2009年01月28日
南淡の淡路ロイヤルホテル
新しいコンピューターに変えてから、まだ使いこなせないでいる。うまく行かないと、かたがつくまで他の事に気が向かないという、やっかいな性格である。寝付いてもなかなか寝付けない日が続いている。ブログを新しいコンピューターでは出来ないので、今夜は眠れないままに、久しぶりにブログを更新することに。
先日、淡路島の南端にある、大和ロイヤルホテルに宿泊した。雪が舞う寒い日だったので、北は避け、当日予約の宿を調べると、丁度格好のホテルが見つかった。
大和ロイヤルホテルは、宮津や長浜など、何度か利用している。いつだったから、SARSで、ホテルが閉鎖されていたことがあった。宮津のロイヤルホテルに予約していて、行くと、ホテルはその為に休館で、変わりのホテルを提供してくれたが、近場は警戒して、泊まらなかったことがあった。
淡路島の高速道路は、土曜と日曜日は半額になっている。それでも車は少なかった。知らない人も多いのかもしれない。淡路島は、橋が出来て、近場になった。有馬と淡路島を結んで、アジアからの観光客ルートになっている。観光バスで1時間はかからない。まさに、雄大な海と、静かな山間とのモンテ、メールを楽しめる。しかもどちらも露天風呂のある温泉付きなのだ。
当日限りの格安なので、期待はしていなかったのに、海の見える広々とした部屋だった。食事も、バイキングぐらいだろうと思っていたら、和,洋、中華の好きなコースが選べる。 不景気風のメリットなのだろうか。高速は半額、ホテルは2食付きで、10500円だった。露天風呂付きの温泉に浸かって、和食のコースをいただく。上品で控えめな味付けで、新鮮な魚はいうまでもなく、上質のものを使っている上に、刺身は結構盛りだくさんあった。味噌仕立てにしたおうどんのすき焼きにロースの肉をしゃぶしゃぶ風にしていただく。淡路島の肉と、淡路の鯛、阪神間から、ちょっと足を伸ばせば、これほどのどかで、雄大な景色と、グルメがある。
淡路島は、関西人に取って、一押しのリゾート地、春夏秋冬、様々な顔を持っている。島田紳助が、ここに老後のパラダイスを描いているのもうなずけるような気がする。
チェックアウトをすませて、海を眺め、しばし名残を。ゆっくりしたけれど、また今度の機会に。
2009年01月15日
BAR「MR.TANAKA」
地下鉄の御堂筋線、10番出口から出て、地図を頼りに、阿倍野筋商店街に入って行くと、目についた、バーの看板があった。1965年からというから、阿倍野筋の老舗のようだ。「明治屋」の帰りに入ってみよう。
明治屋とは、通りを隔て、すぐ近くにある。地下にある、そのバーは、入ってみると、カウンターの後ろが広々としているので、ゆったりしている。カウンターの前に、ずらりとウイスキーが並んでいる。田中さんらしき人はいない。若いハンサムなバーテンさんと若い女性がカウンターの中で、応対していた。この店は、メニューにきちっと値段が書かれていて、どれも随分リーゾナブルな値段がついている。
ジントニックナッツ
私は、この店のこだわりだという、ジントニックを注文した。ウィスキーの話から、イギリス旅行の話に発展、お酒が入っていたので、随分しゃべってしまった。というのも、この店の、あとで名刺をもらってわかったのだが、店長さんが、とても感じの良い人だったからだ。先日、京都で入ったサンボアの京都店で、私があまり良い印象を書かなかったので、ブログを見ている友人から、「酔って顰蹙買ったんじゃないの?」なんて言われてしまった。全くのしらふで、1杯だけのんで出てきた店、支払いは5千円だった。余程高いウィスキーだったのだろう。
所が、このバーでは、全く違っている。ナッツを頼むと、私の好きな干しいちじくもついて、沢山ある。メニューに、アルコールのベース別に様々なカクテルの名前があり、私の好きな「モヒート」も。こういう風にわかりやすく、値段もはっきり書いている店は始めて。ビールの選択にも、心配りが。雰囲気も良い。阿倍野は遠いという感があるが、地下鉄に乗れば、梅田から15分くらいで着く。難波と大して変わらない。この界隈に、魚の旨い店があると聞いた。もう一軒、どちらにしようかと迷った店がある「和源」という店。
モヒート
JRでもう少し、南に行くと「スタンド旭」を始め、魅力的な飲み屋が軒を連ねている。地道に、美味しいものを、手軽な料金で、一筋に、常連さん達が通う温かさを感じる町。その中にあって、このバーも、そぅいう良さを全て持っているようだ。
大阪市阿倍野区阿倍野筋1-3-15
アベノ共同ビルB1
06-6624-2348
2009年01月15日
おでんと居酒屋「明治屋」
阿倍野というのは天王寺と同じ駅であることを知らない人も多いだろう。以前に、阿倍野にある近鉄デパートの美術館で、待ち合わせをするのに、一瞬迷ったくらい。
天王寺美術館くらいしか、目的を持って出かけることのない場所で、全く未知に等しい、阿倍野橋商店街は、実は大阪らしい町だった。更に南に行けば、堺が控えていて、帝塚山などの奥座敷の入り口に当たるのだろうか。北のように、雑多で無国籍ではなく、南とまた違う大阪らしさ、静かで、庶民的な雰囲気を残している。忘れられていた大阪、という感じがする。 その中に、「明治屋」という昔は酒屋さんだった、居酒屋がある。去年の暮れに、旅チャンネルで、全国の居酒屋を訪ねて、その中からこれぞという店を紹介ている人がいる。 名前は聞いていたが、始めて画面で見る太田さんは、物静かな紳士だった。ここはお酒の種類が多く、今は女将さんと娘さんで切り盛りして、先代の味を守っているとか。
