2009年06月30日

炎症が14から6まで落ちた

 吉田画伯の素敵な絵画をインターネットから

昨日の朝、病院に行くと、母は身体が痛くて起き上がれなくて、ベッドの中で、朝食を食べてもらった。熱が7度7分あり、熱の為に関節が痛かったのだろう。トイレに立つまでは大変で、ベッドに腰かけた状態から、傍に置いてあるかにトイレに移動するために、一度立ち上がらないといけない。その行動に出るまでに時間がかかる。水分の補給を、何度にもわけて与える。
 昼食も良く食べたし、夕食は完食した。熱はあるけれど、夕方になると、体の痛みも消えているようだった。
今朝行くと、母は食事を始めていた。味噌汁をのみほした所だった。持って行った卵を2個食べて、ミルクを飲み、食べられないといいながら。
御粥を6分くらい食べた。南部梅を添えると、口あたりが良いので、食が進むようだ。今朝は痛いと言わない。昨夜、3つのコップにお茶をわけていれておいたのを、全て飲み干していた。
 朝久しぶりの血液採取があり、整形外科の診察日。外来に呼び出しがかかった。看護婦さんが車椅子を持ってきて、「忙しいのでお願します。」と言って出ていった。ベッドから車椅子に乗るまで、母は背中が痛い、膝が痛いと言いながらも、私が手伝おうとすると拒む。車椅子に移動するのに、立ち上がるまで、力を入れるのが大変なようだ。筋力が弱っている。
 診察に行くと、血液検査の結果が出ていて、炎症反応が、14から、一挙に6まで下がっていた。このままステロイドをしばらく続け、リハビリも入れましょうと言われた。
リウマチかどうかの判断は難しいと言われるので、私が「CCP検査をすれば、わかるのでしょう。」と言うと、「それをやってないので、来週の採決の時にやりましょう。」と言われる。私はさらに「あれは結果がわかるまで2週間くらいかかるのでしょう。」と言う。医者も、CCP検査をすれば、リウマチかどうか、確定的な判断がつくことは認めた。
「外に検査を依頼するので、それぐらいかかります。と言うので、早くしてもらわないとと思い、「今日にでも」と一旦は依頼したが、どちらにしても、今はリウマチとしての治療をしているのだし、例え、母が良くなって、退院しても、そのあとで結果が出てもかまわないということで、来週の採血の時に出してもらうことになった。
 それにしても、リウマチかどうか、それほど慎重に判断できないのなら、CCP検査を最初からやれば良いのに、と思う。
どこの医者でも、それをやろうとはしなかった。勿論、私も、インターネットで、自由が丘整形外科を見つけ、そこでその検査が重大な決定証拠になると知るまで、知らなかった。リウマチの薬の副作用を避けるために、葉酸が効果的だということで、その医院では、来院する前に、葉酸を飲んでもらうように患者さんに依頼しているというので、母にも、ファンケルのビタミンB群を飲ませ始めている。

今かかっている整形の医者は、まだ若い人なので、それで随分助かっている。仮に老練な医者だと思いこんでいる人だったら、その必要はないでしょうと、頭ごなしに断られ、リウマチではないと断定するだけで終わったかもしれない。
今は新薬が出て、リウマチの治療法も進歩している。母の場合は、このまま、ステロイドで様子を見ながら減らして行き(今は10ミリ使っている)生活の支障がなくなれば、薬をやめていくようにと、医者は考えているようだ。とりあえず、今は、ロキソニンを使わなくなっている。
抗生物質をがんがん入れて、炎症が下がらない時に、ロキソニンがなくては、痛さと熱を抑えられなかった。当の内科医にエレベーターで出会った際「調子が良さそうですから、このままの治療方針で良いのではないでしょうか。まあ、肺炎はあるのはあるのですが、」と言われた。
 今朝の採決の結果は、まだその時にご存じなかったから、やっと6まで下がったので、良かった、やれやれと思っておられるだろう。

 血液検査のコピーをもらった。以前のに比べると、赤血球が少し、増加し、全体に以前は悪かった所が、正常にわずかではあるが近くなっている。
 母は、良くなっている。


  

Posted by アッチャン at 15:14Comments(0)日々の事

2009年06月30日

牡丹亭

東京の映画館での舞台挨拶

http://japanese.cri.cn/205/2008/05/15/1@118178.htm くわしい説明は、このホームページにアクセスしてください。玉三郎の美しさを堪能できます。

 
  京都の映画館で、板東玉三郎が演出、主演を演じた「牡丹亭」という蘇州の昆劇が出来るまでのドキュメンタリーと、蘇州での上演を映画化したものが、7月4日まで放映されていることを知った。
 玉三郎の好きな友人に声をかけると、二つ返事で行くと言う。学校が京都だったので、私には遠い京都も、日常の行動半径の内なのだろう。
 
 京劇もじっくり見たことがなかったので、蘇州の昆劇など、全く知識がなかった。
一部で、玉三郎と中国の人達と共同で「牡丹亭」を作り上げていく過程や、背景となっている、蘇州の庭園、言葉の壁に挑戦する玉三郎の、ひたむきな努力、エキゾチックなホテルのデザインと調度、ああ、蘇州に行ってみたい、と思いがつのる。
 玉三郎が、中国服を着て、町の中を歩いている様は、すっかりとけ込んで、自由で、精神的な故郷に抱かれている印象を受けた。
考えてみれば、日本の哲学は、禅に由来するものが多く、舞台芸術は、能によって、確立されたが、それも、幽玄の哲学的なもの。中国から受けた影響は大きい。
 中国の昆劇は、詩歌と空中を風と一体になって舞う 身体の華麗な動き、とで成り立っている。
 着物の袖が長く、その袖をたぐり寄せ、手を出して、指で表現し、また袖を長く垂らして、動きを軽やかにする。衣に一体となった身体のしなやかな動きは、風に揺られる牡丹の花を表現しているように思われる。
 夢の中で出会う恋人への色香の漂う、愛らしさを玉三郎は、妖艶にして、純粋な美しさ、詩歌を、鳥のさえずりのように歌いながら、風になびく、滑るよう動きで、これ以上の出来はないと思われるほど、見事に演じきっている。五感に響く美の世界に、感極まって涙が出てしかたがなかった。


   

 友人の行きつけの店を紹介してもらった。毎日会館の地下にある、パブハウス。大学の学食を思わせる、ベンチ式の椅子と、素朴な木の大きなテーブルに15人くらい座れそう。安くて美味しい。話声が大きく、がやがやしているが、気さくで楽しい雰囲気の店だ。



 生ビールを2杯も飲んだのに、家に帰ってから、残っているワインを3杯と焼酎を飲んだ。アルコールが入ると、つまみも入る。翌朝、頭がふらつく。ワインの大箱は買うものではない。これからは絶対に買わない、と何度心に誓っていることか。   

Posted by アッチャン at 14:02Comments(0)演劇