2010年11月03日

阿吽坊

 阿吽坊



http://blog.aunbo.com/info
京都の高台寺を少し下がった通りに、有機野菜を健康的に食す、という目的の料理屋さんがある。阿吽坊、あうんの呼吸から取ったな名前だ。

京都に旨いものなし、というのは、昔の話で、美味しい店は沢山あるけれど、値段の安い店は、少ないかもしれない。
アブダビからやってきた、女性は、円高もあって、何でも高い、と言いながらも、毎日、買い物に余念がない。




高台寺の近くまで、タクシーでやっていると、彼女は、夜の祇園町界隈の神秘な美しさに魅せられたようだ。また、改めてこの辺を歩きに来たいと。
大柄な彼女が、気に入って買ったという、しぼりの羽織を着込んで、夜の会食。
 日本食が大好きで、日本人以上に、日本通。生魚も、香味野菜も、なんでもオーケー。お箸の使い方も、日本人よりも上手だと、感心する人、しぼりを教えようと、英語を駆使して説明しようとする人に、彼女はすでにわかっている。ああいう手法は、どこにもあるようだ。



 お料理は、精進料理ではなく、魚を加えて、野菜をメインにした、創作料理で、料理人で経営者は、お坊さんのお兄さんだとかで、やはり、お坊さんだったのかも。
アブダビの女性と白ワインを注文したら、札幌のポレールで、私には、甘過ぎたけど、彼女は気に入っていたようだ。

お料理の味は、私には、まあまあ、だった。沢山の人が参加して、話の方に、気を取られていて、実際の所、味がどうだったのか、あまり印象がないのだ。




料理は、この店の一番良いものを、特別に出してくれていたに違いない。次から次に結構な品数だった。最後に出たまったくご飯も、沢山まったけがはいっていた。



会費は、1人一万円、いつも仲間と集う、料金の倍額くらい。京都だから、このくらいで、平均的なのか、安い方なのかもしれない。



楽しかった、というのが、貴重なのだし、知らなかった所に、体験させてもらったのも、幸せだった。
店内は、一杯で、人気のある店のようだ。

   

Posted by アッチャン at 11:56Comments(0)

2010年11月03日

魅力的な人々



   錦市場


忙しい、1週間だった。京都に3日、夜遅く帰って来と、メールの文面で、寝られなくて、寝付けない夜が続いた。
 様々な、出来事が、一気に押し寄せてきて、何からブログに入れて良いのやら。

 京都の文化博物館で、二年に一度、個展をしている友人がいる。
一昨年は、ニューヨークから、彼女の親友が、個展に合わせて帰って来ていて、開催中、ずっと彼女と京都の旅館に泊まって、受付を手伝っていた。
 長年、ニューヨークで、仕事をし、マンハッタンでも、芸術の香り高い、チェルシー街にマンションに暮らしている、凛とした、優しい感じの人だった。
 最後の夜に、皆で一緒に、食事をした。ニューヨークに行けば、お会いしたいな、と思いつつ、2年が経ってしまっていた。
 友人に、彼女のことを尋ねると、すでにニューヨークを引き上げて、日本に帰って来られているとのこと。
 元気で医者知らずだった人で、体調を崩して、初めて医者にかかったら、病気が深く進行してしまっていたらしい。
 
 普段は、寝たり起きたりなのよ、と言いながらも、友人の個展には、電車を乗り継いで来られた。この機会に、ニューヨーク時代に親しかった人達や、長年会っていなかった親しい方々が、東京や、各地から来られた。

 大変な状態なのに、彼女は、淡々として、明るく、その優しさは、以前お会いした時よりも、遙かに輝いていて、私は、益々、その人のフアンになった。
 チャーミングで可愛い人、という形容がふさわしい。

ニューヨークから帰る時に、何もかもほとんどのものを捨ててきた。友人が作った、陶器だけは持って帰った、と言われた。
 長年暮らした、ニューヨークでも、思い出だけを、大切に持って帰られたのだろう。
 お洒落で、服装のセンスが抜群で、今回お会いした時にも、色合わせもパーフェクト。お母様の洋服を着て来られたのだとか。お母様も、お洒落な人だったのだ。

海外で、長年暮らした体験が、彼女を心の強い人にしたのか、海外に出て行く決意をして、そこで、様ざまな困難にぶち当たりながら、人間的な豊かさを身につけられたのだろうか、私の想像を超えることだけれど、「かっこよくて、素敵な人、魅力的な人」だ。

アブダビから、初めての日本へ来られたアメリカ人の女性は、やはり、友人の個展を機会に、急遽やってきた。
ガイドブックを片手に、1人で、京都だけを今回は、歩いて、京都を知る尽くそうという計画だ。

思い立ったら、それが絶好のチャンス、一歩踏み出す、心の軽さを持っている人は、自分にも、自由な空間を持っている。心のゆとりを持っているのだと思う。
その空間を、客観的に、包括することが出来るから、どんな境遇に遭遇しても、淡々と、明るく受け入れる、余裕があるのかもしれない。  

Posted by アッチャン at 11:21Comments(0)