2008年10月27日

アキレスと亀

  
 

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 カンヌ映画祭の常連になっている北野武が今年出品した「アキレスと亀」という映画が、梅田のテアトルで上映されていた。母を夙川の弟宅まで迎えに行き、歯医者さんの定期検診が終わってから、帰りは電車で母を送って、そのまま映画館に行くつもりだった。母を夙川まで送れば、映画の時間に間に合わない。一緒に行く?と誘って、映画館に。途中母は気になる様子で何度も「遅くなるからとお嫁さんに言っておかなければ」、と言う。「言ったから」というと、「あ、そう」と返事が帰るが、しばらくすると同じ心配をする。映画を見ていても、良く理解出来なくなっている。今見ている事を次々に記憶から忘れていくからだ。だから、ストーリーが繋がらない。それでも、おかしい場面が所どころに入っているので、母は結構おもしろがって笑っていた。場内からも、時々笑いが起こっていた。
 北野タケシは、「人間の馬鹿さかげんに笑いを盛り込みながら、それでも死ぬまで、そんなことやって生きていく人間」に、愛情を注いで映画を作っている。今回は、生涯絵を描くことに命をかけて来た「絵描き馬鹿」を透して、フロイド的深層心理を使って、人間が受けた傷や哀しみが、芸術の中で昇華されていく様を描いている。金権社会を批判しつつ、そういうことに無縁で、純粋に存在するもの、夢を追うことにしか存在しない真実を、亀に喩え、絵描きの夢に付き合って来た、けなげな妻が、一度は見離し、おいつくことを諦めるが、最後には、「夢」に追いつく、というお話。「芸術家っていうやつは、周りの事がなんにも見えない。この馬鹿野郎。コンチクショー、てめってやつは。絵描き馬鹿。」なんて自分を叩き台にして、恥ずかしながら、シニカルな笑いをも引き出している。


ノスタルジーを誘う、時代考証、登場人物のそれらしい時代の顔つき、造りものらしい
セッティングのような背景と自然との対照的な撮り方、映像の美に、独特のこだわりを持っているのは、タケシの映像馬鹿なる由縁。滑稽で、簡単で、あっけない人間の死に、笑いを造りだし、鮮やかな色を使って、一つのアート絵画を見るように映し出している。 ただ、北野タケシは、今回の映画造りで、少しやりすぎた感があり、おもしろがりすぎた感がある。彼はそれで満足していても、見る側には、「やるすぎ、過ぎたるはおよばざるがごとし」なのである。おそらくカンヌの観客も同じ事を感じたのではないだろうか。今度はどんな映画をひっさげて、登場するのだろうか、という期待に、肩が少しはりすぎたのではないかしら。 
 おだてられて、図に乗っている北野タケシの「アキレスと亀」でありました。
 
   

Posted by アッチャン at 09:14Comments(0)映画

2008年10月21日

佐伯祐三展、大坂市立美術館

 

 

日曜日の朝、最終日に「佐伯祐三」展を観に出かけた。祝日があけた火曜日に、六甲からJRに乗って、天王寺まで来ると、閉館していた。月曜日が祝日なので、火曜日が休みになっていた。六甲の県立美術館では、特別に開いていたのか、「シャガール展」を観てからだったので、休館だとはわからなかった。もう来る時間がないからと友人からチケットを2枚もらっていた。最終日は混むだろうからと思っていたのに、結局最終日に。良く晴れた秋日和、2時にまでしか時間がないという友人に合わせて、朝早く出たので、美術館は、まだそれほどの人ではなかった。いつだったか、最終日に来て、入られなかった事があった。その時は母と一緒で、待つのが嫌いな母なので、入るのを断念した。どこでも行く機会がなくて、最後まで前売りのチケットや、いただいたチケットを持っていたり、最終日になって、急にどうしても観たくなったりするものだ。展覧会は、初めと終わり、祝祭日を除けば、それほど混むことはないので、ゆっくり観ることが出来る。
シャガール展は、最終日の前日だったけれど、通常は休刊日に当たるので、空いていた。 天井からかけられた大きなタピストリーが、油絵よりも色がはっきりと浮き出て、力強く、大胆で大らか、しばらく座って感嘆しながら観賞させてもらった。

