2008年09月28日

 土曜日は美味しい店は予約で一杯


 


 12時に従姉妹を迎えに、ジャパンクラブの画廊に行く。今朝は、朝、できたてのベーグルを食べた。店は混んでいて、朝食を食べている人達で、満席だった。
 焼いて、たっぷりのクリームチーズを乗せてもらったら、2ドル、その上にサーモンを山ほど乗せて4ドルしない。ベーグルが大きいので、二人で1つで充分お腹は一杯になる。 40分前に出たのに、地下鉄が止まって、行き先を変えた。63番で降りて、画廊まで歩く。地下鉄の時間は遅れ、急ぎ足でやっと12時丁度に画廊についた。
 従姉妹はテーブルに買ってきた差し入れのお寿司と水を並べた所だった。大福餅が、画家の前に置かれている。彼女の心配りは尋常ではないと私は思うけれど、しつけられた人間は、これが普通らしい。森崎さんが毎年、パリに行くと、彼女は何が食べたいかを聞き、食事を作って差し入れている。食べられなかった時代があるものだけにわかる苦労を、二人は体験している。

 

その画家は従姉妹を褒め、美術学校を主席で卒業した人は、従姉妹ぐらいなのに、そういう事をアピールしない奥ゆかしい人だと云う。僕は彼女が大成してほしいと思っています。
 人が好み、買ってもらえる絵を描こうとすれば、本当に自分が描きたい作品を描けないようになる。絵の道を究めようとすれば、絵画では食べていけない。食べることに屈するか、絵画の為に死ぬか、どちらも決断するのは難しい。作品が旨いからといって、好まれるかどうか、同時代に受け入れられるかどうかはわからない。時代を先取りしていいる人もいるし、そのまま埋もれる人も。。
 森崎さんの絵画は、医者や歯医者さんが好んで買う絵らしい。神経をはりつめて仕事をしている人は、癒し系の絵画を求めるだろう。神経を休め、ホットさせてくれる絵を。金銭的に余裕のある人達の支持を得るのだから、絵は高くても売れる。人を惹きつける魅力も重要な要素だろう。魅力的な紳士だ。



 画廊を出て、バスでメトロポリタン美術館に。私は、Giorgio Moraddit をもう一度、ゆっくり見たかった。それぞれ見たいものを見て、出口で4時に待ち合わせることにして、カフェテリアで昼食を先に取る。お寿司のコーナーが出来ているので、そこで巻物の寿司を食べた。土曜日なので、いつもよりも混んでいる。モランディをゆっくり見て回る。
 2階の絵画コーナーで従姉妹に出くわした。彼女は、ルゾーの絵を探している。以前に1度来たことがある。その時に見たルソーの大きな絵画が見たいと探していたが、残念なことに、その絵は、今はMOMAに展示されている。






 4時に出て、タクシーでホテルに帰り、7時に息子が来るまで、休む。今朝、予約を取っておいてと頼んで出てきたので、お腹を空かして待っていた。所が、予約が一杯だったそうで、もう一つの候補店も予約が一杯だった。近くにある人気の店を覗いても、1時間待ち、息子が利用している中華の店しかない、ということになった。タクシーで行く間、運転手が従姉妹にフランス語で話しかけてきた。出稼ぎで11年、この町に住んでいる。フランス語で話せて嬉しかった。降り際にそう言った。







 中華の店は待たすに入れた。入り口に、元首相の海部さんの写真が飾ってある。
 北京ダックがあるので、従姉妹が好きだと思い、それを注文してと云うと、35分かかるという。充分時間はあるのに、息子は、結局、自分の定番品ばかり注文、肉料理に、彼の友人がいつも食べるものを注文した。味はまあまあだけれど、場所がら、上品に仕立てている。今夜は息子がご馳走してくれた。ホテルまで帰り、バーで一杯飲みながら
話が一番長くなった。これは私のおごり。気がつくと11時半を過ぎている。アパートに帰ると、ぱたんキュー。

   

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2008年09月27日

従姉妹がニューヨークに2日目

 
 



 従姉妹は森崎さんと昼食の約束を取っていたので、私は終わった頃、2時半に画廊に迎えに行く。メトロポリタン美術館を観に行きたいと云っていた。15分前に着いたら、2人はまだ帰っていない。そのビルは、日本のソサイティーで、いろいろなお稽古場にもなっている。コンサートや、コンフェランスなどの会場もある。
 トイレに行くのに、上に上がってみると、畳敷きの部屋が見えた。
 従姉妹が帰って来たので、中に入った。従姉妹の一声は、昨夜寝られなかったので、疲れているから、美術館はやめにする、という。買い物をしながら、ホテルに帰って休みたい、と。ホテルの部屋を最初の部屋に変えてもらったらしい。昨夜はバスタブを使ったから、キッチンがある方が良いからと。間取りは、最初の部屋の方が良かった。日本人はバスタブが必須だけれど、アメリカやヨーロッパの人達はシャアーの方がお好みだ。 広いシャワールームなので、すごく快適そうだった。

 


 彼女は、歩いて画廊にやって来たらしい。帰りも歩きながら、買い物がしたいそうだ。私が良く行く「アンヌ、テーラー」に案内した。ここは値段が安く、良いものが揃っている。気に入ったものがあったらしい。
 今夜は、6時に息子と待ち合わせて、夕食を私が接待するつもりだった。ステーキが良いというので、コンピューターで朝の内に調べて、息子とメールで2,3の候補の店を知らせていた。ニューヨークのステーキの店には行ったことがない。ザガットで調べると、一人65ドルから75ドルの予算、普段はおろか、そんなに高い店は行ったことがない。その中で、手頃な、47ドルと52ドルの店をピックアップしていた。狂牛病以来食べなかった肉だけど、従姉妹は肉好きだから。
 昨夜、従姉妹に、6時で大丈夫なのかと念押ししたときには、大丈夫だ、すぐにお腹が空くからと云っていたのに、昼食にうなぎを食べて、6時などには行かないと云う。
私はニューヨークに来たお客さんだから、私に合わせるのが常識だ、と云う。確かにそう言われれば、そうだ。

  


 7時半頃に、ホテルに来て、近くで食事に行くのなら行く、と云う。私は、とにかくシェラトンに行き、息子の意向を聞きに行くことにした。食事は明日に延ばすかもしれない、今夜このあたりで取るか、明日改めて席をもうけるか、どちらかにしよう。
 シェラトンで息子と会い、ソラスで一杯飲んで時間を取り、ホテルに7時半に。そこから歩いていける韓国街に。金曜日なので、どこも待っている人ばかり。

 

 韓国焼き肉の美味しい店が、運良く待たずに入れた。韓国料理では一流の店で、おかずも美味しいし、焼き肉は柔らかくて美味、いつもは取らないチジミ、従姉妹の好きなビビンバも美味しかった。4人で分けるので、よけいに美味しく食べられるし、食べる量も少なくてすむから身体にもやさしい。
 私達が支払うつもしだったのに、通路側にいた従姉妹が勘定書を取って離さない。結局、私達3人が、彼女にご馳走していただくことになってしまった。こういうのは気分が悪い。
 こちらが招待するという条件で、時間を彼女に決めてもらい、明日の夕食の約束をした。
 泊まれば、と云ってくれるけれど、気の使い過ぎるほどの人で、無類の毒舌家、礼儀作法には至ってうるさい人だから、そういう事にはうといこちらの消耗も相当なものになる。
 「帰りたい。コンピューターがしたいから。」
明日の約束をして、アパートに帰る。汚くても、ここは天国だ。バタンキュー。
   

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2008年09月27日

従姉妹がニューヨークに到着

 
  


