2008年05月26日

有馬温泉「太閤の湯」

http://www.taikounoyu.com/

  
大雨が予想される中、有馬温泉の「太閤の湯」に友人を誘った。いつもは、車で行く有馬だが、優待券と神戸電鉄のフリーチケットがあるので、はるばる電車を乗り継いで。
 話をしながらなので、時間は気にならないし、車じゃないから、お酒も飲める。
 瓢箪山に住んでいる友人は、有馬というと随分遠くまで来るような気がするという。
 彼女の家は、駅から歩いて20分くらい、細長い坂道を登って行く。バスがないので、大雨だと、家にたどり着いた時には体中びしょ濡れになる。以前に、訪問した時に、私は体験済みなので、帰りを心配していた。どちらも同じような事を考えていたようで、「今晩泊まって帰って来てもいいよ、」とご主人の許可を得てきたという。
 仲の良い夫婦は、息子さんが亡くなられて以来、益々二人が肩を寄せ合うように仲むつまじく暮らしている。
 私の家に泊まるのは、二人きりになって、以来初めてのことで、やっと二人が立ち直ってくることが出来たのだろう。
 有馬温泉駅に着くと、迎えのバスが来ていた。「太閤の湯」に着くと、外で待っている人はいない。
 それでも、団体のバスが3台来ているので、空いていることはないけれど、ゆったりと過ごすことが出来た。

  大きくなってきました。

 「太閤の湯」には、金泉の岩盤浴を初めとする、幾つかの岩盤浴があり、最近は、予約時間制になっていて30分が限度、それを過ぎると料金がかかってくる。
 岩盤浴用に、別の衣服とタオルが用意されていているので、お風呂に入る前に予約と衣服をもらっておくと便利。
 お風呂に浸かって、身体を温めておいてから、金泉岩盤浴に行くと、身体の中から沢山の汗が滲み出る。サウナは熱くてだめだという友人が、岩盤浴はとても気に入って、20分も横になっていた。体内から出る汗は、ねばっとして、重金属が放出された感じがした。身体がすっきりして、軽くなった様な感じもする。
 私達は、露天風呂に浸かったり、出て休んだりしながら、延べ3時間くらいいた。帰り際友人は、いつも足が痛いのに、不思議に痛いのが治っているという。岩盤浴が効いたのか、長湯の温泉の御陰なのかわからないけれど、温泉が良いということが実感出来たという。
水のあまりいらない植物ばかり

 有馬の「太閤の湯」は、乗車券付きのチケットが売り出されている。入場券が2400円というと、高いように思うけれど、電車付きで、2700円なら、入場券はものすごく安い計算になる。
 腰や膝が痛いと悩んでいる人、ストレスの解消にも、遊びもかねて、一日湯治に「太閤の湯」を利用すると良いだろう。

 

夕食は、私の自慢料理、料理とは言えないけど、お好み焼きを食べてもらった。料理自慢の友人に、美味しいと言わせるには、これくらいのものしかない。
 もう食べられない、お腹が一杯だといいながら、最後に残った具を全部使って、やきそばを中華風に焼いたら、二人で、全て綺麗に平らげてしまった。

  

Posted by アッチャン at 17:03Comments(0)旅のグルメ

2008年05月15日

最高の人生の見つけ方

  三の宮、そごう前の薔薇


ジャック、ニコルソン主演の映画に、外れはない。ニコルソンは美男子ではないけれど、ユーモラスな表情とセクシーさがたまらない魅力になっている。
 映画の冒頭から思わず吹き出してしまった。ニコルソン演じる、金権主義の実業家に、深刻な事態が。自ら経営する病院に運ばれる。個室はないのかと秘書にくってかかるが、二人部屋は実益を図って、彼が決めた病院の規則。隣のベッドには、家族が頻繁に見舞いにやってくる黒人の患者がいる。

 

