2010年11月29日

アメリカから、社会保障が見える


   ロシア人形



 今日は、このアパートの住人達が、バカンスから帰って来ます。空気ベッドを片付けて、掃除機をかけ、あたりを片付け。
 ダイソンの掃除機は、噂通り、すごい威力を発揮します。重いので、動かしにくいのが難点ですが、絨毯の中の誇りを吸い上げる力は素晴らしく、本当に綺麗になる感じ。
 細かい粒子まで、すべて吸い上げるので、ダニは完全に取れるでしょうね。




 猫のタマは、寒いので、寝ている私の布団の上に、べったり座ったまま、夜中中座って暖を取っています。猫の体重でも、お腹の上に乗せていると、重量感があって重い。
喉がごろごろいう音が聞こえると、「ご飯くれ、」と合図で、抱き上げると、おとなしくされるままになっている。ご飯をあげると、今度はやたら元気になって、遊んでくれと、挑発する。抱き上げると、爪を出して引っ掻こうとして、すばやく逃げ出す。


 二人っきりでの、毎日、家族がいなくて、寂しいのか、私に良くなついて、身体をすり寄せて来て、なついて来るのですが、住人が帰り、賑やかになれば、態度をすっかりかえて来るでしょう。猫は家に、犬は人にいつくと言います。
 ご飯をくれて、トイレの掃除をしてもらって、遊び相手になってくれれば、誰でも良いのです。

 今日も、昨日と同様、快晴です。
 朝、すごく寒くても、夜には、それほどでもない、気温の変化が激しい。
アメリカは、景気が悪いのに、人々は、のんびりした顔をしています。これ以上悪くならない、とでも達観しているのか、誰かがなんとかしてくれるというのか。
 神を信じているからだ、と思うのです。黒人は、とくに暢気で、肥えるだけ肥えて、身体を不自由そうにゆらゆらさせながら、頭も気持ちもゆとりが随分ありそうです。


  
アメリカの人口を増やしているのは、黒人や、ヒスパニック、ユダヤ人に、イスラム、ではないでしょうか。この辺りでは、子供を何人も連れている人をよくみかけます。乳母に、赤ちゃん、側に子供が2,3人とか。赤ん坊を抱いた、メキシコ人の姉妹。
中国は、一人っ子推進で、増え続ける人口を減らすのに、必死だけれど、アメリカでは、中絶事態、宗教上、認めない人達が多い国だから、これから先も増え続けるでしょうが、仕事についていない人が多いので、この先、ますます、アメリカは、景気が悪くなるのではないか、と心配されます。
オバマ大統領が、国民皆保険を、ヨーロッパのように社会保障を、とアメリカ人に呼びかけても、それを支える、人々は、支えきれないのではないか、とも思うのです。やがて、この政策は、崩壊せざるをえないのでは?



フランスでは、50パーセントの税金が、サラリーから引かれます。社会保障を充実させる為には、莫大な税金の徴収がなければ、なりたちません。スエーデンでは、殆どが税金です。

自由主義を歌っている国では、不可能なのです。税金を出来るだけ、かけないようにするのが、自由主義なのですから。




曖昧な日本は、税金も曖昧、保証も曖昧です。自民党時代、「日本は、中福祉、中負担の国」だと言われてきました。
民主党政権になって、ヨーロッパ型の、スエーデンのような国を目指したい、という声が大きくなったのですが、それには、税金を、あげていかなければなりません。
スエーデンでは、国民は、全ての国民が、働けるだけ働いて、税金を納めているから、出来る保証なのです。しかも人口も少ない。人口が増え続けたら、このシステムは崩れる。失業者が増えてくるから。

 ゆりかごから墓場まで、のイギリスでも、そのシステムが、おかしくなってきています。不景気で、財政が厳しく、厳しい削減を迫られています。

ビッグサイズは品揃え豊富です。
 

日本が、目指して来た、イギリスの議会制、ヨーロッパ型の「ゆりかごから墓場まで」の社会福祉型社会は、日本の高齢化と、経済の成長がもはや期待できない現状では、 「誰かがなんとかしてくれる」わけがないのだと自覚しなければならないのですが、
 日本人の、曖昧さが、それを許さないのだと、私は思うのです。



 民主党政権になって、日本人の特徴といえる、曖昧さが際だって来ています。それでも、なんとか、続いているのは、日本人の曖昧さ故の結果です。
 私達は、曖昧さを、糧として、ゆっくりと、崩壊してくのでしょうか。気づいた時には、手遅れ、ということになるのでしょうか。  

Posted by アッチャン at 04:26Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月28日

モール


  

買い物好きのアメリカ人の買い物意欲を最もそそるのが、クリスマス前の準備だろう。

 モールと呼ばれる、ショッピングセンターを初めて知ったのは、息子が、メイン州の高校に行っていた時だった。
ポートランドのモールまで、バスに乗って、よく行った。暇なので、モールにいると、店を見て歩くだけで、時間が過ごせるから。



 昼過ぎ、アパートを出ると、一段と寒い。一度引き返して、下着を増やして、ゴミをついでに捨てておこうと。
丸い大きなゴミ箱があるので、そこに捨てようと。

 大きなゴミ袋にゴミが一杯になっているけれど、どこに捨てて良いのかわからないので、キッチンを使って出たゴミの袋を、丸い口に押こんだ。

ゴディバのクリスマスチョコ

 その先に、ゴミ箱があって、家庭のゴミを捨ててはいけない、と書いている。罰金は100ドル。

ぎょっとした。じゃさっきの丸いゴミ箱は?