6時半に、「明治屋」を探して入って見ると、カウンターは満席、一つ空いたテーブル席の、「奥に詰めてください。」と言われた。品書きは結構沢山ある。お酒の種類は、随分多い。全国津々浦々の酒が飲めるようだ。しかも、値段が、酒屋の立ち飲みでひっかけるくらいに安い。熱燗を頼むと、ひのきの香りが漂って、なんとも言えない。透明なとっくりで、料理の盛りつけは、無造作でなんのてらいもない。頼むとどれでもすぐに出てくる。
よこわの刺身
隣にカップルがやってきた。合い席はこの店では当たり前。彼らは、幾つかの料理とビールを2本ほど飲んで、これからまた、別の場所に移動する様子。支払いは二人で2900円だった。
なまこ梅肉といわしの揚げ物 牡蠣フライ
この店は、すでに出来ているもので、きずし、お造り、なまこなどの酢の物などと、この店の看板でもあるおでんが、お勧め。どれも日本酒にぴったりあう。おでんは、3品で350円、種類は8種類ほどだけれど、これで充分だと思う。だいこんと厚揚げとじゃがいもでまず一品頼んだ。次に、卵、こんにゃく、ちくわで一皿。お汁をたっぷり含んで美味しい。お豆腐はおでんには入っていない。
湯豆腐
湯豆腐として、別メニュー。うどんだしがたっぷりで、ネギとおぼろ昆布がかかって美味しい。散々食べて、支払いは二人で5900円。食べログに、予算は最高で2900円と書いていた。最高食べたことになる。酒好きの人に、こんな店があつこちにあったらいいのに。今年一番の冷え込みだから、ひときわ熱燗が恋しくなる。おでんと熱燗、それに少しの魚があれば良い。
明治屋
大阪市阿倍野区阿倍野筋2-5ー4
06-6641-5280
13時から22時営業
休日 日曜日
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2009年01月12日
吉在門
梅田界隈に4軒の店を出している「吉在門」という店は不思議な店だ。最初に美味しいと思っても、二度目には、こんなものだったのか、と思うのが普通なのだけど、行く前には、あの味はこうという頭があるのに、食べるといつもここに来て良かったと思わせてくれる。 店のスローガンに「専門店以上を目指す」と書いてある。魚がメインの店だと思えば、お肉も上質のものを、最高の美味しさで提供してくれる。
3000円の白フランス
ワインの種類はそれほどないけれど、どれを頼んでも、ちゃんとしたものを選んである。値段はそれほど高くない。最高に高いもので、5、6千円。
魚も良いけれど、ここで食べたくなるのは、お肉のコロッケと、パルメザンチーズがたっぷり乗った、シザーサラダ。今夜は、魚をやめて、洋食にワインを選んだ。あえて、造りはやめて。あらかじめ魚を食べてからのサラダとは、また違った美味しさ。サラダは最初に食べるのが一番美味しい。車エビの天ぷら、肉のコロッケ、それだけではやはり物足りない。
カウンターの前で、にらみつけている蟹が気になって、一番安い、タラバガニの陶板焼きを注文してしまった。その日の一番高いメインになる料理なので、肉の陶板焼きにすべきだったかもしれないが、。最近、出来るだけ肉は避けたいという意識が働いて、つい魚に頼る。この店では、それがまた正解なのだ。ここでまた肉を食べると、あとが続かない。
最後に、この店では、はずせないものがある。釜飯だ。蟹か、鯛かの二種類しかないけれど、蟹は食べたので、鯛の釜飯に。いつもよりも更に、美味しいと感じられる。
あえて、サラダからの洋食に始まり、蟹の陶板焼きのメイン最後は、ほんのりと油の載った釜飯で終わる。 この選択は正解だった。「専門店よりも美味しく」という意味がここにある。
2009年01月11日
京都に旨い店「神馬」
寒空に、雪が踊る。京都に行くと、相変わらず、小旅行に来たような気分がする。バスに乗ると、一日乗車券が5百円で売っていて、それを買った。昼間から来ていれば、有効に使えたのに。今日は、飲み屋に行くのが目的で、出てきたのが遅かった。北野天満宮に行ってから、目指す店に行くつもりでバスに乗っていると、店の看板が見えた。降りて、店の開店時間を確かめると、5時からだ。開店までもう10分しかない。中を覗き、予約しなくても大丈夫かと聞く。中は広くカウンター席は結構沢山ある。
大丈夫だと言われて、そのあたりにある「釘抜き地蔵」でも見ていくつもりで、ぶらぶら歩いていると、興味深い店が並んでいる。着物姿の3人の女性が入って行った、お茶の店に、つられるように入った。 最近、お茶を飲むようになった。ほうじ茶に凝っている。寝る前にも、ほうじ茶だと眠れない心配がない。食事に、添えると、お酒がほしくならない。重宝している。ほうじ茶と言っても、美味しいものは、緑茶と変わらない値段。店の主人の勧める、茎ほうじ茶と、ついでにに、勧められた抹茶入りの緑茶を買った。
歩いていると、大好きな、千枚漬けの専門店が、昆布屋が、豆腐屋が、どれも京都の情緒を盛り上げる老舗の店ばかり。「釘抜き地蔵」にたどり着くと、門は閉まっていた。
引き返し、「神馬」という目的の店に入ったのは、5時半なのに、結構人が入っていて、予約席がいくつか。おでんの湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが充満している。