 共に末期の癌患者で、余命幾ばくもないと宣告された二人は、気持ちが通じ合うようになる。
「病院の中で、奇跡に近い治療に身を任すよりも、抗ガン剤が効いている間に、やり残した希望を実現しよう。お金ならいくらでもある。」と孤独なニコルソンは、歴史家になりたい夢を断念して、家族の為に40年間自動車整備工として働いてきた、モーガン、フリーマン演ずる、カーターに誘いをかける。

    映画館の傍にあるイタリアンランチ
                               

 二人の愉快な世界中をかける旅が始まる。二人はかけがいのない友人関係に。
 この二人、ユーモラスで洒落た会話が絶えない。笑いながら、涙も溢れて止まらない。二人のキャラクターの組合わせ、演技の静かな火花の散らせ方、やはり、ニコルソンが出演している映画は外れがなかった。
 お金がなければ、ああは出来ないわね、と一緒に行った友人が言う。
お金があっても、命が宣告され、死ぬまでの時間がないと出来ないわ、と私が答える。
 階段から真っ逆さまに落ちた父のことを思いながら、、、。意識不明のままだった。

 

お金があり、余命を告げられても、殆どの人が、病院のベッドで奇跡を待って、苦しい治療に耐えているのではないだろうか。
 人間は、死なない人はいない。早かれ遅かれ死ぬということがわかっているし、病気で苦しむのも、長患いするのもいやなのに、なんとか生き延びようとする。
私だって、そう、掛け捨ての医療保険を払っている。美味しいものを食べた方が、旅行に使った方がいいんじゃないの。


 

 愛に飢えて暮らして来た、孤独な実業家のエドワードは、かけがえのない友を得て、娘との愛の絆を取り戻す。愛に恵まれながらも貧しいカーターは、やれなかった夢を実現し、家族の元に帰って、看取られながら天国に旅立つ。
 愛とお金と、分かちがたく重要である、というのはいかにも、アメリカ映画だ。  

Posted by アッチャン at 15:25Comments(0)映画

2008年05月07日

スーパー歌舞伎、ヤマトタケル(松竹座)

 
お馴染みのスーパー歌舞伎の中でも、定番中の定番で、私はこれまでに、市川猿之助が、ヤマトタケルを演じる舞台を 何度か観て来た。猿之助が、病に倒れ、再び舞台復帰が無理だろうと言われた頃には、新しいスターが育っていた。三国志で,頭角を現した市川段治郎と、猿之助に、少しでも近づきたいと芸道に励んできた、市川右近だ。
 背が高く、美男の、段治郎の人気の陰で、地味だと思われた市川右近は、今回の「ヤマトタケル」で、猿之助の影武者のような演技を披露している。言葉遣い、声色、せりふ回しに至るまで、猿乃助の再来を思わせる。踊りの名手である。猿之助には及ばないけれど、それでも充分、歌舞伎役者としての実力は備わっている。
 猿之助は、背が低いので、舞台の上で高下駄を履いているのが気になっていた。右近は、そういう細工をする必要がないので、動きも大胆で若わかしく、自然だった。

  

 舞台の冒頭での、早変わりは、まるで手品を観ているようで、2秒ほどの間に、鬘と衣装をどう取り替えることが出来るのか信じられない。それが何度も繰り返されるのだからすごい。猿之助は、早変わりを得意としていた。それが、右近によって、更に秒を縮めて、オリンピックを思わせる。
 舞台の演出、舞台装置、アクロバットや、衣装も、更にダイナミック、豪華絢爛さを増しているのは、舞台に立てない座長が、舞台作りに命をかけて取り組んでいるからだろう。




猿之助が描いた、色紙絵がロビーに飾られている。鏡に映る自らの化粧した顔を描いたもので、舞台に立つことの出来ない、猿の助のフアンへのサービスなのだろう。一芸に秀でる人は多芸だ。


  

