2009年01月04日

映画「ぼくのおばあちゃん」

 
 


 待ち合わせまでの時間つぶしに観た映画で、ぼろぼろに泣いた。隣の女性も、ぐしゅぐしゅ泣いていた。先日、一押し映画だとい「地球が静止する日」は、大晦日の買い物も後回しにして、わざわざ出かけたのに、居眠りしていた。人間が地球をだめにしたから、人間から地球を救う為に宇宙からやってきて、人間を絶滅するつもりだったが、人間もまだまんざらでもない、自助努力の余地ありということがわかって、地球を去って行く、という話だった。ノアの箱船の科学番。
 一方、「ぼくのおばあちゃん」は、おばあちゃんと孫の愛情溢れる関係を描いている。主人公は、住宅会社に勤務するセールスマン、家庭サービスに時間を割く余裕がなく、お客さんの対応に翻弄されてる。マイホームを注文している夫婦は、同居のおじいさんを老人ホームに入れたがっている奥さんと、それは出来ないという夫、同居住宅か、核家族の為のものにするのか、もめて決まらない。おじいちゃん子の孫は、家を建てることに反感さえ持っている。おじいさんは、自分は老人ホームに行くつもりだからとセールスマンに告げる。
 彼は幼い頃からのおばあちゃんとの思い出を振り返りながら、老人問題でもめている家族を通して、「家族の生活の大切さ」忘れかけてきた、大切なものを見いだすようになる。

 中学生だった頃、彼は、おばあさんが病でなくなるまで、献身的に世話をし、おばあちゃんの為に出来る限りを尽くして、おばあさんを送り出す。

あんな風に、おばあさんと孫との密な関係というのは、実際にはあるのだろうか、と思うと、ふと「がばいばあちゃん」を思い出した。佐賀のがばいばあちゃん。子供の頃、働くお母さんを離れて、おばあさんの家に預けられる作者が、貧しいおばあちゃんと暮らし、学校では習えない、貴重な教育を受ける。作者は佐賀に帰り、おばあちゃんが炊いていたように釜で飯を炊いている。
 
 「ぼくのおばあちゃん」は、ほのぼのと心を熱くしてくれるけれど、こんな関係はないだろうとも思う。ないからこそ、心を揺する。

おばあちゃんに菅井きん、僕に岡本健一 僕を可愛がってくれる、八百屋の奥さんに、深浦加奈子のいつもながらの旨い演技が光っている。彼女の元気な姿がスクリーンで見ることが出来たのも感慨深い。去年の暮れ、別れの著名人の中に彼女の名があった。  

Posted by アッチャン at 19:49Comments(0)映画

2009年01月04日

大願成就の大石神社






 赤穂の神社と言えば、大石神社、大石内蔵助の長屋門を通って、城内に入ると、その神社がある。参道には、仇討ちに加わった家来の象が立っている。
 なんだか、おだやかならぬ気配、仇討ちで本懐を遂げた「大願成就」の神社なのだが、
大きなえびすさんの木彫が両脇で迎えてくれるので、ホットする。商売繁盛の神様が、おだやかな顔つきで微笑んでいらっしゃる。



大願成就と言われても、それほどの大願はないのだけれど、思いついたのは、息子の大願?彼はまだこれから夢に向かって爆走中である。その為に、年の暮れ、引っ越しをしたばかり。売れる物は大分売ったようで、その上大盤振る舞いに、キングサイズのベッドは、次に借りる人に置いてきた。
あれだけ熱心だったDJに入れあげた道具も幾つか売ったとか、大願が出来て、未練はなくなったのだろうか。




 男なら、誰でも一度は夢を見る、大空を駆け抜ける世界、人間は昔昔、鳥だったというから、飛びたいという欲望は持っているらしい。
 どうなることやら、わからんけど、とにかくやりたいことがあれば、それに向かって突き進むしかない。こけたら、またその時にはい上がれば良い。
「お母さん、今度来るまでに一人で乗れるようになっておくから期待して。」と言うてくれはるけど、とても横に乗せて頂く気にはなれなせんで。自動車を運転してても脂汗がでるのに、小型飛行機などもってのほか。飛ぶまでに失神しそう。
 息子の為の大願成就と無事息災を、帰りに、家内繁盛、商売繁盛をお願いして、厚かましい限りです。お賽銭は少なく、祈願は大きく、都合の良いこと。




 大石神社は、それほど混んでなくて、駅までの道も、のどかでのんびり、広々した感じで、赤穂は、豊かで住みやすそう。電車の中から見ていると、西明石を過ぎると、急に広々した空間が目につき、田畑や遊休地も。
 赤穂は、日本で一番水道料金が安かったらしいが、今は2番目になったという。

赤穂や岡山は、肥沃な土地で魚も豊富、温暖な気候で豊富な水、住みやすそう。  

Posted by アッチャン at 15:06Comments(0)日々の事