 入れた後でそうすることも出来ないが、エコ用にリサイクルの瓶や、ボトルを回収するものだった。



 とんでもないことをしてしまった。よく見ないで、いいかげんに入れて、回収する人が、困るだろう。
 住所とか、名前が入っていたら、言ってこられる。警察沙汰かも。えらいことをしてしまった。


 

 モールに行くと、買い物袋かかえた人達とすれ違う。
中は暖かく、メーシーズというニューヨークの庶民的デパートで最大級のものt、メーン州にいたいたときに、良く言った、PCベニーズというデパートが入っていて、専門店が、地下一階、地上3階まで、ぎっしり詰まっている。

子供のリュック、写真を撮るな、と店の親父。中国人だった。

 西宮ガーデンズにも、西日本最大のモールが出来た。西宮球場の跡地に。
 西宮ガーデンズは、高級感が漂っているけれど、こちらの本場のモールは、庶民的で、人で混雑している。お腹が空いて、フードコーナーに行くと、座る席がなくて、何度かまわって、やっと入れてもらえたら、お茶を落としてしまった。米ビーフンのヌードルと、ブロッコリーの野菜を添えた昼食、お茶なしでないと、お腹に入らなかった。多くて、でも美味しくて、皆食べてしまった。お茶のスペースはなかった感じ。

おもちゃ屋

 昨日は美術館で、歩き回ったので、今日は疲れている。早い目に切り上て、帰る。遅く、5時近くに食べた、お腹はまだ一杯。




 喉渇いてカラカラ。
 お水を買って、ピスタチオのキャラメルあえも買った。甘いものがほしい、。



地下鉄の中で、皆疲れている。

  

Posted by アッチャン at 13:39Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月28日

金曜は、MOMA


  


 金曜日は、お決まりの美術館に。MOMAの4時からフリーチケットをもらうために、3時過ぎにアパートを出た。
マンハッタンの中心地53ストリートに、5番街とアメリカ通りに挟まれて、MOMAは、ニューヨークらしいアートを代表する存在だ。


 感謝祭の後でブティックが一斉に、プライスダウンしたので、買い物袋をぶら下げている人達が多いのに、MOMAは、人気で、並ぶ列が、長くなっている。





初めて並ぶ人は、数の多さに、いつまで待たされるのか、と不安になるが、案外早い。15分から、20分くらいで、たいてい入ることが出来る。
 子供連れが多い。MOMAは、子供が、美術に馴染むように、色々企画をしたりするので、感謝祭を挟んで、家族で楽しむ美術館を企画しているのだろう。
 子供達は、ストレートに美術と向かい合い、不思議を親に質もんしている。
アメリカは、ホームを大切にするお国柄、お父さんは子供の教育に熱心だ。



 5階にある、ゴッホの絵の回りは、特に混んでいて、写真を映す人で、まともに見ることができないくらいだけど、すぐに空いて、日本では考えられない。







 庭には、寒いので人が少ない。

巨大な、モネの「睡蓮」の絵画の前で、座ったまま動かない人。アメリカ人は、モネが好き。痛んでいた絵画修復して、見事な部屋になっている。









 日本で、写真撮影を許可したら、まったく絵画を観ることが出来ないだろう。
海外からの名品が来ると、それでなくても、凄い人なのだから。
 神社が、撮影禁止にしている所があるのも、うなずける。心を安らぐ為の庭、時代を超えて、鑑賞してほしいのに、写真を撮るために、となると、本来の趣旨を失う。



 いつも、ゆっくりと見ないので、新しい発見がいつもある。ポラックが、晩年に、マチスの絵画にチャレンジしたのがあって、ポラックの黒を、マチスの色とのコラボで描いている。



 あれ、マチスそっくり、と思ったら、ポラックの晩年のもの。その横には、書に挑んだ作品。





 グッドデザイン商品の中に、私も使ってた、バギーと、タッパウェアが。

オールドキッチンの特別展に、面白いビデオがあった。日本人の女性の作品。




 日本の母親が、息子が全て、という作品で、テレビのビデオを見ながら、一日を過ごすというもの。朝起きて、朝食を作り、ビデオをつける。息子をテレビに向かって、起こす。起き出すと、ビデオの前に、自分の朝食をおき、旦那にも。新聞を読みながら朝食を食べる夫、彼女は、ビデオに写る息子を、うっとりと眺めている。
 夜は、すき焼きを一人で。ビデオに写る息子も、すき焼きを食べている。彼女は、ビデオの息子と一緒に食べているつもりのいなっている。
 おかしくて、笑ってしまった。おもしろい発想。