、美味しい食事と飲み所を取材しながら、全国を旅して、著書も多い、太田さんの紹介店。友人は、太田さんのおっかけというほどではないけれど、見ると行ってみたくなる。
客は、がちゃがちゃとしゃべりまくる人はいない。カップルやグループで来ていても、静かに、小声で話しながら、食事と酒を楽しんでいる。
品と値段を書いた紙が天井からぶら下がっていて、看板にも、ことこまかく、全てのメニューと値段が書いてある。おでん専用ボードに、100円から1200円の鯨のころまで。
京都の冬と言えば、カブラ蒸しと、鯖寿司、それに大根は外せない。芋棒だらや京都の名物は、ほとんど揃えている。隣の客が、「この店に来て、閉店時でしめ鯖を買って帰って、家で食べたら、どこで食べたものよりも美味しい。それ以来通い続けている。」と。
カブラ蒸し
この店の蟹は、一匹20000円が上限で、せこでも2500円。ピンからきりまで。
お酒のかんのやり方が面白い。沢山の酒を一度にお燗出来るように特別製。
じょうろでとっくりに入れて、お燗をする。一合よりも多いように思う。 私はふぐのひれ酒を頼んだ。この方が酔いを押さえる事ができるから。
あて
最初に出てくるあてが美味しいものばかり、この店はすごいと直感出来た。造りの魚は、仕入れが命、どれを選んでも満足。カブラ蒸しは、「梅の井」のものが好きなのだが、この店のも美味しくて、量が多い。割烹ではないので、庶民的。 おでんの大根は、さすが美味しくて、お代わりを注文。豆腐も絶品だった。
京都の南座に行けば、おでんをたべるのが楽しみだったのに、店がなくなって寂しい思いをしていた。久しぶりに、ねぎの刻みが乗った京風のおでん、熱燗にぴったり。
おまかせは五千円から。きずしは、また今度の機会のお楽しみ。厚切りの鯖寿司で満足だったから。
京都の「サンボア」というバーを探して行ってみた。六人くらいの客が入っていた。愛想の悪いマスター。この人は、どうも任されるのが好きらしい。あとで入って来た客が「彼女には、お酒を飲んでいるので何か軽くて口あたりのよいもの、私は、安くて美味しいウィスキーのソーダ割を。」という注文の仕方。
「日本酒を飲んでるんじゃないですか?」とマスターが言うので、私はてっきり、日本酒が匂うのかと勘違いして、「そうなんです。」と言うと、そのマスターは難しい顔をして、「別のお客さんに聞いているんです。」怒られているよう。奥の客は、マスターに「もう一杯お願いします。」マスターお任せのものらしく、客がマスターに愛想してる。
プライドがあるマスターなら、グラスにも心使いがほしいもの。チェーンの雇われ意識なのだろうか。バーを愛して、長年こだわりを持っているバーとはこういうバーではないと私は思う。
「 神馬 」京都市上京区 千本中立売上がる
予約番号 461-3635 定休日 日曜日
2009年01月09日
お嫁さんですか
西宮ガーデン
最近、母といると、「お嫁さんですか」と良く聞かれる。母と似ていないのだろうか、とぐらいにしか、頭になかった。
今日は、松竹座で上演中の、「寿初春歌舞伎」昼の部に、母のお供で。その帰り道、母はいつものように、近くにある「茜屋」というおかき屋さんで、立ち止まり、おみやげに、と言って、好みのおかきを選んで買った。店の人が「お嫁さんですか?」と聞くので、「親子です。」と答えると、「いいですね。親子で。」と言葉が帰って来た。
次に行った店でも、「お嫁さんですか?」と聞かれた。同じように、親子です、と返事をすると、「譲り合って、遠慮しておられるから、お嫁さんかと思いました。」と言われた。デイセンターに、いつも同じ服では、と私が服を勧め、母は、「私は、着るものが一杯あるから、あなたが着たら?あなたに買ってあげる。」と言い、「私はいらないのよ。お母さんに良く似合ってる。」といつもこの調子で、お互いが、いらない、いらないと譲り合っているからだった。おかきの店でもそう。母は私に買ってあげるというが、、「私はいいから。」と断っていた。店の人の身になれば、少しでも沢山買ってくれた方が良いに決まってるから、これは義理の仲で、遠慮しているのだろうと思ったのだろう。レストランに入ると、私は、母が食べたいものと思い、母は、私に合わせようという意識が働くので、注文を聞きに来る人が、「じゅ、又後で聞きに来ます。」と言ってくれることが多い。
母と私が決定的に違う点がある。母は私よりもずっと謙虚なのだ。私は息子に、自分の事をつい「お母さんが、」と言ってししまう。
母は決して、「お母さんは」なんて偉そうな言い方はしない。常に「私は」だ。
見習わなくては、と思いつつ、つい「お母さんは」が出てしまう。
私と息子もまたお互いに遠慮して譲り合う、レストラン。今日は、どこ、明日はどこ、と言う風に会社帰りに待ち合わせをして食べに行く。息子は、母親がせっかく来たのだから、美味しい物、喜ぶ物を食べさせたいと思う。私は、彼が普段は、そう外食も出来ないだろうから、息子が食べたいものを、と互いを気遣う。それなのに、出来の悪い私は「余り美味しくなかったわね。」などと言って息子の気を悪くすることがある。母も息子も、決してそんなことは言わない。「美味しかった」としか言わない。 何かをすれば、必ず「ありがとう」という言葉が付随する。私も息子に見習って、「ありがとう」と言わなければ、と思うのに、心でそう思ってなければ、自然に出て来る言葉ではない。