昨日まで、快晴だったのに、一転して曇り空が広がる。
従姉妹が着く飛行機は4時半なので、朝の内に、デパートまで買い物に行く。 帰ってから、
昨夜から煮込んでいるカレーをしあげ、サラダを作り、3時に空港に従姉妹を迎えに行く。先日、偶然に23ストリートから乗ったPATH、出発地の33ストリートから乗ろうと思い、降りてみる。そこは、出発駅なので、3列、ホームが分かれていて、券を買うのにと間取り、ホームで、最初の電車を逃してしまった。聞くと、ラスト駅まで行って、乗り換えになるらしい。先日見えていた駅は、まだ空港のエアートレインではなかったというわけだ。
 駅につき、皆の上がる方に行くと、出口しかわからなく、乗り換えまで時間がかかった。乗り換えてからの電車は、長い川を横切り、NEWARKまで、時間がかかる。時間は、飛行機の到着時間を少し過ぎている。ニュワークというのは、ニュワークのペン、ステーションのことだった。プラットホームが沢山あって、アムトラックと、ニュージャージー、トランジットと、見分けがつかない。空港と書いている場所にとにかく走る。列車が止まっていて、チケットを買う時間がない。また係の人に聞くと、5ドル50セントのプラスだと言われた。それだけ余分に払うのかと思ったら、そうではなく、空港のエアートレインに入るときに5ドル、50セントのチケットがいるということだった。そこでももたつき、Bターミナルについたのは5時だった。
 従姉妹は15分前に出てきて、待っていた。待つことが嫌いな人だから、すっかりお冠、荷物を持って、地下鉄を上がり下がりする来はない。タクシーで行くという。

  

 タクシーは時間がかかるし、お金も高い。彼女は働いているので、疲れる事を極力避けるようにしているという。タクシーは始めに料金が決まるので、渋滞しても同料金、料金は65ドルプラス10ドルの通行料で、ホテルまで。やはり渋滞して、1時間20分もかかった。



 ホテルに到着してからがまた問題だった。彼女がもらった部屋にバスタブがなかった。部屋は寝室とリビング、キッチンがあり、ゆったりして豪華だった。受付で、部屋替えをしてもらうのに時間がかかった。今度の部屋は、バスルームが2つあり、キッチンがない。また受けつけに行く。キャリーバッグを持って行ったり、来たり何度も往復。リニューアルしたときに、キッチンを撤去した。彼女が予約したのはスティディオで、グレードを上げた部屋だ、キッチンがついていつのは数カ所のシャワーつきだけだ、と云われた。彼女は諦めて、部屋にもどったが、冷蔵庫がない。 時間が経ち、目的だった、展覧会の初日のレセプションは8時に終わってしまう。画廊まで歩いて行くというので、着いたのは8時前だった。

  


 日本から団体をくんで、展覧会ツアーでやってきた人達、ニューヨーク在住の人達と20人が2次会に参加した。
 森崎 修太という画家で、従姉妹が最初にパリに来たときに迎えに来てくれた人で、そ以来、30年の付き合いだそうだ。日本で、フアンが多いとか。2次会に出ている人達は皆、作品の購入者で愛好者達。デパートを中心にして個展をアレンジしている画商が、ニューヨークの個展もアレンジした。ほっそりした美人だ。

  



関係のない私まで、イタリア料理のご相伴にあずかり、従姉妹をホテルに送ってから、アパートに帰った。
 いつもは朝5時前に起きているのに、すっかり熟睡して起きたのは8時。疲れている。
 

  

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2008年09月25日

ホッパーとオキーフ

  


この前のブログで、私の好きな、エドワード、ホッパーは、人がいても人のいない空間を描き、現代社会の中で、他者とのつながりのない、孤立した存在と、その存在事態が、存在していない不安性を表現している。ホッパーの絵画は、男性的な作品で、女性が描く、死を包括した、性的な力強い作品とは、性的に対置している。ホッパーの絵画は数が少なく、ホイットニー美術館では力を入れて所有作品が多い方だが、撮影禁止になっている。メトロポリタンには、3枚の作品が展示されている。3枚は多い方だ。その裏側の部屋に行くと、ジョージオキーフの作品が8,9点ある。オキーフの作品は、花を描くもの、化石を描いたものが殆ど。その生命力の強さ、性の表現でも、女性的な作品だと思う。

   





  

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2008年09月25日

9月のメトロポリタン美術館

 新しく入った作品の一つ



 メトロポリタン美術館に来ると、まず、展覧会を見る。7月に来た時に観た、「ターナー展」の会場は閉鎖したばかりで、次の為の準備中だった。
 「現代生活のリズム」というタイトルで、その時代と生活を映す、イギリスの版画を展示している。機械化に翻弄され、機械化されて生きる人間の動きや、心理状況を、曲線とリズムで描いた作品が、他を圧倒して、パワーがあり惹きつけられた。

  



 ここでは、その作品を紹介したい。カメラで二次的に撮ったので、魅力は伝えられないけれど、版画なので、その一旦はわかっていただけると思う。特別展示品は、カメラに対して、椀飯振る舞いのメトロポリタンでも、禁止になっている所が多い。


   
「 ニューヨークは、何故ニューヨークというタイトルの写真展、「ジョルジオ、モランディ」などは撮影禁止なので、外側写真しか紹介出来ないのが残念。
 ジョルジオ、モランディはどこにあるのか、わからなくて、19世紀絵画と現代絵画を見て回る内に、時間が経ってしまった。喉が渇いて、カフェテリアでお水があったのを思い出した。重い足を引きずりながら、そこに行くと、カフェテリア前に、その絵画展があった。時間がなく、ざっとしか観ることが出来なかったので、もう一度と思っている。
淡い色調の「静物」が多い。身近にある、瓶やカップを描いているものが多い。
 


 一目見て、この人だけと思われる個性。絵画は、その人の個性を表現する。絵画事態も、静かで、イタリアのフラスコ画を思わせる、郷愁と古典的な格調がある。



 日本とは桁外れに、作品を揃えての展示なので、どの展示のパンフレットも結構ば分厚さになる。本をほしいけれど、若かった時にように、もう買う気がなくなっている。重いし、それを置く場所もない。身の回りの整理を始め、一つ新しいものを買えば、一つ処分するようにしている。あとに残った子供達が整理に困るから、と。
 私には出来ないこと。増えていくばかり。買えば増える。目に焼き付けて、出来るだけ忘れないようにしよう。

 



  

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2008年09月24日

ベーグル、マフィン、ホットドッグ

  美術館前でジャスパーフォーマンス


 ニューヨークに来てから、毎日が晴天続き、からっとしていて気持ちが良い。
朝は5時半に目が覚め、ニュースを見ながら、コーヒーの豆を挽き、ベーグルを食べるのが楽しみの始まりになっている。昔、ベーグルはあまり美味しいとは思わなかった 。パンの肉質が詰まって堅く、柔らかいパンの方が好きだった。ボストンでも、メインに息子がいるときのも、朝は、マフィンを食べるのが楽しみだった。マフィンの一番美味しい食べ方は、ハムと卵を乗せ、マヨネーズソースをかける「エッグベネディクト」だと思うが、これはニューイングランドでは、朝食を出すレストランではよくあるが、ニューヨークではあまりない。グランドセントラル駅の海鮮の店では、扱っているけれど、辛すぎてあまる美味しくなかった。息子がマンハッタンのアパートにいた時に、アパートの前にある店で食べた、エッグベネディクトはとても美味しかった。次にニューヨークに来たら、アストリアに引っ越していた。
 ニューヨークの人達は、朝ベーグルを買うこ人が列を作る。美味しい店を知っていて、アストリアのアパートの近くにある店は、毎朝、沢山の人が並んでいる。
 ベーグルはお腹持ちが良く、一個食べればもうそれだけで、お腹が一杯以上になる。
クリームチーズをつけて食べるのが、一番シンプルだが、間にサーモンを始め、エビサラダ、ツナサラダ、チキンなど、好きなものを選んで注文する。