日本名の作品


日本名のアーティストの作品が、MOMAには、ちょこちょこ見られる。アメリカンと書いている人の方が多い。

MOMAを出て、ホイットニー美術館に。今日はいつもよりも遅く、7時半を過ぎていた。マジソン通りに出て、バスはすぐに来た。
ホイットニーは、待っている人がいなくて、すぐに入ることがで来た。



凄く、凄くラッキーだった。
ここは、ホッパーの作品を沢山所有しているので、有名な美術館だ。けれど、いつもは、5点くらいしか展示していない。

ホッパーの「バーバー」初めて見た。
 今は、「ホッパーとその時代の作家達」展をしていた。何年かに一度のこと。

太陽に向かって

 ホッパーの作品が、沢山出ていて、初めて見る物も。以前に一度、こういう企画を見る事が出来た時に派、出ていなかったもの。写真禁止の美術館、最後に、カメラを向けている人がいて、私も。二枚撮れました。盗み撮り。

アパートに帰ると、10時を過ぎていた。
 ヌボーワインを空けた。

   

Posted by アッチャン at 02:29Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月27日

周辺は、移民の町


トーマスのマフィン


 シタデラというスーパーで買って来たマフィンは、トーマスというメーカーで、アメリカに来ると必ず買うメーカーのものだけれど、6つ入りのものが、シタデラでは3ドル20セントだった。値段が上がったなあ、と思っていたら、アパートのすぐ隣にある、スーパーで、12個入りで、バーゲン2ドルで売っている。品物が違うかもしれないが、どうみてもよく似ている。
 「シタデラで買って、クイーンに帰る人はいない。」と息子が言った。

アパートを出て

マンハッタンの住人と、川を越えて、周辺に住む人達とには、ステイタスが違って、別世
のよう。マンハッタンは、独身エリートが多い。郊外は、家族持ちが多い。息子が、同居しているアパートは、フォレスト、ヒルの隣駅で、ケネディー空港まで、市バスが出ている、キューガーデンという場所。一軒家と広大な公園、広い道路、空気は澄んでいて、気持ちが良いが、白人はほとんどいない。白人といえば、ロシア系ユダヤ人が圧倒的。
日本から、ニューヨークに来て、住まいを探す人達は、マンハッタンほどの高級街を借りる余裕のない場合、このあたりを撰ぶ人と、ニュージャージーを撰ぶ人に別れるようだ。日本の企業から、派遣される人は、ほとんどニュージャージーに住んでいる。




 彼女が働いている不動産のボスは、ロシア系ユダヤ人で、兄弟でやっている。ユダヤ人達は、豪邸を持っていて、全体が公園になっているフォレストヒルは、ユダヤ人の国のよう。
この周辺は、ユダヤ、イスラム、黒人にヒスパニックなどが、集まっていて、 彼らは、彼らの居心地の良い町をそれぞれ、周辺に造りあげた。移民達が住んでいる。
 クイーン地区は広大で、韓国タウン、中華タウン、はマンハッタンよりも、本居地で、物価が安く、食料品も豊富だ。

バスを待人達

モールと、デパートがある、駅には、スラッタリータウン、という別名がついている。
聖書に出てくる、スラッタリーは、ユダヤ人の奴隷。

地下鉄駅を上がった所、

 地下鉄の中で、中国人の孫に、車内でおしっこをさせているおじいちゃんらしい人がいた。しきりに扉の方に、足で、流さそうとしている。
 せめて、止まった駅の構内で出来ないのか、そういう配慮は浮かばないのだろうか。
尖閣で、日本人の中国感が悪くなっているが、どこでも平気で不作法をまき散らしている。 誰も何とも思っていないだろう。無関心なご様子。  

Posted by アッチャン at 14:44Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月26日

感謝祭

  

アパートは静かになった。フロリダのオーランドに3人は、朝早く出発した。
重いリュックを背負って、キャリーバッグを両手に持って、
子供と奥さんに、家庭サービスする、亭主のようだ。

 去年もサンクスギビングにやってきた。3人が旅行中、猫の世話に」やってきた。1年が経つのは早い。昨年も雨だった。
 彼らを送って、また寝てしまった。気がつくと、10時、午前中で店が閉まるというので、スーパーに水を買いに。今朝、すっかりなくなっている。水がすごく重いので、いつもは、息子が買いに行く。


 

 昨年は、トレーダー、ジョーというスーパーが、アパートから近いと彼女から聞いて、真っ暗な中、枯れ葉を踏みながら、歩いて行ったことをおもいだした。
 店は閉まっていた。あまり遠いので、帰りはバスを待った
昨日、連れて行ってもらった、モールが、サンクスギビングにめちゃくちゃ安くなると言われて、午後、雨の中を出かけた。
 紅葉がまだ残っていて、美しい景色をまだ、保っている。雨が雪よりも冷たい。
アパートの中は暖かいので、少しの間、気持ちが良く、すぐに、体中が寒く感じられ、鼻が痛くなる。手が凍える感じ。



ニューヨークに 来て良かった、素敵な景色を見ながら、ラッキーだった、そう思った。
地下鉄に着くと、あまり人がいない。
 モールやデパートが、マンハッタンまで行かなくても、ここにそろっていると、昨日、彼女は車で案内してくれた。
 地下鉄駅につくと、人はまばら。寒いので、身体が冷えて、トイレに行きたくなっている。デパートは閉まっていて、モールの入り口も閉まっていた。
 サンクスギビングデーの休み。トイレに行けずに、我慢して地下鉄に。アパートまで必死の我慢。せっかく治っている、膀胱炎がまた悪くなるのでは?