赤塚不二男のお葬式で、森田さんが、「ありがとうという、他人行儀な言葉はいやで使わなかった。」と言っていた。
美輪明宏は、「親子の「付き合いについて、いくら親しくても、土足で踏み込むような関係はだめ。親しき仲にも礼儀あり。お互いの人格を尊重しあって、距離を置いて付き合わないとだめです。」と言っていた。
どちらの言い分にも、なるほどと説得力を感じるけれど、そういう事は、こうしようと思ってしているのではなさそう。そういう教育、育ちから来るものなのだろう。お嫁さん?と言われるように、母と私、との関係は、そういう距離があるのだろう。
2009年01月08日
定額給付金
それにしても、麻生太郎という人物は、筋金入りの頑固もんやね。我が儘ないじっぱりというのかな。本音では、やめたくてうずうずしているくせに、益々頑なになるばかり。頑固さとはうらはらに、言動はコロコロ変わってぶれること、ぶれること。
側近の支持者である鴻池議員が、「支持率20パーセントなら、10人に2人も支持してくれているということだから、胸を張ってこのまま突っ走っていける。」と言っているのを見ても、裸の王様と、自惚れを助長する家来、としか言いようがない。
見るにつけ、聞くにつけ、腹が立って、なんとかならないものか、健康にも悪い。
自民党の議員達は、「いただいたら使いますよ。消費に回します。鴨も美味しいし、トンカツもも良いなあ。」
そんなお金では足りないでしょう。あなたがたが通常消費しているお金には、とてもとても。
お正月から、やっとワークシェアリングという言葉が、盛んに言われるようになっている。企業のトップから、推奨するという声が上がっているけれど、まずご自身から、重役や役員から、大幅な給料カットを申し出て、痛みを分け合うという覚悟がほしいが、そちらの方は一言も聞かれません。
自民党の議員も、選挙で公認してもらいたくて、渡辺氏のような、勇気ある行動を取る者は今のところ出てこない。民主党は、本来意を異にする、旧社会党や共産党に足を引っ張られれて、独自の路線を進むことが出来ない。派遣労働者を禁止すると、日本の企業は海外に労働を求めるようになるということを、小沢さんは百も承知のはずである。
企業は充分な余力を温存して、バブル後の二の前はまっぴらだと、積極的になれない。
郵政民営化、反対か、賛成か、だけで、自民党に投票した国民にも責任がある。にっちもさっちもいかなくなっているのは、自民党に多大な議席を与えたためだ。郵政の民営化は、アメリカのブッシュがプッシュしたもので、郵便局の巨大マネーを放出させることが目的だったというのに。もっと大切な事がある、医療や年金、少子高齢化の問題と訴えた、民主党には見向きをしなかったではないか。踊らされた私達、馬鹿だった私達、これからも、繰り返されるだろう。
教育は身につくけれど、教訓は生かされないことのほうが多い。今は選挙だ、国民の真を問えと叫んでいるけれど、のど元過ぎれば暑さわすれる。選挙の議席は利権団体が握っている。
歴史は繰り返される。愚かだとわかっているはずの戦争が、世界のどこかで、終わることなく、繰り返されている。
2009年01月07日
初春大歌舞伎、仁佐衛門の「霊験亀山鉾」
1月の松竹座は、寿「初春大歌舞伎」で幕が開かれた。片岡仁左衛門さんの舞台みたさに、夜の部の、一番安いチケットを買った。母のお供で行くのは昼の部なので、夜の部の
通し狂言「霊験亀山鉾」を見ないではお話にならない。これは仁佐衛門の独壇上だから。 四世鶴屋南北の作品で南北の最高傑作と言われている。お芝居では滅多に見られるものではなく、関西での上演は、なんと77年ぶりなのだそうだ。一生に一度見られるかどうかのお芝居だ。
仁佐衛門は、仁木弾正など、悪役も大胆不敵なすごみを色っぽくみせて、当たり役なので、このお芝居では、藤田水上右衛門という、徹底した冷血漢ぶりを、性的な魅力もただよわせながら、見事に演じている。南北の作品は、悪を徹底して描きながら、悪に魅せられる「悪の美学」がその本質のようだ。こういう視点は、西洋の作品でも、テーマとして取り上げられるが、華やかで大仰な振る舞い、形の美を追求する歌舞伎では、嫌みがなく、スペクタクルそのものを楽しむ事ができる。冷血な藤田と、暴れ者のヤクザ「隠亡の八郎兵衛」との違ったキャラクターを演じているので、仁佐衛門のフアンにはお年玉のようなもの。
三階席でも、充分良く見えるので、4200円あれば、足を運んで見る価値は充分おつりがくるほどなので、是非のお勧め。言葉がわかりにくいお芝居ではなく、イヤホーンの解説がなくても充分言葉も理解できる上に、上方の口調も楽しい。
3階席の後ろの方に、かけ声をかける人が座っていて、出てくる人の屋号で声をはりあげる。舞台の最後に、「大当たり」と言うかけ声を。本当にこのお芝居は、大当たりの役所に大当たりの題目だなあと、納得しながら席をた立った。
白い着物姿が奥さん
幕間と帰り際、仁佐衛門さんの奥さんを始め、役者の奥さん方が、後援会のテーブルの側に立っておられる。ぎひいきさんに挨拶するために。仁佐衛門さんの奥さんも、京都祇園の置屋の娘さんなので、いつまでも変わらず、着物姿が美しく、色白であか抜けている。