 

 佐伯祐三の作品は、殆どが大阪市立美術館の所蔵作品だ。初期のものから、最後の作品まで、随分沢山の作品が展示されている。里見勝三の紹介で、ブラマンクに絵画を見てもらい、「アカデミック」だと1時間も罵倒されたという。里見勝三の作品は、自分自身の世界がすでに出来ていて、安定して観られるのに、佐伯 祐三の作品は、どれも一貫性がなく、観ていると、佐伯祐三のイライラが伝わって来るようだ。
 日本に帰国して、二度目のパリに到着した直後に描いた作品「ルクサンブルグ公園」は、佐伯の感激と心躍る様子が絵画に現れていて、目頭が熱くなり泣けてしまった。
 2度目のパリで、佐伯は「広告」に力を注ぐ。広告の字を絵画として捉えて、自身の世界を構築しようとしているが、佐伯の作品を見ていると、常に誰かに影響を受けやすく、いらだち、自分を信じることが出来ない、とまどいの中で絵画を描いては、満足することなく、絵画の世界の中にも、精神のユートピアを見いだせず、安定することろをえなかった画家のように思われる。

 


  最後に、佐伯を敬愛し、パリの町を描き続けた、萩須高徳の作品が2枚展示されている。昔、私が若すぎた頃、佐伯祐三の絵画が好きだったので、萩須高徳の展覧会が、阪急デパートなどで開催されているのを観ると、佐伯の二番煎じのように思われ、色の明るさ、力強さがあまり好きではなかった。所が、今回、佐伯の作品を見てから、萩須高徳の作品に目を移すと、全く違っていた。絵画を描くことの喜び、力強さ、安定感と画家の信念や喜びが伝わってくる。確立された絵画の世界が、そこにはあった。

 展覧会場を出て、常設展示場に入ると、おもわず「ほっとするわ。」という言葉が出てきた。  

Posted by アッチャン at 16:26Comments(0)art

2008年10月20日

黒部の太陽、梅田芸術劇場にて

  




 梅田芸術劇場で、「黒部の太陽」が上演中。前から2列目なので、ビニールのシートが配られた。黒四ダムの工事中に鉄砲水があふれ出すシーンがあり、水がかかるかららしい。 客席に人達は皆、シートを前にかけて見ている。
芝居の幕があくと、石原裕次郎役の中村獅童が、突然すぐ目の前に現れ、客席に一番近い位置に立っている。母は、「わーハンサム」と感嘆の声をあげた。三船敏郎役には、石原プロの神田正輝が演じている。五社協定を破って、独立プロで制作した映画「黒部の太陽」を作る側の二人と、映画の撮影中、演技者として演じる二人の二役で舞台は展開されていく。なかなか良く出来た演出だった。中でも、お父さんをつい先日亡くした、中村獅童は、迫真の演技で、劇中、許せなかった父親と一緒に黒部ダムの建設に携わることで、父親への憎しみが溶けて行った息子が、発破をかけて命を落とす父親にすがりつく場面は、涙ながらの素晴らしい演技で、観客を泣かせていた。中村獅童は、その場面で「おやじー」と振り絞って叫ぶ時、自分の父親が思い浮かぶと言う。父親の体当たりの発破で命を落とすのは、どうしても最後の岩盤が崩れて抜けないという場面で、働く人達は弔いだと再び発破を試みる。するとついに、岩盤に穴があき、黒部の太陽が客席に入って来るシーンは、目もくらむほど明るくなり、感動的な演出が施されている。