 アパートでトイレをすませ、まだ早い時間、この近くで、まだ開いている店を探す。ワインの店が開いていた。
マンハッタンのワイン屋で、ヌボーワインを買いたかったのだが、スーパーの買い物とワインを買って、アパートまで帰れないので、やめた。
同じワインを買って、白ワインのビッグサイズ、少し値段を張り込んで、一緒に買った。
まだ、5時だというのに、あたりは真っ暗になっている。
甘い物が食べたくて、アパートの向かいにある、ドーナツ屋に入った。今まで、甘過ぎそう、油すごそうで、アメリカで買ったことがないドーナッツ。日本でも同染みの店、日本のテレビで、ベスト3のドーナッツを紹介していたので、買って見たくなった。



一個95セント、一番カロリーの低い定番のものを買った。5セントのおつりを待っても、くれないので、1ドルなのか?と聞くと、そうだと言う。わからないと思って。

アパートに帰って、早速味見。軽くて柔らかく、美味しい。イズミヤで、いつも沢山人が座って食べているのは知っていたけれど、買ったことがなかった。
 昨日、昼食代わりに、モールにあるスターバックスで、バナナケーキとコーヒーを頼んだ。バナナケーキがすごく美味しかった。ナッツが入って、甘くなく、大きなのをペロリ。



スタバでケーキを食べたのも初めて。皆、食べているはず。美味しいもの。疲れているので、甘い物がほくてたまらない。食べ始めるとくせになる。コーヒーだけでは我慢できなくなっている。
昨日の味をしめて、ドーナツも買ってしまった。
 
  

Posted by アッチャン at 12:34Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月26日

ニューヨークに暮らす人

  


 息子がニューヨークに一緒にやってきた彼女と、すぐに別れて、一人暮らしをしてい、そのわずかな時期を、ニューヨークに来て、マンハッタンで暮らしていた 頃が、ニューヨーカーっぽい体験が出来て、最も、ニューヨークを楽しめた。その頃がいつもなくかしく、メトロポリタン美術館に行くと、その界隈に足が向く。
 イーストアッパーストリートと呼ばれている界隈は、カジュワルで美的センスの漂う所、近くに、メトロポリタンを中心にして、幾つものニューヨークを代表する美術館が、点在している。



 マディソン街で、ウィンドーショッピングをしながら、メトロポリタンに行き、帰りには、再び、アインドーショッピングでぶらつきながら、よく買い物をした、アガサという高級スーパーを覗き、ハムや総菜を買い、地下鉄の
77番地の近くにある、サンドイッチの店で、べーグルを買い、そしていつも買っていた、ワインの店に。
 昨日は、メトロポリタンの帰りに、シタデルという、やはり高級スーパーで野菜などを中心に少し買い物をした。
 感謝際を翌日に迎えて、店内は人でごった返している。
特に何がなくても、このスーパーは、仕事帰りの人が多い。できあがりのデリカテッセンを買って、アパートでワインを飲みながら、くつろぐといううのが、定番になっている人々がほとんど。
 私も、明日からは一人になる。アパートになかったバターや、大好きな、マフィンに、新鮮な野菜に加えて、クラブケーキを2個買った。
 アガサにしても、シタデルにしても、高級感のある、スーパーは、買い物袋にもなりうるような、立派なビニールの買い物袋に入れてくれる。
 食品の値段は安くないけれど、アパートに持ち帰って、向かいで買った野菜と比べると味も香りも格段と違っている。



 会社のそばにある、ジムに通い始めた息子が、夜8時半頃に帰るというので、私もその頃にアパートに帰った。
 同居している、ガールフレンドは、女の子の母親なので、生活は、子供中心で、
シングルマザーの5歳になる女の子のベビーシッターも引き受けている。子供達は、一緒に宿題をし、遊び、喧嘩をしたり、賑やで騒々しい時間が、7時半くらいまで続く。息子はきっと、この時間を避けたいので、会社の側にあるジムに通い始めたのだろう。
 息子が、これほど子供好きだったのか、と感心させられるが、彼は本当によく、子供達に付き合っている。息子が子供なのだろうか。




 昨日は、一日中でなかったので、私も、子供達と一緒にアパートにいた。
 日本で暮らしていた、5歳の女あの子は、お母さんが、仕事を決めて、落ち着いたので、日本からやってきた。英語がわからないので、学校に入学したけれど、まだついていけない。
ガールフレンドは、一人娘にも、姉妹教育になるから、と預かることに決めた。
 彼女も、預けながら、子供を育ててきた。ベビーシッターは、時間給が20ドルという。学校に行くようになると、下校時までは学校が預かってくれる。アメリカでは、5才で入学できるが、13才までは、家に一人でおけない法律になっている。大人が、一緒にいて、子供を保護していなければならない。
だから、ベビーシッターという仕事が、一般的になっているし、時間給も高いのだろう。