このお芝居で、もう一人の主役、敵討ち側の二役を 愛之助が好演している。こうしてみると、どうも、松島屋さんの後継者は、愛之助になりそうだ。仁佐衛門さんの息子は女形、長男の我當さんは、本来は跡継ぎなのに、歌舞伎の形も踊りもだめ、その息子の進之助は尚更だめ。
秀太郎の養子、愛之助は、松島屋とは血縁ではないけれど、今のところ、この人しかいないようだ。仁佐衛門と競演していると、比べようもないほど力量不足だけど、と勝手な心配をさせてもらう。
幕間のわずかな時間に、よく行った寿司屋さん。大阪寿司の名店「丸万」が去年の11月には、休業の張り紙があった。当分の間、と書いているので、病気なのかしら、と思っていたら、1月になると、「テナントの募集」の紙がはってある。売りに出ているらしい。 年寄りの女将さんが、レジを受け持っていて、よくあの年まで、と感心していたけれど、これでまた、一つ、大阪の味が消えて行ったような気がして寂しい。大阪寿司の「すし萬」はあちこちに店を出しているけれど、そこは、一軒を守っていることを自慢にしていた。創業百年以上という歴史を誇る店だった。大阪の名店が一つ消えてしまった。
2009年01月05日
新春に清原登場
赤穂城
大晦日は、清原がテレビにでるので、時間に合わせて帰ってきた。K1のゲストで、時折、振り向けられたらコメントをする程度だった。タキシードがぴしっと決まって似合っていた。二日、赤穂から帰った夜、清原をテレビで見られないかな、と期待していたら、偶然にひねったチャンネルに、清原が映った。リムジンから降り立つ清原はシャンペンですでに酔っている様子。お世辞にも良い趣味だとは言えない、派手なジャンパーを着て、身体は現役を離れて、益々太ってでかくなっている。「今だから話す、清原の告白」が番組で聞ける、という。
PL学園の後輩、片岡と、もう一人の聞き手の名前は知らない。大阪の夜景が見える、どこかのホテルのレストランからの中継のようだ。
PLに入った一年生の時の過酷な寮の規則と拘束された生活。監獄にいるのと変わらない。 テレビも禁止、外出禁止、禁止だらけだった。勉強は?教室の中は睡眠タイム。隣の席にいる桑田が寝ているのを見たことがない。
ドラフトの時の真相が語られる。ドラフト以来、桑田との友情関係は壊れ、去年お互いに引退を決意するまでの23年間は絶好状態だったと、清原の口から出てきた。昨年の暮れに、桑田が出演した番組で桑田も、本心を告白していたけれど、売名行為か、自己弁護のように見えて、清原なら絶対に言わないことだと思っていた。桑田の口からは綺麗事しか出てこない。
清原は、飲むだけ飲んで、相当酔いの廻った所で、質問に、「ほんまのこと言うてええの」と念を押して、今まで沈黙し、封印してきた真相を話した。
仰木さんが亡くなったと聞いて、ワインを20本飲んだという。耐えられなかった。
ドラフトで選んでくれなかった王監督に、花束を贈られて言葉をかけられた瞬間に、長年の恨みが消えたこと。巨人をやめさせられた時に、一言もねぎらいの言葉がなく、通告となにか言いたいことは?と言われただけだった悔しさ、無念さ。99パーセント阪神に行こうと決めていたのに、巨人に入ることになった心の弱さ。
もう一度やり直せるとしたら、やはり巨人を選んでいただろう。巨人に入って良かったと思っている。
巨人はどういう所ですか?と聞かれて、これほどぴったりな表現はないだろうという答えが返ってきた、。
「 富士山のようなもの。遠くから見ると、ごっつ綺麗やねん。ものすごう綺麗やねん。けど、昇って見るとゴミだらけや。」
清原のお酒の飲みようは半端ではない。一晩で使ったお金は5百万、カード払いで、現金はチップに使った。そういうことを聞くと、気分が悪くなる人もいるだろう。馬鹿ほどお金をばらまき、死ぬほど飲み明かす。清原の魅力は、真っ直ぐな性格で、気取らず、同じ目線で、どんな人間にも温かい気持ちで付き合う所だと思う。男ぽいのに、涙もろい、泣き虫の弱さも。
その夜、ろれつもおかしかった清原が、翌日のスポーツ番組で、後継者になってほしいという中田との対談で、「昨夜は飲みて顔が腫れている」と言っていた。多分、告白番組の収録はその前日におこなわれたのだろう。この二人、顔も似ているようだが、清原のルーキー時代の様相と比べたら全く違うから、将来は似て非ナルものになるだろう。
大晦日のK1のゲストから、新春の告白、後継者にエールを贈る対談と、清原の出演番組、おっかけした一フアン。お年玉をいただきました。
2009年01月04日
映画「ぼくのおばあちゃん」
待ち合わせまでの時間つぶしに観た映画で、ぼろぼろに泣いた。隣の女性も、ぐしゅぐしゅ泣いていた。先日、一押し映画だとい「地球が静止する日」は、大晦日の買い物も後回しにして、わざわざ出かけたのに、居眠りしていた。人間が地球をだめにしたから、人間から地球を救う為に宇宙からやってきて、人間を絶滅するつもりだったが、人間もまだまんざらでもない、自助努力の余地ありということがわかって、地球を去って行く、という話だった。ノアの箱船の科学番。
一方、「ぼくのおばあちゃん」は、おばあちゃんと孫の愛情溢れる関係を描いている。主人公は、住宅会社に勤務するセールスマン、家庭サービスに時間を割く余裕がなく、お客さんの対応に翻弄されてる。マイホームを注文している夫婦は、同居のおじいさんを老人ホームに入れたがっている奥さんと、それは出来ないという夫、同居住宅か、核家族の為のものにするのか、もめて決まらない。おじいちゃん子の孫は、家を建てることに反感さえ持っている。おじいさんは、自分は老人ホームに行くつもりだからとセールスマンに告げる。