 レターセットの素敵なウィンドー



 朝、5時半という早朝とはいえ、ベーグルを食べ過ぎたので、今日は昼抜きでもいいだろうと思って、メトロポリタン美術館に向かった。マジソン通りを歩いて店を覗きながら、美術館に行くのが決まりになっていて、バナナリパブリックを覗き、それから歩いていくと、子供服の店があった。ベビー誕生のお祝いに、アメリカならではの服を探そうと思っていたので、入ってみる。可愛いものばかりだけど、それを選んだらいいのやら、さっぱりわからない。しばらくみて、そこを出る。メトロポリタン美術館まで来ると、友人が食べて美味しかったと言っていた、ホットドッグの店が気になった。今までは、中のカフェテリアで、食事をしているが、今夜は6時に息子と食事の待ち合わせをしているので、少しだけ食べたい。で、一個2ドルのホットドッグを買った。チーズかチリを乗せると、それぞれ1ドルアップになる。いらないと言い、ケチャップと芥子をのせて、食べてみると確かに美味しかった。パンは柔らかく、ソーセージの味も良く、またたくまに食べてしまった。隣で、日本人の観光客の女性も買っていた。彼女は、奥ゆかしく?ワゴンの陰で食べていた。

 


 夕食の待ち合わせは、いつものシェラトンホテルだが、今夜は、やけに騒がしい。CGIというのは、何の事かわからなかったら、クリントン、グローバル、イニシャティブという意味だった。アフリカの難民、エイズなどの援助の為の活動をしている、クリントンを代表とする、グローバルな支援のコンフェランスが、催されていた。疲れた足を休める椅子は全て占領されていた。足は歩きすぎで、ずきずき痛む。




 夕食の前に、ソラスというバーでビールを飲み、息子は更にワインを頼んだ。疲れで、アルコールが早く巡ってくる。生ビールはニューヨークに来て始めて。ジャズを聴きながら、雰囲気が良いので、アルコールと共に疲れが取れていく。
 何が食べたいということもなかったので、そのすぐそばにある、居酒屋に入った。
 日本の居酒屋風にしてあって、値段も安い。タマネギのサラダ、野菜の炭火焼き、たこぶつ、鯖の焼き物、海鮮の串焼き、日本の3倍ほどある大きなおにぎり、ギョウザスープなど、沢山取っても70ドルくらいだった。息子はニンニク焼きを二人前も注文して食べている。元気の源はにんにくだそうで、にんにくマン、にんにくブー。日本に帰ると、ニンニク臭くて、父も母も閉口していたにちがいない。私も苦手なので、一緒にいると一口は食べるようにしている。日本食はお腹になじむので、美味しい。
 そばにいた4人の学生風のグループは、ラーメンを食べながら、おにぎりを注文していた。それを見て、食べたくなった。彼らは、ラーメンとおにぎりですませているようだ。あれで充分だわね、お腹は満腹、お金は節約出来る。
 
  


美術館の前で、ホットドッグを食べた話をすると、息子は
「ソーセージは肉だよ。ああいうのが一番危ない。何を使ってるかわからない。」という。アメリカの肉は食べないと頑張ってきたのに、一番あやしげな牛肉を食べてしまっていたとは。

 


 翌朝、ブログを開くと、ライチへのコメントを見て、またショック。中華街で山と盛られたライチを始め、沢山の野菜が売られている。あれらは、中国から運ばれて来ているのかもしれない。中華のどんなに評判の良い店でも、中国産のものが使われているだろう。 食の安全など、アメリカは問題にしていないのではないか。何もかもに、使われている。日本だって、中華料理のレストランに行けば、何を食べているのかわからない。洋食レストランだって。
 スーパーで目を皿のようにして、中国産を避け、アメリカの牛肉を買わないでいても、食のグローバル化は、キャッチ出来ない所でどんどん進んでいる。
 中国だけではなく、偽装や汚染は、日本の内部から起こっている。 ギャー、ギャー言っても、矛盾した食べ方をしているのだ、と自分の中のざるを見た。  

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2008年09月23日

中華街からイタリア街

  

この店はこれだけ沢山の賞が

 昼食は、中華街でラーメンでも食べようか。カナルストリートで降りるつもりが、特急に乗ってしまって、14ストリートまで行ってしまい、引き返す。
 中華街に来ると、いつも迷ってしまう。目的の店ではなく、うろ覚えに歩いていくと、この前、美味しいという評判の中華レストランの前の通りに出てきた。利用者のコメントで、ランチが安くて最高の店だと書いていたので、ここに入ることにした。
 ランチメニューは、どれも一律の5,9ドル。えびちりを注文して待っていると、テイクアウトの人達が多いのに気づいた。デリバリーもしている。
 でてきたエビのチリソースは、ニンニクが効いている。沢山あるので、持ち帰ることにして、もう一品ランチを頼んだ。夕方、アパートの近くのレストランに行く予定だったが、この店に来たのだから、持ち帰って食べてもらうことにした。
 荷物が出来てしまったので、アパートに帰らなければならなくなった。中華街を歩いていると、ライチが季節なのか、沢山売っているライチは、中華料理店で、デザートに良く出るが、たいてい凍った状態で出てくる。こんなに新鮮なのは見たことがなかった。
屋台や店にライチ


 少しだけと言って買ったら、7ドルだった。枝に実がまだしっかりとついた状態で、2枝あった。
 帰るのなら、少し歩いてとイタリア街の方に足が向く。イタリア街のレストランでも、まだランチの真っ最中、ランチは3時まで。ランチメニューは、そこも安い。夜とは多ちがい。だから、人も多い。食事が終わっても、なかなか腰を上げない客ばかり。

 


 イタリア通りを抜けると、スプリングストリートに、そのあたりに来ると、この前、連れてきてもらった、キッチンとホームの店が見えた。中華のテイクアウトの派手な赤色のナイロン袋を下げて、お洒落な店に入るのは、気が引ける。やめようかと思ったけど、厚かましく入ってしまった。ぐるっと回って、出てくるだけ。その近くの地下鉄に乗ってアパートに帰って来た。「トレーダーズ、ジョー 」という有機食品のマーケットまで行くのが、今日の予定だったのに、もうそういう時間はない。息子は昼食を食べないので、お腹を空かして帰ってくる。近くに、有機の肉はないかと探しに行く。カレーを作るのに、アメリカ製の肉は使いたくない。おおざっぱな国だから、狂牛病になっても、「戦地で」死んでいる兵士の数から見ればしれている」と威張ってコメントされそうだ。
 近くのスーパーでは、自然に育てた肉はあるけれど、値段が高い。今日の煮込みはやめて、ワインを買って帰る。途中にあるベーグルの店で、朝食のベーグルを買う。
 
 イタリア街


ベーグルを沢山買って、日本に土産にする人が多いとか。確かに、この店のベーグルは特別の美味しさだ。しっとりして、甘みがあり、重さも充分。喜ばれるだろう。一個25セント、6個で買うと6ドル。
 息子は、エビのチリソースが一番美味しかったようだ。テイクアウトした方は、シーフードといろんな野菜の八宝菜のようなもので、私はこのほうがニンニクの味がなくて好きだった。家で材料を買って来たら、とてもこんな値段では出来ない。テイクアウトしていく人達は、夕食用に買って行くのかもしれない。何種類か買うと、豪華な夕食になる。
 テイクアウトは5,5ドル、白ご飯とスープがついている。美味しい店は、ご飯も良いものを使っている。



夜行く予定だった近くの店

 買うつもりだったシビックが、レンタカーに使われていた車だとわかって、息子は買う気が失せてしまった。レンタカーに使った車は、いろんなグレードの運転で、車の調子が悪くなるからだという。私は、外側ボコボコの、車を買う方が良いと思っていた。外に駐車していても気にならない。中身がよければ走るのに問題ない。値段が安くなる。そんな車でも、6千ドルくらいするらしいけれど。


   