 猿之助のヤマトタケルを何度か観ているので、右近が、そっくりそのままの演技を継承しようとしているのはわかるのだけれど、猿之助のように、心を動かされるまでにいかない。猿之助を観てきたからかもしれない。真似ているという思い、そっくりだという意識が消えないからだろう。初めて観る人は、そういう潜入感がないので、猿之助を継承した、歌舞伎の伝統である、肉体芸を観て感激したに違いない。

  

 最後に、ヤマトタケルが死後、鳥になって天界に登っていく様は、舞台でも一番の見せ所ではあるが、これは素晴らしかった。二階の一番前の席で、しかも花道の上なので、最上の席から、鳥肌がたつように、天かける白鳥になったヤマトタケルを見つめることが出来た。この一瞬を観るだけでも、足を運んだ値打ちがあった。



 「ヤマトタケル」は昼夜の入れ替えで、主演のヤマトタケルを、右近と段治郎が演じている。段治郎のヤマトタケルは、彼独自のスタイルで演じているだろう。歌舞伎の芸からいけば、形も、踊りも観ていられない所はあるけれど、スーパー歌舞伎ならぬ、スーパー歌劇なら、魅力充分だと思う。猿之助が、歌舞伎界に縁のない人達を、歌舞伎の世界で活躍出来るようにと養成した 俳優達ばかりの劇団なので、歌舞伎役者というよりも、男宝塚歌劇のように、新しいスターが生まれている。そのことがスーパー歌舞伎の真骨頂なのだと思う。



堺大島大社のヤマトタケル


 亀治郎が、今や歌舞伎界ではなくてはならぬ存在でひっぱりだこになっているので、なかかな、スーパー歌舞伎には出演出来ないだろうが、亀治郎なら、猿之助を超える後継者に相応しいのに、とも思う。
 ちなみに、南座で、能と狂言、歌舞伎のコラボレーションがあるらしい。その中で、亀治郎が、猿之助の18番「安達ヶ原」を踊る。猿乃助の「安達ヶ原」は国宝に値する舞だ。  

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2008年05月06日

薬師寺の日光、月光菩薩

   国宝日光菩薩像
 
  国宝 月光菩薩像



 連休の間、どこに行く予定もなく、見るでもなくテレビを見て過ごした。その中で、NHKが、「薬師寺の1年」をアンコール放送していた。ハイビジョン放送で、再放送の要望が多かったもので、ハイビジョンがない私は、初めて見ることが出来た。
 写経の寄進によって、薬師寺が復元されるまでのドキュメンタリーの中で、若き頃の高田好胤が映し出された。私の目は潤み初め、やがて画面が歪み、常ならぬ無常観に浸っていた。
 薬師寺の、日光、月光の2つの菩薩を、上野の国立博物館に迎える様子は、以前にテレビで見ていた。照明をどのようにあて、見る人達に、最上の方法で、観賞出来るようにするのか、設置するまでの工程を見ていた。
 「薬師寺の1年」では、送り出す側の経緯、工程の一部始終が映し出されていた。
 当時の宮大工といい、仏像を作り上げた作者といい、卓越した技の完璧さ、美への探求心、仕事の完璧さは、ただ感嘆するばかりだ。
  これらの2つの番組を見ることがなければ、薬師寺をお参りしても見方は変わらなかっただろう。平山郁夫の絵画を見に行くついでに、本堂をお参りして、という程度のものだっただろう。日光、月光の菩薩が、薬師寺に帰って来られる頃、是非足を運びたい。

 
 

 薬師寺の、日光、月光の菩薩が、東京の国立博物館へおでましになったことで、数多くの人々を魅了し、心の救済を実現しているにちがいない。前には、仏と菩薩の姿が、後ろ姿は人間の姿が表現されている。博物館での展示の仕方、見え方に苦心している様子をもいながら、私はルーブルにある、ミロのビーナスを思い浮かべていたけれど、実際の展示は、より神秘的で、崇高なものになっているのだろう。上野の博物館にも、行ってみたくなった。
 