彼は幼い頃からのおばあちゃんとの思い出を振り返りながら、老人問題でもめている家族を通して、「家族の生活の大切さ」忘れかけてきた、大切なものを見いだすようになる。
中学生だった頃、彼は、おばあさんが病でなくなるまで、献身的に世話をし、おばあちゃんの為に出来る限りを尽くして、おばあさんを送り出す。
あんな風に、おばあさんと孫との密な関係というのは、実際にはあるのだろうか、と思うと、ふと「がばいばあちゃん」を思い出した。佐賀のがばいばあちゃん。子供の頃、働くお母さんを離れて、おばあさんの家に預けられる作者が、貧しいおばあちゃんと暮らし、学校では習えない、貴重な教育を受ける。作者は佐賀に帰り、おばあちゃんが炊いていたように釜で飯を炊いている。
「ぼくのおばあちゃん」は、ほのぼのと心を熱くしてくれるけれど、こんな関係はないだろうとも思う。ないからこそ、心を揺する。
おばあちゃんに菅井きん、僕に岡本健一 僕を可愛がってくれる、八百屋の奥さんに、深浦加奈子のいつもながらの旨い演技が光っている。彼女の元気な姿がスクリーンで見ることが出来たのも感慨深い。去年の暮れ、別れの著名人の中に彼女の名があった。
2009年01月04日
大願成就の大石神社
赤穂の神社と言えば、大石神社、大石内蔵助の長屋門を通って、城内に入ると、その神社がある。参道には、仇討ちに加わった家来の象が立っている。
なんだか、おだやかならぬ気配、仇討ちで本懐を遂げた「大願成就」の神社なのだが、
大きなえびすさんの木彫が両脇で迎えてくれるので、ホットする。商売繁盛の神様が、おだやかな顔つきで微笑んでいらっしゃる。
大願成就と言われても、それほどの大願はないのだけれど、思いついたのは、息子の大願?彼はまだこれから夢に向かって爆走中である。その為に、年の暮れ、引っ越しをしたばかり。売れる物は大分売ったようで、その上大盤振る舞いに、キングサイズのベッドは、次に借りる人に置いてきた。
あれだけ熱心だったDJに入れあげた道具も幾つか売ったとか、大願が出来て、未練はなくなったのだろうか。
男なら、誰でも一度は夢を見る、大空を駆け抜ける世界、人間は昔昔、鳥だったというから、飛びたいという欲望は持っているらしい。
どうなることやら、わからんけど、とにかくやりたいことがあれば、それに向かって突き進むしかない。こけたら、またその時にはい上がれば良い。
「お母さん、今度来るまでに一人で乗れるようになっておくから期待して。」と言うてくれはるけど、とても横に乗せて頂く気にはなれなせんで。自動車を運転してても脂汗がでるのに、小型飛行機などもってのほか。飛ぶまでに失神しそう。
息子の為の大願成就と無事息災を、帰りに、家内繁盛、商売繁盛をお願いして、厚かましい限りです。お賽銭は少なく、祈願は大きく、都合の良いこと。
大石神社は、それほど混んでなくて、駅までの道も、のどかでのんびり、広々した感じで、赤穂は、豊かで住みやすそう。電車の中から見ていると、西明石を過ぎると、急に広々した空間が目につき、田畑や遊休地も。
赤穂は、日本で一番水道料金が安かったらしいが、今は2番目になったという。
赤穂や岡山は、肥沃な土地で魚も豊富、温暖な気候で豊富な水、住みやすそう。
2009年01月03日
赤穂へ
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
元旦から1泊で、赤穂にあるグランリゾート(元はジャンボ)に母に付き添って出かけた。暮れに霰が降る寒い日があって、スタッドレスのタイヤに変えているから、どこに行っても心配はないのだけれど、高速道路が苦手なので、電車の方が楽だろうと、新快速に変更した。電車は楽だ。姫路で、乗り換えの普通電車は同じホームから始発で連結されている。一度乗り換えただけで、話をしているうちに、目的地に着く。ほとんど無人駅のような、坂越という駅までは、4時以降になれば、ホテルの車が迎えに着てくれると言うので、 そのつもりで駅から電話をすると、運転手がいないので、連絡着き次第に迎えに行きます、という。空っ風が吹き、寒さを防ぐ場所は、駅の外にある公衆電話の中だけ。
タクシーは、赤穂から呼ぶので、時間はかかる、料金は高い。タクシーにしようかと思い始めた頃、迎えの車がやってきた。
岬にあるので、車の人がほとんどの、まさしくリゾート地にあるホテルだった。会員制のクラブで、お正月でも比較的安く利用出来るのがメリット、特別期間の予約条件は通常とは違っていて、12日前からキャンセル料がかかる。2人行けなくなって、1万円は払ったが、全員だと2万円払わねばならないところだった。
部屋は広くて、テレビは小さい。暖房を弱に入れると、馬鹿暖かくなりすぎるので、つけたり消したり、手動式温風器。大浴場とは、お世辞にも言えない浴場に、夕食前に押し寄せ客で、びっしり詰まっていたが、私達が入る頃は、ほとんど出ていく人達ばかりだったので、気持ちよく使えた。小さな男の子が、おばあちゃんと入って来た。ハンサムな可愛い、活発な男だった。