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2008年09月23日

PATHトレイン




 ニューヨークには、主要な国際空港が3つある。ケネディー空港、ラガーディア空港は、利用しているが、ニュワーク空港は使った事がない。ニュージャージー州に位置するので、不便な感じがしていたから。実際に、ビジネスのアップグレードを頼むと、ニュワークからだと空きがありますが、と言われることが多い。
 従姉妹が着くのは、ケネディー空港か、ラガーディアだと勝手に思いこんでいたら、ニュワークだった。コンピューターで調べると、空港から、マンハッタンに入って来るのに、3つの方法がある。空港エクスプレス、鉄道、PATHトレインを使う方法だ。
 地下鉄で、チェルシーの画廊街を見ようと23番で降りると、PATHと書いている。ここから乗れるのか、と思い、予行練習に空港まで行ってみようかと予定を変更して、

 


PATHの改札に。地下鉄のチケットは使えない。PATHトレインは、一回券が1,75ドルで2時間使えると書いている。改札に通すと、チケットが出てこない。調度側に作業中の人がいて、チケットが出てこないと言うと、彼は機械を開けて探してくれたが、なさそうな様子。今度は鍵を入れて、底まで調べてくれた。私が買ったチケットが底に沢山入っている。そういうのです、というと、一回券は戻って来ない事がわかった。それなら、」2時間使えるという意味はどういうことなのかしら。買ってから2時間は改札に入れられるということなのか。私はてっきり、2時間以内なら、また使って帰ってこられるのかと。 PATHトレインは、海底を走る地下鉄で、マンハッタンとニュージャージーまで、結構長い間、海底を走る。揺れが大きい。もう100年走っている。

 

 PZTHトレインの路線は3つに分かれているので、どこから空港に行くのか、何も書いていない。向かいに旅行に出かけるらしい親子が座っている。彼女が降りる駅で降りてみた階段を上がり、改札口に行くと、向かいにエアートレイン、と書いた改札口が見えた。 エアートレインは、6,7ドルかかるので、そのまま改札を出ないで、引き返すことにした。私が乗ってきたのは、33番から走っている線で、そこからワールドトレードセンター行きもある。ワールドトレードセンター行きに乗ってみた。33番からのPATHは、長い時間がかかったのに、ワールドトレードセンターまでは、あっという間に到着した感じがする。駅の構内に入ってくる、すぐ側に、工事中のゼログラウンドが見えた。構内は、工事場に燐接している。このPATHを使えば、ニュージャージーからマンハッタンに入るのに便利だ。

 


駅を出てくると、旅行者の為の案内所があった。地下鉄への乗り換えは、歩いて別の駅まで行かなければならないのが、ちょと不便。工事が終わるとつながるのだろう。

 

 この駅の近くに、私がよく行く、ディスカウントストアー「センチュリー」がある。
 デパートの外で、買い込んだ買い物を置いて休んでいる女性は、昼なのにお疲れ状態。早くから行動しているのだ。工事現場の人達は、昼休みであちらこちらに座り込んでいる。 私のお腹も空いて悲鳴を上げて始めた。

   

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2008年09月22日

パイロット養成所

  


 朝、車を借りて、ロングアイランドにある、パイロット養成学校を見に行った。
ニューヨークから車で40分の所にある。ロングアイランド鉄道は1時間に1本しかない。 空港に着くと、小型の飛行機が沢山とまっている。それらはほとんどが自家用だった。側にはホテルがある。ニューヨークからボストンやメイン、ワシントンなど飛行機を使っているお金持ちが所有している。そばにリゾートホテルがある。
 飛行機の免許は、プライベート、インストラクター、大型飛行機のパイロットに分かれていて、飛行時間が決められている。海外や、地方から来る人達が、そばのホテルに滞在して、飛行訓練を受けるのだろう。




 案内」してくれた人は、5年前までは弁護士だった。彼は全額を前納して払い、インストラクター資格が取れる250時間はクリアーして、これから試験を受ける。養成所のフロントで働かせてもらいながら、飛行訓練を受けている。インストラクターの免許が取れれば、専門職用に必要な1000時間飛行を、教えながら取っていく。
 プライベートで自家用飛行機は50時間くらいの飛行時間が必要だとか。
人間のルーツは鳥だったから、飛びたい人が多いのだろうか。



 飛行機を見せてもらうと、操縦席は自動車のなかよりも小さいくらい。座席は4席で狭い。
 息子は、サンディエゴの学校まで見学に行った。これまで4校ほど訪れている。そのうちに熱が冷めると思っていたら、どうも本気のようだ。通うのに車も買った。
 命がけでやるつもりでしょうね、と私は念を押す。息子の人生は彼だけが負えるもの、私は傍観者にすぎない。夢と希望を抱いて全力発信する日も近いのか。土壇場の所で、やーめた、と言うのか。夢は夜開く。夜になると興奮し、朝になると沈着する。彼はまだジレンマの真っ最中。
 今の所、飛行機よりも、先日落札した、シビックに気を取られているようだ。駐車場がいる。車があると、ワシントンにもボストンにも行ける。シビックが沢山走っていると、
「あれと同じ車だ。」ニューヨークはシビックがお好みのようで、中古車のバリューは、トヨタよりも高い。タンパの売り主は、見て気に入らない所があるなら返金するという。16000ドルのバリュー価額だから、他の人に売った方が良いと思っているのだろう。
 



 日本と違って、アメリカは、中古の価額が落ちない。息子が以前に乗っていたレガシーは、日本に帰る人から500ドルで買った。20万キロ以上走ってきた車を、更に2年乗って、1500ドルで売れた。もともと3000ドルくらいのバリューだった。日本人の感覚とは大きな隔たりがある。
 私も、中古の値段を聞いて、なんでそんなに高いのかと思う。うそ、そんな値段で売れないでしょう。誰が買うの?日本での頭がそう思わせる。
 
   

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2008年09月22日

9月のグッゲンハイム

 
 

グッゲンハイム美術館は、セントラルパークの5番街89ストリートにある。MOMAからだとマジソン通りで、M1からM4までのバスならどれでも良い。
 前回は、グッゲンハイムに着いたのは30分前で、入館を断られたが、しばらく待って、特別に入れてもらった。
 「ルイーズ、ブルジョア 展」が目当てだったのに、どの部屋でやっているのかがわからずに聞くと、この美術館すべてで、と言われた。そこで、彼女が彫刻家であることがわかった頃、すでに閉館になって出ていかなければならなかった。
 3月、パリにいた時に、市庁舎の前に、彼女の写真がでていた。ブルジョアのルイーズかと思っていた。革命的な女性運動家か、貴族的な女性 で、パリ市庁舎に関係があるのかと思っていた。彼女はアメリカ生まれのフランス人で、絵から彫刻家になった人だった。館内はカメラ禁止だが、MOMAにあった、ルイーズの彫刻と同じものも展示されていた。 力強い大胆な作品群は、女性の肉体と自然との関係を形にしたもので、女性性が強調されている。



 館内の螺旋型で上がっていくうちに、彼女の彫刻の展示品が沢山でている。背の小さな男の人が、彼女の作品を見て、嬉しそうに笑っている。楽しんでいる。女性の作品は、男性を引きつけ、女性の作品は男性を魅了するのかもしれない。

 

 そう感じたのは、次にホイットニー美術館で、私の好きなホッパーの絵画を見た後で、オーキーフの花をモチーフにした作品をみた時だ。オーキーフとルイーズの作品には共通性がある。それは女性の性を表現していること。エネルギーが強く、死を包括したような大胆な安定性がある。ホッパーの作品は、孤独な静けさと非人間的な無機質な感じがする。 光の中に薄く現れる世界で女性を描いていても、性を感じない。ホッパーに惹かれるのは、そうだから、男性的な作品だからかもしれない。  