働きながら、子供を育てているシングルマザー達は、子供を預ける為に働いているようなもの。父親が、養育費を出し、子供に愛情を持って、両親の所を行きしながら大きくなっていく子供達は、幸せだけど、父親が子供を認めず、別れて、一人で産む女性達も多い。5歳の女の子は、白人のアメリカ人との間にでで来た子なので、色が白くて、お人形さんのように、可愛い。こんなに可愛い子供を見ても、父親の心が動かない、そういうアメリカンが多いのだ、とか。

黒人の父親を持った、子供の方が、愛情深く育つ場合が多いかも。息子達と同様に、休暇でブラジルに遊びに行く父親が、その前に、娘に会いたいと、迎えにやってきた。レストランで夕食を一緒にする。 毎週、父親と週末すごし、教育熱心な父親がバイオリンの教師も探して、娘に習わせている。休みは、祖父母の家で、甘やかされて育っている。
二人を見ていると、同じ子供なのに、子供達の環境は、経済的にも、精神的にも、肉体的にも、随分違っている。
 それぞれに、しょっている荷物は違っていて、その中から生み出す、人生も全く違ったものになっていくのだろう。良し悪しではない。良いは、悪い、悪いは良いのだから。  

Posted by アッチャン at 05:05Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月24日

ニューヨークに

 



http://www.canadiantenors.com/
http://www.universal-music.co.jp/classics/artist/canadian_tenors/index.html



なんとか、無事にニューヨークに着きました。
飛行機の中で隣に座った、男性が、風邪を引いて、くしゃみと時折咳をしている。
免疫低下中の私は、風邪をもらわないかと冷や冷や。
抗生物質を飲んでいるので、私は好きなワインをいただけない。
隣の男性は、赤ワインがお好きで、次から次に銘柄を変えて、がぶ飲み状態。
その上、ウィスキーとコニャックまで、ちゃんぽんで、上機嫌のご様子だった。
 ところが、しばらくして、咳が止まらなくなり、吐かないかと、別の冷や冷や。
空席は一杯あるのに、なんで、こんな男が、横に座っているのだろう。運悪いな、とウンザリしていたら、サンフランシスコに到着するのが、遅れて、間に合わないのでは、と冷や冷や。
 外に出たのは、乗り継ぎまで、1時間を切っていた。サンフランシスコでの入国は、時間がかかる。待っている列の人数は少なかったけれど、厳しいチェックを受けてる人が、長くチェックされて、第二審査に回された。
 私の番が来て、帰りの予定も見せ、乗り継ぎに時間がないというと、手早すませてくれたので、助かったが、荷物を一旦取らないとでられない。
 私はプライオリティーなので、荷物が先に出てくるように手配されている。
 荷物がでると、大慌てで、乗り継ぎの便への受け取りまで持って行った。
 急げ、急げ、といわれて、ビジネス用の列から検査を優先的に通り、やっ間に合った。心臓が激しく鼓動を打っていた。
 乗り継ぎ便は、何が起こるかわからない。直行便だと、時間がかかっても、安心していられるから、成田からでも、日本から直行で行ける飛行機会社を使った方が楽だろう。
ニューヨークまでの飛行機の中で、ビデオを借りた。
   カナディアンズ、テノールという、4人のボーカルが素晴らしかった。ネットで調べたら、世界のセレブが絶賛しているとのこと、日本にも、この10月に来ていて、CDが発売されていたので、お知らせ。
     

Posted by アッチャン at 07:16Comments(0)ニューヨークにて

2010年11月21日

 免疫とストレス

 

   

  友人のブログを見ていると、本当に楽しそうだ。楽しいと、ストレスも貯まらないだろうな。

 免疫が落ちている時には、菌に抵抗力がないので、身体は、悪循環になるようだ。

  年のせいもあるけれど、そうでもないとも言える。

 体重が落ちて、若かった頃の体重に落ちてくると、その頃に悩まされていた、病気にかかるようになっている。

 昔は、免疫が低下しているとか、ストレスの性だとか、と言う言葉は飛び交っていなかったけれど、

 あの頃は、痩せていて、医者との縁が切れなかった。

 元々、子供の時から、学校を病欠していた。虚弱体質と言われ、アレルギーが酷くて、目医者さんにアレルギー性のがんけんで、年中かかっていたし、風邪をこじらせて、気管支炎と肺炎に。

病気になると、母は優しくしてくれる。学校にも行かなくて良い。

 家にいるよりも、学校の方が楽しい学友もいたが、私はどちらかと言えば、気分的には、登校拒否タイプ。

遠足が近くなると、気分が落ち込んで、学友の中に、入れてもらえない、お弁当を1人で食べるのいやだな、行きたくないと思うほうだった。学芸会も、運動会も嫌い、体操は、見学が多かった。