夕食時、前のテーブルが、その家族のテーブルだった。お父さんはアメリカ人、お母さんは、お腹に赤ちゃんがいる。おばあちゃんとおじいさんは、孫に夢中。その隣に、おばあさんによく似た、おおばあちゃんが座った。車いすを押してやってきたのは、孫にあたる男の子で、端っこの席に、おおばあさんと向かい合わせに座っている。
お正月に日本に帰ってきた、娘夫婦を招待して、ここにやってきたのだろう。
おおばあちゃんは、ひたすら食べている。赤ちゃんにも誰にも感心がなさそう。弟もただ、食べている。 小さな男の子を挟んで、ご機嫌を取ったり、わいわい賑やかなのが、目をひくのだが、その間、おおばあちゃんの隣に座っている、おばあさん(お母さん)が、自分の母親に 全く関心を示さず、まるでいないかのように無視している事の方が気にかかった。
夕食は、品数がものすごく多く、お正月のおせちのお料理も沢山出た。なんでこんなに出すのだろうと思うくらい。ご馳走とはそういうものなのだろうけれど。
食後、お餅つきがあるという。時間に降りていくと、すでの始まっていて、客の女性が、とりもちを引き受けてやっていた。赤穂浪士の羽織をかけて、次から次につきてが変わる。 かけ声がかかる。アメリカンとその家族は、一番前に座ってみていた。
お腹がパンクしそうなのに、つきたてのお餅だからと一つは頂、残りは持ち帰った。
座っていられなくて、寝ころんだまま、テレビを見て、いつのまにか寝てしまった。
翌朝、初日の出ではないが、二番手の出を窓から拝む。
朝食も、同じテーブルで、しばらくすると、アメリカ人夫婦がやってきた。アメリカンの前には食事の準備がない。昨夜餅つきで、采配をふるっていた女性はすでに食事を終えて、帰り際、アメリカンに話しかけた。
「おはよう」食事の用意がしていないことに気づき、どうしたのか、と訊ねると、アメリカンは、「日本食は食べられない」と答え、パン食を頼んでいるのだという。
息子が車いすをひいておおばあちゃを連れてきた。お母さんがやってきた。男の子がおじいちゃんと散歩から帰って来て、入って来た。全員が揃い、食べ始めると、モーニングセットのように、コーヒーと1枚のトースト、小さなカップのものが、お皿に乗ってやってきた。
大男のアメリカ人のお腹を満たすには、あまりにも少なすぎる。彼はお代わりを要求することが出きず、水ばかり頼んでいる。昨夜は、コーラばかり飲んでいた。他の人達は、すごい数の朝食、お雑煮に、ご飯も。
不思議なのは、他の人達が気づかないないのか、無関心なのか?アメリカンは、どうにもお腹がおさまらないらしく、男の子の皿に、家族が入れている卵を口に入れる。
昔、父が生きていた頃、アメリカ人の女の子が日本にを日本にやってきた。家族全員でお正月の旅行に出ていたので、彼女もそれに参加した。那智勝浦の旅行だった。
父は、彼女の為に、ステーキを注文していた。父の大好物のステーキが、テーブルに運ばれて来た。が、彼女は一口も食べなかった。食べられなかったのには理由があり、食事の前に、サンドイッチを食べていたから。豪華な食卓は、彼女には見るだけのものになった。彼女にとって、日本は、期待していた所ではなかった。ニューイングランドの静かな自然と、燃えるような紅葉の中で暮らしているので、日本の騒然としたやかましさ、狭さ、混雑を体験して、思いと随分違ったようだった。日本人が好きな滝と、アメリカンが自慢するナイヤガラの滝とには、大きな隔たりがある。
いつも恒例になっている、近江神宮に行くまでの道路、ものすごい渋滞が続いた。車中から、マクドナルドドを見つけて、彼女は声をあげる。私の父に、食べさせてあげたい、と。 父は勧められた、マクドナルドを口にして、「美味しい」と感心しとようなジェスチャーを見せる。
絶対に口にすることのない食べ物を、父は美味しいふりをして食べていた。彼女への思いやりで。
父は、彼女へのプレゼントに、時計を贈った。その時計が壊れて、他のものと交換しようと言ったけれけれど、彼女は、同じ物でないとだめだ、それがだめならこの時計をもらうと言い張った。父の心、この時計を選んだ父の心が大事なのだと。
おそらく、彼女は、大自然の中で、結婚して、沢山の子供達がいて、感謝祭には、好物のターキーを焼いているだろう。家族が集まっているだろう。回りにいる人達は、皆、ホットで優しさに満ちていた。 過ぎ去りし日の、アメリカンを迎えてのお正月、前のテーブルを通じて思い出された。
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14:21
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2009年01月01日
イタリアン「pane et vino]
大晦日を明日に迎えて、お正月はおせちだから、と友人が、イタリアンの新しい店を探して来た。インターネットによると、「誰にも教えたくない隠れ家的な」だそうだ。
そこも新地になるのかもしれないが、新御堂筋を超えて、ラブホテル街が点在す場所なので、あまり歩きたくはない所にある、隠れ家としては申し分なし。以前は寿司屋だとか、うなぎの寝床のように、細長いスペースの店である。夫婦2人で旦那は調理、奥さんはワインの銘柄選びには自信があるようで、たとえグラスワインを注文しても、新しいワインの栓を抜き、鼻でコルクの匂いをかいでから、グラスに注ぎ込む。彼らは、それらのワインを店が終わってから飲むのだろうか。それとも料理にも使うのか?