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2008年09月22日

9月のMOMA

  MOMA内部から

  金曜日は、MOMAのフリーデイ、グッゲンハイム、ホイットニーの美術館のドネーションデー。
 地下鉄のR線57ストリートで降り、55ストリート出口に出ると、タイムズスクエアーが見える、賑やかな通りに出る。シェラトンホテルに歩いていくと、カーネギーデリという店がある。ブロードウェイスターや著名人の写真が貼ってるので、中を覗くと、由緒あるカフェのようで、中にもデカデカを写真が飾ってある。テイクアウトも出来る。

  


 外から写真を撮り、シェラトンに入り、トイレを拝借して、MOMAの外で最後列に並んだ。4時にはまだ20分ある。お昼を食べていないのでお腹が空いてきた。でも待たなくちゃ。10分前になると動きだし4時にならない間に、入館出来た。
 青空に白い雲が浮かび、爽やかな風が渡る季節、1階の中庭に出てみる。早く来たので、話をしながら寛ぐ人達の中、ゆっくりと庭を巡る余裕があった。

 
    

 冬場に来る事が多いので、暗くなっていることが多いし、まだ明るくても寒さが庭に出るのを拒む。紅葉にはまだ時間があり、緑が濃くなる季節は、一番気持ちの良い時期かもしれない。紅葉が始まると、冬の寒さが漂い始める。のんびりと庭に座っているには寒さが身に染みる。紅葉になると散策が一番良い。

  


今回、 MOMAで興味深かったのは、フイルムだった。「夫と妻」、男と女が生まれて、愛の形をあらゆる角度から、写真とビデオを組み合わせながら一つの作品に仕上げている。性をここまであからさまに映し出すフィルム、これを芸術として公に公開して良いの?すごいシーンを見せられ、ショッキングー。男女、ゲイ、レズ、娼婦、老人のカップル、自慰などの性の営みをビデオカメラで撮った部分が様々な人間の精神構造を浮かび上がらせる写真の停止部分と組み合わして出している。最後にはお墓が映り、匿名の「ハズバンド」「ワイフ」という墓碑銘。インパクトはすごい。もうびっくり仰天だった。音楽は「聞かせてよ愛の言葉を」で始まり、そのシーンに合った、郷愁を誘うオールデイズな音楽が選定されている。ビデオ作品にあれほど沢山の人達が観ている事を観たことがなかった。
 
  日本人の作品

もう一つの新しい展覧会は「デリバティーホーム」という名がついている。解体出来る家、可動出来る家の、歴史、テーマを追う作品展だった。その中に、黒川紀章の東京にある、可動マンションの模型があった。記章はバロック建築の可能性を追求した建築家だが、 谷口さんの建築である、MOMAの中に、黒川さんの、可動マンションの模型が展示されている。デザインを重視している「MOMA」で日本人作家の評価は高い。

    

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2008年09月21日

ニューヨークのホテル

 

 
従姉妹の為に予約を一応ホテルは予約をいれているので、その報告をするため、パリに電話をすると、彼女の一声は、「ホテルを取ったから」だった。私が徹夜で探しあれこれ場所とお金を考慮しながら予約を入れた努力は無駄だった。無為だった方が良い場合がある。彼女は、絶好の場所に快適なホテルを予約したのだから。
「40平米あるスイートで、ブロードウェイにも近いらしいわ。3星」
値段を聞くと、3泊で900ドルだという。税金が上乗せされる。





 YMCAの個室は一日102ドル、寝るだけだから、安くて、清潔、交通の便がよければと思うのは、私だからだ。レストランで終日働き、たった3日の休暇をニューヨークで過ごす従姉妹は、YMCAに泊まるはずがなかった。
ユーロで生活している人は、600ユーロと言っても、たいした額にはならない。ドイツの友人が、パリ公演のチケットを手数料を入れて買った時のことを思い出した。マルクがユーロに変わり、1マルク、1ユーロの感覚で生活している。 フランスでは、1フランが1ユーロという感覚でいる人がいまだに多いそうだ。
 ヨーロッパの極端なインフレは、通貨を変え、統一した事で起こったのだろう。通貨単位の切り上げが、インフレを招くのと同じだ。
日本も、次に打てる手は、通貨かもしれない。3泊で100000円だと高いと思う。10000円になると、安すぎると感じる。

ホテルが決まり、彼女が決定したことで、私は責任を負わずにすんだ。あてにはされていなかったかもしれないけれど、気分は軽くなった。向かいの通りに99セントストアーの看板が見えた。
昨夜、食器洗いのスポンジをガスで焦がしてしまったので、新しいスポンジを買わなければならない。入って見ると、ここは別世界。焦がしたスポンジは、この前来た時にスーパーで3ドルほどした。ここに来ると、製品は違うけれど、似たようなのが10コひとくくりで99セントだ。似ているけれど、品質が悪い。
 3ドルは高すぎるし、10個あっても悪いのはいらない。一個1ドルにして、品質の良い物がほしい。日本はそういうことには繊細で心配りが出来ている。  

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2008年09月20日

ニューヨークの夜は更け

 
 

 パリ在住の従姉妹が泊まるホテル探しで、夜中中コンピューターを使って調べていた。空気ベッドの上に座っていると、腰に負担がかかる。朝まで起きていて、息子が会社に行ってから少し寝ておこうと横になったが、一向に眠れそうもない。太陽はすっかり昇りきった頃、眠ることが出来た。かれこれ12時頃だったと思う。目覚めると夕方の4時。 重たい体を持ち上げるように起きあがる。まず、電話をしなければならない。帰りの飛行機にアップグレードのキャンセル待ちを入れていたの、消えていた。アパートに電話がないので、外の電話ボックスを探しに行かないといけない。電話をかけると、既にアップグレードが出来ていたのでなんの問題もないと言われた。キャンセル待ちのウェイティングリストは、それで消えていたわけだ。ついでに日本食を注文する。 
 ニューヨークはベストシーズンになっている。ホテル代は、ハイシーズン料金とかで、マンハッタンの比較的快適なホテルは、週末料金でも300ドル以上する。平日は400ドル以上になる。
 従姉妹はそういう値段でも、3泊なので良いのかもしれないけれど、私ならとても払えない。マンハッタンで100ドル台というと、シャワーはシェアーのユースホステル並の複数ベッドの部屋、そういう悪条件の中で、探し出したのが、YMCAだった。
 昔、息子がコロンビア大の語学研修で泊まった事があった。個室で、シャワーは共同だけれど、102ドルなので、悪い条件ではない。ツインでもシングルでも同料金なので、私の名前で一応予約をいれた。クレジットの提示が必要なので、従姉妹の名前では取れない。
もう一軒、マジソンガーデンに近い場所で、同条件のホテルが129ドルであった。そこは朝食もついている。一応二つのホテルを選び、見に行ってみようと思い、地下鉄に。
 ニューヨークは肌寒い。服装は皆、まちまちなので、半袖の人もいるし、コートを着ている人も。私は薄いコートを持ってきているけれど、それでも少し寒い感じがする。