 そういう性格は、今も対して変わっていないかもしれない。人付き合いは、苦手なほうだ。


痩せて、神経質な子供が、結婚して、子育ての時期は、家族関係がストレスになり、そこに、暮らしの経済も、良くなかったので、医者通いが絶えなかった。


 冬は寒冷蕁麻疹に悩まされた。洗濯物を干そうと、庭に出ると、寒冷地なので、耳から顔にかけて、でている所がかゆくなって、真っ赤に腫れた。膀胱炎が、何度も起こって、慢性化したことも。神経性下痢にも。

 結婚するまでは、ひどい生理痛で寝込むほど。目にはめばちこ、胃がいつも痛くて、風邪は毎年、何度も、良く熱を出し、歯医者も年中、耳鼻かでは、外耳炎。


そういう風だったのに、いつの頃からか、我が道を歩き始めると、病気はすっかりかげを潜め、元気になっていた。それに比例して、体重も増えて、ついに、脂肪肝と高脂血症。


 お酒を控えて、食べることも控え、ビフィジス菌と食物ファイバー、良いと言われるサプリメントを片っ端から飲んでいたら、元の体質に戻ってしまったかのように、ボチリ、ボチリと悪循環に入りつつある。



 精神修養が足りない。インドのヨガは、身体と精神を結ぶつけ、どんな状況にあろうとも、いつも安定した平和な精神を得ることが出来るうになるための修行だそうだ。

 ヨガでなくても、座禅も、お経を読み上げることも、全ては、精神の苦痛から解放されて、心と身体は一つに結ばれる為の修行だろう。


 楽しんでいる友人は、心と身体が一体となっているに違いない。

 精神的に弱い人間である、私がせめて出来ることは、自分に制限をかけないこと。

 外から、否応なく押し寄せてくる、悩みや、心配事をはねのけるだけ、人間が出来ていないのだから、
せめて、食べたいものを制限なく食べて、飲みたいときには、飲んで、自分へのたがを外すことしか出来ないのだけど。  

Posted by アッチャン at 16:35Comments(0)

2010年11月21日

『大奥」

 
 

松竹座の11月公演は、「大奥」を上演中、浅野ゆう子が、滝川に扮して、貫禄のあるところを見せていました。
 テレビでも放映していたようで、結構人気が高く、入りが良いのに、ちょっとびっくりした次第です。豪華絢爛な衣装も見所とか、着物を翻して、大げさな身振りをする度に、観客席から、声や拍手がわいているのですが、テレビの番組を見ていないので、さっぱりその面白さがわかりませんが、テレビでは意味があるのでしょう。
 でも、まあ、『大奥』は、昔から、テレビでヒット間違いなしのドラマですし、映画化もしているのですから、相当の人気番組に違いありません。
 皆さん、真剣に見ておられるようで、私は退屈しながら、あくびばかり連発していた次第であります。後ろから、すすり泣きか、はたまた、風邪で鼻をやられているのか、定かではございませんが、ズルズル、グシュグシュ、漏れ聞こえて来るのが、気になって、お芝居に入り込めません。咳のゴホンゴホンも聞こえて来て、やばいぞ、免疫落ちている所に、インフルエンザを引きこんでは、と、持参したお茶で、喉のうがいをしたりしながら、幕間に何を食べようか、そればかり考えていました。
 先日テレビで見た、ハンバーグが美味しそうだったので、『ハリ重」のカレーハウスで、最上のミックスランチを注文しました。


 他の客の注文品は、早く出てくるのに、ミックスランチは、時間がかかって、幕間に食べ終えることが出来るかと、少々イライラ。
 ハリ重のレストランと、同じ厨房で作っているので、味は美味しく、値段はレストランよりも、ずっと安いので、これはお勧めです。
 久しぶりに食べる、エビフライの美味しいこと。ハンバーグも柔らかくて。
 食後にデミタスコーヒーがついて、1300円。

 幕が下り、アンコールが長々とありました。帰りに、1000円カットの店を覗くと、空いていたので、つい入ってしましいました。以前にかっこよかったので、ここでちょっと揃えてもらえば、これでアメリカに行けるから。時間がないので、カットせずに行こうかとも思っていたのに、やめておけば良かった。
 ひどい頭になってしまいました。 

顔に皺も増えたし、もうこれ以上やせては いけないと、脂肪も取るようにし、食べるものも、しっかり食べているのですが。
思い出して、体脂肪を計ろうと思ったら、電池が切れていました。翌日電池を買って、いざ、計ってみたら、これがびっくり仰天です。

今まで、どうころんでも、30以下にならなかった、体脂肪が、23になっていました。お顔の測定で、脂肪がたりません、と言われたはずです。

  

Posted by アッチャン at 07:23Comments(0)演劇

2010年11月15日

吉田堅治画伯の画業を讃える会と作品展

 