 沢山のお花


 鉄砲水が流れ出し、働く人人が押し流される場面は、最初の一幕の最後に演出されている。それがもの凄い水の量で、トンネルの奥から、間から、延々と水が舞台に溢れ、飛び、臨場感満点の舞台だった。すごい。こんな舞台は初めてだ。よくここまでと思う。ビニールシートを頭までかぶり、目だけ出して見ていると、しぶきがかかってくる。最近は、舞台で水を使うシーンでは本ものの水を使うことが多いが、この舞台はどうしてこれほどの水を、流すことが出来るのだろうかと、ただ驚くばかり。一幕も二幕も、観客に興奮の余韻を残して終わっている。私達の席は、前だったので、臨場感に溢れていたのが、ラッキーだった。是非、機会と席があれば、出来るだけ前の方で。お勧めの舞台。


   

Posted by アッチャン at 21:19Comments(0)演劇

2008年10月16日

「おくりびと」

 不思議の森


 この所、忙しい日が続いたのに、ブログは全く手つかずだった。時差ぼけの方はやっと正常に戻ったかな。
 元ドイツ在住で、今は本格的にイスランカに腰を据え始めた友人が、二年ぶりに京都で個展をした。8人集まった人達のうち、6人が喫煙者だった。家に帰るまではわからなかったけれど、下着までたばこの匂いが染みこんでいた。禁煙する人が増えているのに、彼女を取り巻く人達は、皆たばこが離せないようだ。ニューヨーク在住30年の女性、スリランカで画廊と商売を営みながら、日本でも本業に勤しんでいる女性、ドイツに本拠地を持ちながらも、バングラディシュ、インド、アフリカなど世界中を渡り歩いて来た女性、彼女達は、皆腹をくくっている。健康を気にしてタバコをやめるような事を考えたりしないようだ。楽観的で、おおざっぱで、懐が大きいとも言えるかもしれない。

 


 昨日、友人と別れてから時間があったので、久しぶりに映画を観た。「おくりびと」という日本映画で、モントリオール映画祭のコンペティション部門でグランプリを取った作品だった。
 観て、泣いて、しみじみと心を打つ映画だった。人それぞれに、様々な人生があるけれど、死は、全ての人間に訪れる。その人を美しく輝かせ、この世の最後の別れをする死者を清め、死に装束を着せ、化粧を施す、納棺士という作業を通じて、人間の尊厳性が見事に表現されている。
 水辺を飛び立つ白鳥も、人生のしがらみや苦しみの中で、賢明に生き、死を迎える人間も、皆全て愛しく美しくも、哀しい存在だ。人間の死を自分とは関係のないように無関心に生き、納棺という仕事に汚らわしさを感じる人々は、自身の家族の死に直面し、厳粛に、心をこめて、死者の納棺までの作業を見つめるうちに、感謝とともに、自分自身の死を思いやるようになる。死者を弔う仕事をし、腐敗した身体に嗚咽するのに、クリスマスにブロイラーをむさぼるように食べられる。「困ったことに美味しいのだ。」と。
 




 私達人間もそういう事と同じだ。愛する人を失い、哀しみにくれているばかりではない。死者を食って、残された人間は生きている。遺産を残してもらう。生きている間は、けちだと罵倒していた人が、亡くなると急に神様のように言われたりする。死者は美しい。思いでの中で、死者は生きている。思い出は、生きている人の中で、膨らみ、より美化される。
 けれど、死んでいく人達は?美しく輝かせるのは、納棺士の仕事、人間が生涯かけてやる価値のある仕事をする「おくりびと」がいる。

 

 この映画は、納棺という作業を側面から捉え、死者をおくる「おくりびと」としての私達、全ての人間にスポットをあてている。だからこそ、モントリオールの審査員の心を深く動かしたにちがいない。

   

Posted by アッチャン at 02:52Comments(0)映画

2008年10月04日

 不景気とは関係なく、楽しく。

 

グランドセントラル駅の構内で、パーフォーマンスを披露する親子がいた。お父さんと、お兄さん達に混じって、小さな男の子も見事な踊りを披露している。人だかりで見ることも出来ないくらいだったが、割り込むように中に入って見せてもらった。


終わって、行きかけた時、再び始まる様子。夜は、どこかの劇場で踊っているけど、ここでは誰でも見られるんだよ、との触れ込み。
  

見事な踊りに魅せられて、シャッターを押してみた。激しい動きなので、瞬間を追って、旨く撮れた方ではないかしら。


  