 地下鉄のそばにキオスクがあるので、中に入って、テレフォンカードを探す。今まで利用していたカードは、最低料金が25ドルで、毎月チャージが引かれる。デンバーの日本食の店で、5ドルのカードを買った事があった。そいうのがないのだろうか。エコミックカードはないのかと訊ねると、そんなテレカードはないと言われた。以前にもそう聞いてなかった。テレフォンカードで国際に使えるものはないのか、と聞くと、あると言われた。アジアがいいか、と言うので、アジアにもフランスにもかけたいと言うと、10ドルカードか、と言われ、5ドルと答えた。試してみなければわからないから、と。
 すると出して来たカードは、アジアというデンバーで買ったものと同じだった。
 地下鉄の駅で、14日分の地下鉄カードを買った。1週間券は25ドル、2週間券は48ドルだった。一回券は2ドルで2時間以内使える。回数券もある。用途と時間に合わせて選べる。 
 チケットを買って、ホテル探しに出かけた。まず、N線でアパートからも近い場所になる、パンアメリカンホテルを見るつもりだった。1泊200ドルで、利用者の評判が比較的ましだった。昇ったホームがマンハッタン方面になっていたので、逆方向に。途中のクイーンプラザという駅で降りてみる。名前だけで、繁華な場所のように思ったからだ。そこは、マンハッタンから川を挟んだ、ロングアイランドの入り口にあたるのがわかった。 マンハッタンが遠くに見えるが、場末の感じがする。辺りにホテルは見あたらない。
地下鉄に戻り、マンハッタンにある、チェックしておいたホテルを見に行こうと思った。地図はないけれどだいたい行けばわかるだろう。タイムズスクエアーを超えて、次の駅に、マジソンガーデンという表示があるので、ここで降りて探すつもりだった。時計を見ると6時を過ぎようとしている。今夜は、家で食事をするので、もう帰って夕食の支度をする時間だ。どこにも行かずに、引き返す。近くのスーパーでサラダ用の野菜とスプリングロールの総菜、ワインを買った。おばけのようななすびが99セントの特売なので、カレー用にそれを買う。
 帰ると、息子は今帰ったばかりらしい。買ってきたワインを見て、これは甘くて美味しくないと言う。そう言えば、私がこの前来たときに買った物だった。確かに甘かった記憶がある。食事の支度をする間に、息子がワインを買いに行った。大瓶を買えばなかなか減らない、などと言っていたのに、食事が終わるとほとんどなかった。
 夕食は買って行ったお寿司に、野菜サラダ、なすの味噌煮、生春巻き。馬鹿デカなすは、切ってみつと中は種だらけで、どうかなと懸念したけれど、その種が浮き上がり、ゴマのようになって、それほど悪くなかった。作りすぎたサラダも二人にすっかり平らげた。
 
 


息子は、ダイエットと称して、朝と中食は、ミルクとシェイクするダイエット飲料だけですませている。夕食だけはたらふく食べるのだそうで、それでも効果はあるようで、スマートになった。
 食事とワイン、横に置いている私のコンピューターを開いて、自動車のオークションに参加しだした。先日から車探しに熱中している。トヨタのカローラがオークション終了間近で、息子が入れた値段が最後になったけれど、即決価額は入札よりも1000ドル高い。 落札にはなっていなかった。あとは向こうからの連落待ち。そのうちに連絡してるわ、と私が言った。しばらくして、息子は、別の車にも入札していたらしく、そちらの方を落札してしまった。お酒に酔っていて、100ドル上乗せしたら、買えてしまった。価額は13800ドル、シビックで、以前からほしかった車だという。色も好きなブルー、マイアミのタンパまで車を取りに行かないといけない。行きは飛行機、帰りは車を運転して18時間走って帰って来なけれなならないような車だった。本人は大満足らしい。
 白ワインの大瓶は空に近い。来週の金曜から出かける、私も一緒に行こうと言う。
 従姉妹が来るじゃないの、と私。彼女も行けば?彼女は、友人の画家が個展をするのでやってくる。タンパに車を取りに来るわけではない。
 私達が帰ってから週末に行くことになった。タンパに行ってみたい、と心が言っている。  

Posted by アッチャン at 01:51Comments(0)ニューヨークにて

2008年09月18日

 置き忘れで関空からスタート

 サンフランシスコ空港内のアートコーナー、モダニスム北欧の工芸

 今日はどうかしてる。関空から出発するまでに、2度も置き忘れした。手荷物検査で、時計を忘れて、出国検査の後だったので、戻ることが出きず、案内の電話をかけて、探してもらい、持ってきてもらった。時計がないと時間がわからないので、待つ時間が永く感じられた。なかなか係の人が来ないので、もう一度電話で確かめる。まだ搭乗までには時間はあった。昼食を食べていなかった。ラウンジに行き、おかきとビールを飲んでいると、呼び出しがかかった。
 受付に行くと、パスポートとお金の入った袋を忘れていた。大切な物ですよ、と言って渡してくださったのは、UAの名物おばあさんだった。テレビでも紹介されていた方で、彼女と話をするのが楽しみな客が多いそうだ。長年アメリカにいた日系の女性で、今でも週に2,3回、昼間の勤務だけに出てこられている。
出る前から、大事なものを2回も立て続けに置き忘れるなんてどうかしている。
 関空の売店で、焼き鯖寿司を買おうと思ったら、売り切れていた。売店をぐるっと回って、どこかの店にないかと探していると、関空の事務所から出てきた人が、階下にある日航の直営の店にあるかもしれないと教えてくれた。
「もともと焼き鯖寿司は、日航のジャックスが置いたものです。」
日航の店は、品揃えが多くて,焼き鯖寿司、鯛寿司や和歌山名物のさんま寿司など、機内での食事用として、寿司を始め、サンドイッチなど有名店のものを取りそろえている。
 柿の葉寿司は奈良の平宗の品で、品切れになっていて4時に入荷と書いている。良い店を教えてもらった。
 サンフランシスコまでは、ビジネス席が空いていたので、アップグレードの出来るチケットを買い直した。最初に予約を入れていた77000円のチケットから、137000円のチケットに。他に燃料代が66000円プラスされるので、204000円、アップグレードにマイルが60000マイル必要だ。

  

 飛行機は満席だった。残念、これなら安いチケットを買っていても、ビジネスにあげてくれただろう。マイルもいらなかった。
 隣にいる女性が、足置きの出し方を聞いてきた。初老の夫婦で、服装の趣味も上品、とても仲がよさそう。添乗員の女性が彼らの所に来て何か説明している。それが終わると別の席に。見渡せば、裕福な感じの、年配のカップルが、何組か座っている。飛行機がサンフランシスコに到着すると、「どちらまで」と聞かれ、「ニューヨークです。」と答えると、「私達はツアーなんです。」と上品な小声で帰ってきた。「どちらですか。」と聞き返す。


「サンディエゴです。」ニューヨークまでかな、と思っていた。というのも、キャンセル待ちになっている席はまだウェイティングのままで、正規で買った客で満席に近いと言われ、望み薄のようだったから。飛行機が予定よりも40分早く着き、時間が有り余るので、時々寄る「えびす」という寿司のコーナーで、「キングカリフォルニアロール」を食べる。

 


 おじさんはいなかった。若い寿司職人が作ってくれた。店頭に置いているのは、カリフォルニアロールで、かにかまを使っている。キングがつくと、本もののキングクラブを使うので、注文を受けてから作ってくれる。値段の差は1ドルで7ドル。これを食べるとサンフランシスコに来た感じがする。以前に、このコーナーで寿司を食べていると、隣にいる夫婦が店主と話していた。日本から帰って来ると、ここに寄らないと帰れない、というようなことを言っていた。美味しい寿司が食べられるから、と。他の店とは比べものにならない。本当の寿司が食べられる、と。それを聞いた頃は、店主が一人で握っていて、他の日本食は殆どなかったのに、いつのまにか、種類が増え、アメリカ人が握ったものを店頭に並べるようになった。今日はいつもいる店主はいなかった。おはしには、サンフランシスコのホテルの店の名が書いてある。ホテルを経営し、そこに直営の店を構えるようになったようだ。

 

 1時間ほど、時間を潰し、UAの国内便の方に行くと、11時20分発の前便が搭乗中になっていて、1時間遅れていたようだ。しまった。この便に乗れたかもしれなかった。受付のカウンターに行き、キャンセル待ちになっているチケットのビジネス席が空かないかを訊ねると、飛行機の機材が変更になり、ビジネス席はなく、ファーストは詰まっていて、エコノミー席しかなかった。おまけに、飛行機が40分遅れる。
機材が変更になったのは、前便に乗り換えた人が多かったからではないかという考えが頭をよぎったが、あとの祭り。でもそんなことはありえない。
 聞くと、メンテナンスのために、2日前から機材が変更されているという。