 
 お知らせがあります。
来る、11月21日(日曜日)PM、4時30開催

 吉田堅治画伯の画業を讃える会&作品展

 が、池田のカルチャープラザ(元 生涯学習センター)で行われます。

 参加 自由 入場無料です。

 吉田画伯の絵画に、興味の有る方、吉田さんにまつわるエピソードなどと、作品をご覧になられる機会ですので、お時間が許せば、おでかけください。

 パンフレットを入れたかったのですが、このブログでは、大きさ制限があって、試みても入らないのです。

 会場は、阪急石橋から、徒歩10分と書いています。





会場に、作品展も開催していますので、大きな作品もご覧にいただけると思います。
お知らせまで。 
   

Posted by アッチャン at 13:56Comments(0)art

2010年11月14日

 身体のリズム

  


この所、身体の調子が悪くて、朝、なかなか起き上がることが出来ない。
 プールで泳ぐと、鼻炎が酷くて、くしゃみと鼻水がだらだら、次の日の夕方くらいまで続く。
 最初は、風邪だろうと思っていたので、医者で風邪薬をもらった。良くなって、プールに行くと、またぶり返し。塩素のせいだとわかった。しばらく泳がなかった。
 よく顔を合わす人が、乾燥室で一緒になった。
「いつも同じ時間ですね。」と声をかけられた。
 その人も、二時間の間に、泳ぎと、ジャグジーでのマッサージとお風呂という行程で、私と同じ時間ですませている。
その人から、鼻を洗うと鼻炎は起こらないのでは?と教えてもらったので、
泳いだあとで、痛いのを我慢して、冷たい水で鼻を洗ったが、夜になると、やはり同じ。鼻炎がひどく、医者にもらった薬を飲んだ。
ドライアイも酷い。ドライアイが酷いと、肩が凝って頭痛が出てくる。
思えば、この季節、毎年、医者に走っている。季節の変わり目、寒くなる11月と、4月から5月にかけて、体調が崩れることに気がついた。
こういう時を、免疫が落ちている時、というのだろう。
様々なサプリメントや、健康食品を使っていても、同じなのだな、と思う。
身体のメカニズムが、季節と共に行動している。頑固に、律儀に、よく働く。その効力は、年と共に、力を増して行く。

寒くなると、身体の免疫力が低下する。お風呂でゆっくり暖めると良いと聞く。
確かに、湯船に浸かっていると、ドライアイが楽になる。頭痛が消える。うっとりするくらい気持ちが良い。しばし、ホットする。

『お風呂の給湯器を変えたほうが良いですよ。さびが出ていますから、いつ故障するかわかりませんよ。」

ガスの点検に来た人に脅かされた。
『家のお風呂は、あまり使っていないのですが。」
『関係ないのです。年数です。10年過ぎていますよね。何時変えてもよいくらい。」

まだ、動いているのに、変えるのは勿体ない。このさき、1年か2年使えるかもしれない。冬の間に、冬を無事にこなして、半年かもしれないけれど、故障するまで使った方が良いと思う反面、ひやひやものでもある。爆弾をかかえながら、湯わかしと使い、風呂を焚く。
変えた方が、ずっと安心なのだが、給湯器の寿命も大切にしたい。
 

   

Posted by アッチャン at 13:46Comments(0)日々の事

2010年11月13日

友人のメールから

 


携帯に、友人からのメールが入っていた。
友人のお父さんが亡くなられたとの知らせだった。
、日曜日に、入院中のお父さんを見舞って、側に
寄り添うことを 毎週かかさず続けて来られた。入院以前には、
毎週、土日にお父さんのマンションに泊まって、便の世話をして
来られた。
91才で、老衰だというから、これ以上は、なすべくもなかったとはいえ、
その悲しみの深さは、年齢や寿命とは関係ないだろう。
 寄り添い、悲しみを分かちあう、家族がいることは、大きな支えになると思う。
 悲しい時こそ、孤独でいることは耐え難い。私は?と思うと、考える余裕もない。
 人間は、皆、この道を免れるわけにはいかない。やがて来る確かな道なのだけど、
そのことを考えないでいるから、今日も暢気に生きていられるのだ。

 いつまで生きられるか、わからない、死期を覚悟しなければならない人でも、今日、笑って、楽しい会話を交わして居る時には、きっと、癌の事は、頭から消えているはずだ。 忘れているから、笑っていられる。楽しい、と感じていられるのだ。

その時間を、私は永遠の時間だ、と思っている。

 現実が、どれほど辛く、苦しいのものであっても、笑っていられる時間がある。人間は決して、悲しみの中に、生きているものではない。悲しみに埋没してしまったら、生きる力は失せるのだ、と思う。
どんな状態の中にあろうとも、それを忘れ、笑っていられたり、話しあい、語りかけている時間があればこそ、生きているのだと思う。生きている時間、それは永遠の時間なのだ、と思う。

母は、金曜日の音楽療法が終わって、ホームの入居者達となにやら話をしながら、エレベーターの前で、笑っている。

 私が来たのを、窓の間から、見つけたらしい。扉を開けてもらうと、母は笑って、『良く来てくれたわね。」と喜んではくれるものの、部屋に入ると、すぐに、私が帰ることを心配して、泊まって行くように、と何度も繰り返す。そうでなければ、すぐに帰ることを心配する。今来た所よ、と言っても、暗くなるとあぶないから、と送り出そうとする。
 そのうちに、母は心配のあまり、怒り出す。
「こつんとやられて、死んでしまうから。」とか、「車にひかれて死んでしまう。」とか、
 『家で1人でいると、あぶない。強盗に襲われる。」