友人が、東寺に行くと言っていた。するとどうだろう。テレビで、東寺にある沢山の仏像が映し出されている。たちまち、興味が沸いてきた。
 仏像に、心を抱く年になってきたのだろうか。陽気の中で、家に籠もっているせいだろうか。母が、最近死ぬことに触れるようになったためだろうか。  

Posted by アッチャン at 14:24Comments(0)art

2008年05月04日

日本名「大いなる陰謀」

  
 

 日本語の題名で、ピッタリなものもあれば、違うぞ原名は、と違和感を覚えるものも。ロバート、レッドフォードの久しぶりの監督作品なので、すでに観た人達の評はかんばしくなかったけれど、伊丹の映画館まで足を運んだ。
 原名は「Lions for Lams」羊を求める獅子、という題だ。
アメリカが、9,11のテロを受け震撼とした時には、誰もがイラク攻撃に賛同した。国も、マスコミも国民もこぞって。だが、あまりにも沢山の犠牲者を出し、イラクの治安は悪化したまま。ベトナム戦争のにの前で、再び同じあやまちを犯している。
 その犠牲者になっているのは、おとなしい羊達だ。一体誰の為に、羊達はかり出されて行くのか?
 裕福な家庭に育ち、年間3万ドルの教育費を簡単に出すことのできる家庭、そう言う両親は、子供達を名門校に入れ、自分たちよりもさらに裕福な生活をさせようと望む。彼らは 、王者、獲物を食いあさるライオンなのだ。裕福な家庭の息子の中で、真面目で将来を担うに相応しい、有望な子供は、政治の堕落、世界への幻滅から、学校に足を運ばなくなる。それでもそういう人間が、結婚し、子供を持ち、親と同じようなライオンに変身するようになる。世界を変える為には、将来性のある、有能な子供 達が、高い教育費を親が出せる子供達が、真剣に勉強し、民主主義と世界の平和の為に働けるようにならなければならない。

 授業料が払えない貧しい中で、一日も休まず、真剣に勉強し、大学に進学したくても、その授業料がない。政治に無関心、差別を受けたことのない、金持ちの子供達の前で、熱心には研究発表をしていた二人の生徒は、アフガニスタンに志願すると宣言する。無駄死にになるからと引き止める教授に、彼らは、無事に帰れば授業料が免除になる、と希望に燃えて戦場に行く。彼らは、羊達なのだ。帰る事はかなうことなく、アフガニスタンの戦場で、タリバンの餌食になって死んでいく。一尾始終を観ている本部から、危険を犯してまでの助けは来なかった。
 一方で、同時進行時刻、国防長官、時期の台大統領も狙っている、エリートは、ジャーナリストとのインタビューで、新しい軍事作戦があることをほのめかす。マスコミをプロパガンダに使い、国民に説得性を持たせようという狙いだ。マスコミも、企業の手のうちにあり、間違った報道と戦争への荷担をしてしまったという思いにさいなまれているジャーナリストは、その情報を鵜呑みに出来ないと上司に食い下がる。
 「介護の必要な母親がいるだろう。失業すればどうするのか?」彼女もまた、羊なのだ。タクシーの中から、彼女は戦死者達の墓地を眺めて涙を流す。
 二人が戦場で死んでいく、同じ時刻に、金持ちの学生との面談で、必死に彼を説得しようとする教授、彼も無力なのだ。
 この映画は、3つのシチュエーションが、同時に進行している状態で展開される。

 


 この映画の題名を変えてはいけない。「羊達を生け贄にする獅子達」でなければいけない。
 この映画が、若い人達に考える契機にならない、というのも哀しいと思う。つまらない映画、退屈な映画だと、捉えられるとしたら、ロバート、レッド、フオードの映画にかける情熱は? 終わってから、思考が始まる映画でなければ。

 