  ラウンジのテーブルのアレンジメント

 ラウンジに行き、クロワッサンを食べておく。オレンジとクッキーを持ち出し。6時間近くのフランとだから、途中でお腹が空くかもしれない。機内ではアナウンスがり、エコノミー席は、スナック5ドル、軽食7ドル、アルコールは6ドル、とのこと。
 タダだと思うとついアルコールの量が過ぎる。エコノミーは国際線も、有料になったのでそれは良いことだ。ワインを飲み過ぎて、まだ気分が悪い。ひたすら水を飲む。
3時間もするとお腹が空いてきた。オレンジを食べると、しばらくはしのげる。
 
 空港内のアート回廊


隣の席の男性は、書類に書き込みずっと仕事をしている。彼も水ばかり飲んでいる。途中で、ラウンジにあった、チョコレートバーを出して食べている。ビジネスクラスからの溢れ組なのかな。ファイナンシャルの仕事をしているようだ。リーマンブラザーズの破産で、金融はがたがたになっている。日本の銀行も相当の痛手を負っている。益々不景気になるだろう。 彼は、お腹が空いたらしく、添乗員に、食事は何があるかと聞いた。着くのは10時半、それまで我慢するという。トマトジュースを頼んで、またチョコレートバーを取り出した。 懸念し、散々考えて、余分に高いお金を払ったけれど、サンフランシスコまでの9時間、食事とアルコールと睡眠数時間を得ただけだった。けれど、9時間楽だったというメリットのお陰で、体は快調だ。それにエコノミー席も座り心地は悪くない。持病の座骨神経痛を心配したが、今の所、大丈夫。この席は。非常口にあるので、乗り込んだ時に、非常時に手伝えるのか、会話は充分わかるのかと聞かれた。この席を変わると、どこに行かされるかわからない。あまりわからないけれど、わかると言い、非常時に扉を開け、乗客を誘導する手伝いをするという、了解をした。いざとなれば、隣の男性がするだろうなんて暢気に構えている。最近は、イエスを言わないといけないらしい。コンピューターがあると時間を忘れる。家では、ブログに割く時間のために、時間が短くなった。ビジネス席に座ると、もったいないからずっと座席を倒して寝ている。でなければ、備え付けのビデオで映画を見ている。回りの人達も、殆ど寝ているので、灯りは常に暗い。エコノミー席は、仕事をするのに最適な場所だ。  

Posted by アッチャン at 16:39Comments(0)旅のグルメ

2008年09月05日

松江の老舗バー「山小屋」

 


 「この町で昔からやってるお勧めのバーはないですか?」ホテルの受付で聞くと、ためらうことなく「山小屋でしょう。」と教えてくれた。
 食事の「川京」から一筋向こうを、左に入った所にある、と地図に印をつけてもらった。食後にバーに行くつもりで、川京では、お酒は焼酎一杯とビールをコップ一杯に控えていた。教えてもらった通りを見ても、「山小屋」という看板は見あたらない。辻を間違えたのかもしれないと、幾つかの通りを見て歩いたけれど、わからない。戻って、通りで客引きをしている若い男の人に聞くと、店の中で聞いてください、と。女性の写真が、でかでか貼ってある店は、実は男客相手の、女性斡旋のいかがわしい店だった。
 教えてくれた通りに行き、教えられたビルの看板にも「山小屋」はない。そこを通る学生風の男の人に聞くと、ホテルで教えてもらった通りだった。その通りに入って行くと、「山小屋」という文字が。わずかな通りだけれど、入って来ないとわからない店だった。
  


 カウンターには両側にカップルと3人の男性のグループが座っていた。店主は、よく話す人で、こちらが話さなくても、話にはことかかない。それでも、先代のお父さんよりもずっと無口なのだそう。
しばらくいる間に、随分教えてもらった。食事をしてきた「川京」さんの店主は、2,3時間の間に、5,6回はスピーチを聞かされること、「山小屋」に客がなく経営が大変だったころ、「川京」の客を「山小屋」に連れてきてくれたこと、旅チャンネルの太田さんという、グルメとお酒のライターは、とても陽気で優しい人で、バーで3杯飲んでははしごして回るのだということ、優しい、陽気な人で、店主は神様のように慕っている人だということ、神戸にある「サボイ」の他に、4,5軒の有名な老舗バーの名前をあげ、大阪の吉田バーの先代の思いで話しになり、年に2度、大阪に出てバーを回り、美味しい物を食べるのが楽しみなのだということ、まもなく大阪に行くのが楽しみだということ、バーでは、バーテンダーはカクテルを頼まない、頼めない、等々。


 

 松江は、お刺身や魚は新鮮なものを安く提供出来るけれど、金沢のように、京風懐石からアレンジした質の高い料理が出来ないが最近では、店が工夫をこらし、グレードを上げることに一生懸命になっている。大阪の吉兆で修行をした料理屋を初め、3,4軒の店を紹介してもらったけれど、それは今度の機会に。
 若いのに、店主は、松江の生き字引のように、よく知っている。お酒の種類集めも凝っていて、店の奥に200本くらい、置けないお酒が並んでいるのだそう。
 私が注文した「モヒート」も、本来はこういう作り方なのだと、ソーダではなく、さっぱりした水割りだった。カクテルは、何度か賞を取っている。カウンターの木は、年代物で、創業以来ずっと使われている。
 親子二代、松江をこよなく愛し、人の来ない時も守り続けて来た「山小屋」というバーは、この町の台所番のような存在でもある。

  

 「時代屋の女房」で知られている、松村友実の好みの店というのにも行ってみたいものだ。まだ、まだ、魅力的な店が多そうだけが、関西からの足が悪い。
「飛行機ですか?」と聞かれる。一番便利なのは、飛行機だろう。米子空港がちかくにある。  

Posted by アッチャン at 13:47Comments(0)旅のグルメ

2008年09月02日

松江の郷土料理「川京」

  


 中海に沿って、出雲あたりで宿泊する予定だった。松江に入ると、飲み屋が両側に見えた。堀川廻りの船が見え、川辺の柳が城下町の情緒をかもしだしている。
 今夜は、この辺りに宿泊して、夜を楽しむのも良い。

  


 松江城は、随分昔、高校の卒業記念に、クラスの仲間と山陽から山陰を回って旅行した時に、初めて訪れた。この城は、日本一なのだはないか、とどこも見ていないのに、感激した城だった。その後、父母と訪れた。以前よりもずっと綺麗になって、昔の風情は衰えているようで、庭の緑も美しく整然としてした。城の堀の川岸に、船乗り場が出来ている。松江は、すっかり観光都市になっていた。赤い観光バスが行き交い、宍道湖の回りに、ホテルも沢山建ち並ぶようになった。
 インターネットで今夜のホテルを探す。温泉をホテルに部屋に引いているホテルが一軒あり、随分安かったので、そこに決めた。部屋はものすごく狭いけれど、朝食に簡単なお弁当が無料でつき、コーヒーのサービスもある。繁華街のど真ん中になるので、レストランも、ラウンジもすぐ近くに点在している。

  

 ホテルには、お食事所の宣伝をかねた案内のスクラップがあり、地図をロビーで渡してくれた。受付の人に、どこが良いかと聞くと、何軒かをあげ、宍道湖の郷土料理は七珍料理で「川京」は全国から食しにやってくる店で、カウンターだけなので、予約しておかないと入れないと言われた。
 温泉を小さなバスタブに蓄え、自然に冷めるのを待つ。電話で7時半に予約を入れた。お昼は簡単だったので、お腹が空いている。予約よりも早く店に入ったら、カウンターはまだ幾つか席が空いていた。どこでも良いと言われて、カウンターのケースの前に座った。 この店は、親子3人でやっている。娘さんと奥さんは、二人とも色っぽい美人で着物がぴったりの日本的、おやじさんの講釈が有名とか。