その夜は、年の最後の営業日だった。常連さんが、4人のカップルでやってきた。カウンター席は、ほとんど埋まってしまった。あらかじめ予約してあった、そのグループは、まず、ビールで乾杯した後で、奥さんの勧めるワインを開けた。4人だからたちまち瓶は空になる。前菜に生ハムのスライスが出て、美味しいパンが出た。
それまで、お料理を待っていた私達は、ワインが半分になっている。出てきたのは、生牡蠣とパンだけ。隣の美味しそうなハムを見て、注文すると、それはすぐに出てきた。イベリコ豚の生ハムをスライスして、チーズと合わせたサラダは、絶品だった。
この店は、決して急がないようだ。ゆっくり時間が流れるのを楽しんでいるかのよう。ワインを飲んでもらうのが、メインなのか。
唐墨のスパゲッティーが来ると、これには白ワインが似合う。グラスで頼むと、この料理にぴったりあった白ワインを選んで栓を抜いてくれた。実に美味しかった。
実を言うと、その日、私は午後の2時を過ぎて、冷蔵庫の中をあさり、お腹が大きくなっていたのだ。食べられそうにもなけど、無理して食べるつもりでいたのに、時間がたつうちに、ワインが入ると、食欲が出てきて、いくらでも食べられる。
少ない目に注文したので、最後のピッツアを食べ終わっても、物足りない感じが残る。
何時のまにか、隣のグループと話をし出した。ピッツアを見て、美味しそう、と隣の若い女性が。美味しいですよ、と私。「おそらく西日本で一番旨い店ですよ。」と酔った常連客が言う。ひいき目に聞いておこう。
西村屋で、最近は定番になった、コーヒーとケーキ。ちょうど良いくらいにお腹におさまった。
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13:33
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2009年01月01日
ひとりぽっちの大晦日
ひとりで、大晦日を迎えるのは、始めて?ではないだろうけど、記憶にない。
父が亡くなってからは、いつも母と過ごして来た。母が年の瀬に緊急入院した大晦日、夜を一人で過ごしたのだけれど、大晦日もお正月もなかったから、これは問題外。
どこで大晦日を迎えても、母と一緒だと、「紅白歌合戦、」を見ていた。
ひとりで過ごす大晦日、NHK交響楽団の「第九」をテレビで。
素晴らしい演奏だった。大合唱は国立音楽学校の学生達で、音量も、声も申し分なく迫力に満ちていた。テノールとバリトン、ソプラノとメゾの4人も格調のある歌いで、オーケストラを盛り上げた。
聖夜の中で、私はウィーンでの体験を思い出していた。ベートーベンの家を見に行くと、ベートーベンゆかりの教会で開かれるコンサートのチケットが発売中だった。収穫際のチケットで、15シリングくらいの安いチケットだった。
教会でのコンサート、演奏中に、窓から見える大木の枝が、演奏に呼応するかのように揺れていた。私はなんだか感極まって、涙に濡れていた。
ウィーンの音楽大教授による指揮の演奏が終わると、ソプラノ歌手が登場した。日本女性だった。驚きと共に、日本人が、という思いで喜びも。
演奏会が終わり、ベートーベンの散歩道を辿って歩くと、静かな人通りの全くない場所で2人の日本人の男女にに出会った。 こんなところで、と怪訝に思ったら、キリスト教の伝導をしているのだという。「もろみの塔 」という宗教の信者達だった。
その後、ウィーンから、ハンガリーのブタペストに行こうと電車を待っていると、出会った女性が、同じように電車を待っていた。
話をすると、彼女はウィーンの音楽学校で教師をしているとか。
ウィーンは音楽の都、どこを向いても音楽家に出会う。そして音楽を志す日本人に出会う。
第九は、人と人とのつながり、共に喜び、歌い、歓喜となって、響き渡る。
第九を聞いて、ひとりぽっちの大晦日を過ごす。あらゆる人に幸あれと願う。孤独の中で、より高らかに胸に響く。