 ロバート、レッドフォードとメリル、ソトリープと言えば、原名「アウト、オブ、アフリカ」日本名は「愛と哀しみの日々」が見に焼き付いている。この映画の二人は、まだ若く、恋人達を演じていた。
 ロバート、レッドフォードは、「華麗なるギャツビー」以来のフアン、メリル、ストリープは「フランス軍中尉の女」を見て以来、その演技に魅了されている。特に、「ソフィーの選択」でのソフィーは、素晴らしかった。
     

Posted by アッチャン at 13:52Comments(0)映画

2008年05月02日

中山忠彦:永遠の女神像

 

  

 アサヒメイトのチラシを見て、中山忠彦展があるんだ、ということは知っていた。
 国立博物舘を出て、河原町までもどる頃になると、すでにお腹が空いていた。
 かねてから、「おめん」のおうどんが美味しいと聞いていたけれど、行けばいつも人が並んでいて、何度もあぶれていた。銀閣寺のそばにあると友人から聞いて以来、銀閣寺あたりまで探しに行き、河原町の近くにもあることを知って、そこにも足を運び、そうするうちに、四条河原町の、真ん前にも「おめん」の支店が出来た。
 運良く?店の中は空いている様子。中に入って、いろんな種類のうどんがあるのかと思ったら、一種類だった。つけうどんで、きんぴら、大根、ねぎ、きぬさや等の野菜と、ごまを入れて、一緒に頂くというスタイルだった。普通サイスと少サイスがある。大食いの私は、当然のこと、普通サイスを注文した。お値段は1050円。

 




 暖かいうどんを、冷たいつゆにつけて食べる。おうどんは京都らしく、やわらかめで、 たっぷりの香味野菜をつけていただくと、確かに美味しい。大阪の「今井」のうどんよりも味はずっと薄目で、京都発、という風雅なうどんだった。お酒と一緒に頂くと美味しそう。
 まだ家路につくには勿体ないので、高島屋を覗いてみる。一階にあるバッグ類をぶらっとみてからエスカレータで、7階の画廊に。
 中山忠彦展は、2008年、各地を巡回しているらしい。日展出品作などの、大きな絵画が殆どで、ヨーロッパの衣装など、モデルの奥様が身につけている品々も展示している。油絵70点と素描とリトグラフで、大がかりなもの。
6時を回っていたので、半額になっていて、しかも人が少ないので、ゆっくり観賞出来た。 衣装を身につけることによって、着る人の精神性も身に付く、という。衣服を通して、見えない内面の深さを表現したいというのが、中山忠彦の視点。
 若い男の人が、グッズ売り場の人と話をしていた。初めて聞く名前だと言い、絵画に魅せられたとか。図録を買っていた。1時間前だと、画家にサインを入れてもらえたのですよ、と売り場の人。熱心に時間をかけて見ている人だった。

 



 師の伊藤清永に初めて褒められたという作品は「madam nakayama]と題したものだった。サージェントを思わせる作品で、バランスも、表情も、赤ビロードの深い色合いの風合いがよく出ている。ドレスのサテンの光沢といい、素晴らしい作品だと思った。
 衣装のコレクションは3百点を超えるとか、調度やアクセサリーなども、中山忠彦自ら、ヨーロッパやパリなどで、求めて買いそろえたもので、それを着て、奥様は、日に6時間もモデルを務めている。若い頃、出会った頃の奥様と、ドレスを着てモデルを務めている内に、衣装の中で造り上げられていった人格とは、別人のようで、NHK版のビデオに映る夫人に風格と気品が漂っている。
 中山忠彦という画家を知ったのは、淀屋橋にあった画廊を通じてであった。その画廊の奥様が、中山忠彦の妹さんだった。画廊の経営者は、人の集うサロンのような雰囲気で訪れる人を迎えてくれた。その画廊は、今は経営者が変わっている。アメリカの息子さんの所に行かれたのかしら。アドレスも変わっている。      

Posted by アッチャン at 00:47Comments(0)art