 鰻の骨と海老の揚げ物 うなぎのタタキ

 娘さんが、「今日は4珍、出来ます。」と説明してくれた。うなぎ、すずき、じじみ、川海老の4珍だ。この店のお勧めは、うなぎのたたき、すずきの奉書焼き、おたすけじじみ、川海老のフライ、それらを注文した。
 隣に座っている男性は、大きな声でしゃべる人で、常連さんのようだった。カップルで絶え間なくしゃべり、他の人達にも話かける賑やかな人だった。

 

 料理がだれかに運ばれると、おやじさんが拡声器で、話出す。料理の由来などをユーモア交えて、とうとうと話す。うなぎのたたきは、40年前にこのおやじさんが考案したもので、テレビのドラマにもなったとか。おやじさんがモデルなのだそう。生ではなく、タタキで、葱とニンニク味の柔らかい、和製ピザか、もんじゃ焼きのような感じ。
 しじみは、甘辛のあんかけに葱がたっぷり乗っていて、一人前が随分ボリウムがある。 スズキの奉書焼きが、来ると、おやじさんは「奉書焼きがただ今、そこのお客さんに。そもそも、、、、」と奉書焼きの由来を説明する。隣の男性が、おととい来て、食べたよ。へー、へー、それから。」など話に合わせてしゃべり出す。
 
 鱸の奉書焼き雑炊


冷凍物は一切使わず、15年前と同料金だという奉書焼きは、すずき丸ごと一匹が、紙にくるんで焼いている。松平のお殿様が、庶民が食べている魚を見て、あれが食べたいと所望したので、殿様用に、紙にくるんで焼き献上したのが始まりだという。
 さすが、全国から求めてやってくるだけあって、値段は安く、味は絶品、自慢するに値する店だ。お酒も、城下町にふさわしく、日本酒、焼酎が揃っている。
おたすけしじみ、というのは、残った汁を使って、好みのものをつくってくれるというもの。おじやにしてもらい、少しだけにと念を押さなければ良かったと思うくらい美味しかった。うなぎの雑炊も名物とか。きっと更に美味しいに違いない。
 焼酎では、めずらしいものがある。海藻、ひまわり、など。人気は海藻というので、飲んでみた。飲めない人には、しそジュースや梅など、自家製のものがある。

 長なす突き出しの枝豆は鰹がまぶしてあり、ワカメと。


 カウンターは予約で埋まっていて、外に「貸席中」という看板がかかっていた。
 「旅チャンネル」で取材しながら全国の店を紹介している太田さんという人が、3回来て、3回断られたという。

 
   

Posted by アッチャン at 13:49Comments(0)旅のグルメ

2008年09月02日

境港「魚山亭」

 
 
 翌日、まだ雨が降っている。大山を通って、日本海に抜ける予定だったが、そのまま地道を走って、 境港を目的地にする。途中、100円で地の野菜を売っていた。人参ばかりで、ピーマンが一袋しかなかった。のんびりした田舎の風景が広がる中に、鮮やかに花が咲いている。途中に花回廊があるというので、この道を選んだが、道なりに花回廊があるのではなく、そういうテーマパークだった。日本海に来て、花のパークを見に行く時間は勿体ない。道路は市街に入り、その先は海岸通りに入って行く。途中、いくつかの通りに、「仲買市場、食事所あり」などという看板が目に入る。行く過ぎるままに、とにかく境港まで行って見ることにした 。目的は、昼食に新鮮な魚を食べること、境港はがらんとして食堂などなさそうな雰囲気だったが、一軒だけあった。前の広い駐車場に車が何台か止まっている。最初は、この近辺で働く人の為の食堂かと思ったが、わざわざ食べに来ている人達のようだ。

   

 派手な品書きが店の表に貼っている。漁師鍋を食べさせてもらえるような、素朴な店を探していたが、そういう店はなさそうなので、ここで落ちつくことに決めた。
 中は一階は満席状態で、二階に案内された。二階も空いている席はわずかだった。メニューはどれも安い。注文した上刺身セット(1280円)が来るまで、運ばれていく料理に目がいく。

 注文した上刺身セット 色紙

海鮮ちらし(980円)が美味しそうと思ったら、店のお勧め。 次に海鮮寿司に大きな椀からはみ出した蟹汁がついたものは、スペシャルセットで、これもお勧め。注文した、上刺身というのは、7種類の魚の刺身、と言う意味で、この店のお勧め「満腹刺身セット」にすれば良かった、と残念な気持ち。メニューの裏側に、お寿司(4貫500円)もあり、刺身は好みで、一種類一皿300円、他に揚げ物や蟹汁など、一品の数々が書いてある。一品で注文すればよかったと、これも後悔。なかなか来られる場所ではない。境港は、松葉ガニが本場、蟹が一番の売りのようだ。食事を終えて、階下に降りると、階段やトイレの脇に、所狭しと写真や色紙が貼ってある。有名人が沢山この店を訪れている。テレビに何度も紹介された店でもあった。観光客が、この店を目当てにやって来る。地元の人が安いからやってくる。トラックも停まっている。働く人達の食堂でもある、気さくで庶民的な店だった。

  


 港には、釣り船が沢山停泊している。のんびりして、眺めも良い。たった一軒の食堂だから、なおさら風情がある。  

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2008年09月01日

湯原温泉「米屋」

  

 鳥取の海辺を車で、という計画ででかけた。東郷温泉にある国民宿舎まで行くつもりだったが、米子自動車道に入って、インターネットで宿を検索すると、米屋という旅館が、30パーセント割引出でいる。二食付きで9800円、ここに決まった。
 湯原温泉には、父が生きていた頃、広島へお墓参りをかねて宿泊したのが初めで、2回訪れている。
 父達は弟が借りた大型の車で、先に行き、私は息子と車であとから、湯原の宿で合流した。ホテルは吊り橋を渡った場所にあり、車が揺れるのが怖かった。ホテルの部屋から、砂場で入浴している人達が見えた。温泉好きの父もその中に入って入浴していた。

 

 二度目に訪れたのは、友人のご主人の教え子が経営しているという、小さなホテルで、お風呂は屋上に桶のようなものだったように記憶している。ペンション風のそういう小さなホテルも増え、父と行った頃よりもずっと観光化していた。
今回の宿は、温泉場から離れた高台にあった。お湯は美人の湯と言われる、つるつる、ぬるぬるした柔らかいアルカリ泉で、湯原はお湯量が豊富なので、全て源泉かけ流し。

   自慢のそばと自家製アイス

 お料理は、田舎風で素朴だけれど、お米は自家米、自家製のアイスクリーム、など工夫がみられる。肉のしゃぶしゃぶがついている。
横にいた若い男の子達4人組は、2きれのお肉を幾つにも分けて、お皿の回りに並べ、ご飯をお代わりして少しずつ食べていた。

 足湯場


 食後、砂場まで散歩に行く。ホテルから12分くらいの距離にある。温泉のメイン通りに入ると、この前泊まった、ホテルの前に足湯が出来ていた。足を浸けようと思うと、若いカップルが「とても熱くて足を入れていられません。」と。
 湯原の源泉温度は50度、そのままの温度に近い。熱いけれど、足だけだとなんとか耐えられ、気持ちが良い。二人は、びっくりしたようだった。面の皮が厚くなると、足の皮も?いえ、そうではなく、感覚がにぶるのだ。
 カップルは向かいのホテルに入って行った。ペンション風の、私の泊まったホテルへ。食事が自慢で、ボリウムがたっぷりすぎるほどあったように思う。
 砂場が見えたホテルは、随分立派になって、湯原一の高級ホテルになっていた。あとで、松江のバーで聞いた所によると、料理の鉄人に出た板前さんがいるという。父を囲んで弟と妹の家族全員11人で泊まった時には、お料理の味よりも、カラオケで、子供達がはしゃいでいた印象の方が強い。あの頃の料理は、品数が多すぎるほど出て来た。


 蒜山SPで、年間10万個売れるという、ナンバーワン人気のソフトクリーム。味は濃厚で美味しい。

  
   

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