かじかむ手でなんとか、写真を写していると、聖歌隊の歌声が。きよし、この夜、日本語のようだ。
見ると、サラリーマン風の人達が集まって、歌っている。忘年会で、お酒に酔った人達が、にわか聖歌隊を作ったような雰囲気。ご苦労様。日本語の歌を聴くと、なぜか嬉しくて、気持ちだけ暖かくなった。ロックフェラーセンターに、アイススケート場がある。寒さのせいで、スケートを楽しむ人も、まばらだった。
  この間、荒川静香が、リポーターとして、セントラルパークのスケート場で、ウナバウアーを思わず披露しました、と言っていた。アメリカには、至る所に、スケート場があって、フィギアーの選手も育つ環境にあるというレポートだった。ロックフェラーセンターのような、ビジネス地区の真ん中にも、気軽に楽しめるスケート場がある。ここのツリーは、市民へのクリスマスギフトのような暖かい、賑やかさに彩られている。ニューヨーク市民に愛されている、ロックフェラーセンターの巨大なクリスマスツリー、というキャッチフレーズを理解できたような気がした。  

Posted by アッチャン at 16:00Comments(0)ニューヨークにて

2006年11月30日

存在の耐えられない軽さ

毎日のように、殺人、自殺、子供の虐待、のニュースが流れている。以前に「存在の耐えられない軽さ」という映画があった。日本の現状は、それに近いものになってる。重い物よりも、軽い物が重宝される。汗水垂らして働く喜びだった「重い仕事」よりも、頭を働かせてお金という薄っぺらな軽いものを扱う仕事に憧れるようになった。ライブドアーの堀江社長が、その良い例だ。今でも彼の行き方に共感している人は多いのではないだろうか。刑務所に入っている間に、読書三昧、美食で太っていた身体は、健康的な生活のお蔭で、すっかりスマートになった。彼はまさに「存在の耐えられない軽さ」を象徴している。
集団自衛権は、存在を軽くする為に拍車をかけるだろう。日曜の朝、この問題を巡っての討論で、加藤元幹事長が言った言葉の重さ。
「もしも、イラク戦争以前に、集団自衛圏が国会で承認されていたら、間違いなく日本は、イギリスと同じ立場に立場で戦って、沢山の死者を出していたに違いない。」
この言葉は、命を決して戦争などで落としてはいけない、戦争はいかなる状態においてもおこしてはならない、という命の尊さを訴えるものだと私は思う。きわめて人間らしい、ヒューマニズムの観点にたった発言だ、と私は思う。
 その一方で、小泉元総理には、存在の耐えられない軽さを感じる。
「会社も色々、人の意見も色々」「昨日の敵は今日の友」「使い捨ての駒」等々、発言の軽さ、情の薄さ。ブッシュ政権の過ちをアメリカ国民がノーと拒否しているのに、彼は「ブッシュ政権を何処までも支持いたします。」と言ってましたっけ。さらば総理の座よ、と潔い去り方、かっこよさをアピールしているように見えるけれど、「私、もう関係ないから、消えましょう」
 加藤さんは、ファナティックな右翼団体の一員に家を焼かれた。
日本の平和憲法は、他に類を見ない素晴らしいもの。この憲法が今変えられようとしている。
 恐ろしいのは、戦争をしたがっている人達が増えているということ。戦争をゲーム感覚で捉えている人達、家庭内暴力を、その代償にしている人達、弱い者をターゲットにして、精神的殺人や、暴力的殺人で、エネルギーを発散させている人達が増えているということ。かつて、貧しさと労働によって、消費していたエネルギーは、金銭という軽さによって、消費できないエネルギーの鬱積を禁を侵すという犯罪者的行動にかりたてている。まともなことをしていてもむくわれない世界だから。「存在の耐えられない軽さ」だから。



  

Posted by アッチャン at 15:37Comments(0)

2006年11月29日

冬のヴェネチア



冬のヴェネチアが一番好きだ、とあるスペイン人が言っていたと聞いていました。私も、冬に魅了された一人です。観光客が少なくて、オフシーズンなので、ホテルも安い。空も、海も、薄墨色に染まったヴェネチアに魅了されています。朝早く、サンマルコ広場の方に、散歩している老夫婦は、ヴィスコンティの映画「山猫」に出てくるバート、ランカスター扮する貴族のようだった。分厚いキャメル色のロングコートに、真っ赤なマフラーをして、ゆっくりと杖をつきながら、それでも背筋は真っ直ぐに、寄り添う小柄な貴婦人と散歩してらした。
水際には霧がたちこめて、濡れた舗道。ベネチアを舞台にした映画と言えば、「旅愁」と「ベニスに死す」がすぐに頭に浮かびまが、どちらも太陽の輝く季節のヴェネチア。冬のヴェネチアもいいですよ。   

Posted by アッチャン at 00:27Comments(0)

2006年11月28日

 自由の女神

ニューヨークには何度か行っていたけれど、自由の女神像は見たことがなかった。ニューヨークに初めて行ったのは、息子がメーン州の高校に通っていた頃、1週間もマンハッタンのブロードウェイに面したホテルに滞在していたけれど、タイムズスクエアーの半額チケット売り場に並んで、チケットを手に入れることで時間を使い、夜はブロードウェイのミュージカルを見て1日が終わった。息子は?近くのゲームセンターに入り浸り。ミュージカルには全く興味がないのは、今も一緒。小さい頃、大阪で「キャッツ」の公演に連れて行ったのが、彼のミュージカルデビューだった。私は夢中、彼は居眠り、途中の休憩時間に、キャッツのキャストと子供達は手を繋いだり、近くに行って写真を撮ってもらったり。私もいやがる息子を舞台にあげようと。そんなことしたから、ミュージカルは、息子のトラウマになっているのかも。それから月日が経ち、息子はニューヨークで職場を持ち、私は再びニューヨークに行く機会が出来た。なんとなく、まだ見ていない自由の女神、暇なので行ってみるか。実は自由の女神を見るというよりも、船に乗れる事に惹かれて。マンハッタンの南の先端「サウスパーク」の船着き場から、マンハッタンとエリス島とを結ぶフェリーが、毎日何度も往復している、ということをガイドブックで知った。通勤、通学、暮らしに必然の、無料のフェリーがある、と。嬉しい無料、大好きな船に乗れる。サウスパークには、有料の「自由の女神ツアー」に並ぶ列が何重にも出来ている。私は無料だから、上陸は出来ないけれど、元々興味がないのだから、船上から見るだけで充分だ。フェリーに乗り込もうとする乗客も随分沢山いる。このほとんどの人達、自由の女神がみたくて並んでいた。地方から来た観光客の親子ずれも多かった。自由の女神に近づくと、家族で写真を取り合ったり、老夫婦は肩を寄せ合って、ベンチに座って眺めている。船上はけっこう風が強く、寒いけれど、私は甲板の先にいるのが好き。波しぶきを受けて、白い波の軌跡を眺めるのが好き。遠くに、近くに見る自由の女神を船上から見るのもなかなかいいものです。殆どの乗船客は、エリス島につくと、いったんは下船させられるけれど、再びぞろぞろ並んでマンハッタンに向かう船に乗り込んだ。  

Posted by アッチャン at 13:03Comments(0)