 レキシントン通りでは、小雨の降る中を、ホリデーの市が立ち並ぶ。同じ商品を扱う店が多いけれどどの店でも値段の協定が出来ているのか、どの店でも同じ値段で、料金の値引きはしない。

 

 ニューヨークと限らず、アメリカ人は、楽しむことが大好き、パーティー用品の店には、結婚式用品や、クリスマス、ハローイン用のグッズが所狭しに、ひしめきあうように並んでいる。変装用のグッズが面白い。

   

 ニューヨークの人々を見ていると、鬱はいるのかな?という疑問を持つ。楽観的で、肩の凝らない生き方をしている人達、生きやすい町、働きやすい町の人達

   

Posted by アッチャン at 01:57Comments(0)ニューヨークにて

2008年10月02日

清原選手、ありがとう



悲しさと悔しさの涙から始まった、プロ野球人生は、喜びと感謝の止めどない涙で幕を閉じた。清原を囲む全ての人が、感動の涙を流した。
 今も、私の中で、「とんぼ」の歌声が聞こえている。誰もが、清原の美しいホームランが奇跡的に見られはしないかと期待しただろう。あわや、と思われた第三打席での球は、わずかに及ばず、長打の2点打だった。ホームランに匹敵する、いえ、それ以上に素晴らしいヒットだった。2塁まで走った清原のひざがぎしぎし音を立てて悲鳴を上げている声が聞こえた。
 最後の打席に入った清原は、バターを思いっきり、豪快に振った。足がよろけ前のめりになる。最後の最後、三振で終わった清原の願いは、やりきった爽やかな満足感と満面の笑顔があった。
 セレモニーの間中、清原は泣いていた。2筋刻まれた眉間の皺に、不屈の精神で自分と闘い、苦難と向かい合い、希望を捨てなかった男の勲章が刻まれていた。



 西部に入った頃の清原と、引退に望む清原の顔は、まるで別人のように変化している。清原が歩んで生きた人生が、どれほど大変なものであったか、どれほど人間として大きく成長してきたのか、その顔が、暖かく大きな背中が物語っている。
 桑田は、グラウンド裏の一般席で、清原の最後の試合を見ていた。野球フアンの一人として、甲子園のグランド裏で見守る仲間として、清原を見ていたかった。
「世界一のバッターです。清原には一言しか言う言葉はありません。ありがとう、と」
 清原ほど、真っ直ぐな野球選手はいない。真っ直ぐな人だから、直球しか投げられなかった、と対戦したピッチャーは言う。そして彼らは大きく成長して行った。野茂、伊良部、松坂。清原と関わりを持った人達は、生き方を学んで来た、という。
 王監督から花束をもらい「今度生まれ変わったら、必ず一緒のチームでホームランを競おう。」と言われた。病魔と闘い、死を乗り越えて頑張っている王監督だからこそ、清原の痛みがよく理解出来るし、王監督が真っ直ぐな人だから、清原の人格が理解出来るのだと思う。野球人として壮絶に戦ってきた凄い人だから、清原の実力を知っているのだと思う。
 人間が大きく成長出来るのは、過ちや失敗、不運や苦しみを体験してきたから。
清原は、「これからも野球に関わって行くと思う。選手達が他の人々が、苦しんでいる時、その痛みを理解出来る人間でありたい。」と語っている。

 

 人間としても、野球人生からの経験からしても、清原は、素晴らしい指導者になれると信じている。「野球界の宝」だから、その豊かな智恵と勇気を、野球にかける後進の人達に分け与えてくれるだろう。
 感謝、感謝で終わった清原の言葉は、私達の清原への感謝の木霊、ありがとうとありがとうの木霊。劇場空間とは、心と心の共感の場だが、まさに、10月1日の京セラドームは、心が響き合い、共感しあって、喜びと感謝で感極まった空間だった。  

Posted by アッチャン at 21:42Comments(0)日々の事