 母は、死んでしまうことが、恐ろしくてたまらない。おそらく、1人部屋にいると、死ぬ恐怖に襲われるのだろう。死期が確実に近づいている、ということは、年老いた母に派、紛れもない事実として、思考の憂鬱な時間だ。

母は、死ぬ前に、家に帰って、しておかなければならないと、絶えず、タンスの中の整理を繰り返し、ボードの写真を外したり、部屋にいる時は、考え、そして夢中になって、作業をしている。

 私が行くと、母がダイニングルームで、百人一首や、風船あげ、塗り絵に、ちぎり絵など、ホームの入居者や看護師さんと、楽しそうに、笑っている姿を、そっとわからないように、外から見ていることが多い。
 母はそういう時は、本当に楽しそうだ。そのこと事態、すぐに忘れて、記憶にとどめることは出来ないのだけど、それが、母から、死を遠ざけ、生きている喜びに浸ることの出来る、永遠の時間なのだ。

 私が母を心配するよりも、遙かに、母は、私が一人でいることを心配してくれている。それほど、母も、一人で部屋にいて死について考える時には、孤独を感じているいるのだ。死ぬことへの恐怖も抱いているのだろう。

 

 あうんの呼吸は、あははと笑って、話しをすること、生まれることであり、口をつぐんで、息を止める。思考することでもあり、死することでも。  

Posted by アッチャン at 14:09Comments(0)日々の事

2010年11月10日

ホームセンター『コーナン」


  


コーナンに初めて行った。安いのでびっくりした。
近くの比較的大きな建材店で買った、煉瓦色のブロックと同じものはないか、と行ってみた。
なんと、値段が、以前に買ったものの半額で売っていた。
ネット業者でも同じ値段で売っていたけれど、砂利石を30キロ袋入れて、配達料を聞くと、8千円だと言われ以前から、話には聞いていた、コーナンを探して、やってきた。
30個配達してもらったら、いくらだと聞くと、コーナンでも、1500円くらいだ、と言われた。
 カートに入れて、車で持ち帰ることにした。40個ほど買った。
花と野菜の土は、20リットル袋が、これもめちゃ安、198円で売っている。
イズミ屋で、400円くらい、建材店で330円だったので、喜んで6袋買っていたのに、コーナンという所では、その半額、嬉しいやら、失敗したなあ、と悔やむやら。
 カートで、車に積むことまでは、それほど労力を使わずに行けたが、家につくと、階段がある。
 安いので、幾つも買ったのは良いけれど、すでに暗くなった中、重い荷物を持って、階段を上り降りするのは、欲と道づれ故に出来ること。

 運び終わった時には、肝心の庭仕事に余力がなかった。  

Posted by アッチャン at 09:10Comments(0)日々の事

2010年11月10日

 飽き性な私

 
 

 毎日、毎日、庭の土を掘り返している。庭の芝生を、根っこからもぎ取って、花木を植えるスペースを広げる作業をしている。
 始めた頃は、一日に一時間くらい、庭に出て、土を触ると、気持ちが良くて、るんるん気分だった。
 三日坊主よりは、もう少し、長く続いて、10日、そろそろ飽きて来た。腰も痛くなって来た。そろそろ潮時かも。
  駅までの道、家々の庭を見て歩くと、手入れの行き届いた庭に関心する。
毎日、少しづつ、継続が大事なのは、わかっているけれど、本当に好きでなければ、続かない。
 ひょろひょろのコスモスが、我が家の庭に、栄養失調の花をつけて、風に揺れている
でも、様になっている。
 花の土と、苗木を何本か買ってきて、植えた。煉瓦で、芝生の土止めの最中だ。
小さいと思っていた庭なのに、結構広い。
ほっておいても、良く育つものばかり選んで植えた。ローズマリー、ラベンダー、あとは、宿根草を何種類か。

球根を買ってきて、埋めておこう。春になって、勝手に芽が出て、咲いてくれるかもしれない。

だんだん、イージーに、怠け癖が出て来た。
私のすることって、こんなもの。中途半端。

毎日、こつこつ、手を入れてやらなければ、庭は答えてくれない。
飽き性の私には、向かない作業だ。

毎日、かかさず、ブログを書いてる人はすごいな、と思う。
 ある人に聞いたら、一日仕事だ、と言っておられた。
そういう人は、何をやっても、手抜きがない。  

Posted by アッチャン at 08:45Comments(0)日々の事

2010年11月06日

天六の奄美大島料理「ていだ」

 

http://r.tabelog.com/osaka/A2701/A270103/27009167/

天神橋六丁目を、天六と呼んでいました。子供の頃、大晦日の夜に、母は私を連れて、お正月の買い物に行くのは、決まって、天六の商店街でした。
 昔は、夜通し、賑やかだったと記憶しています。
 家中の畳を出して、叩いて埃を出し、暮れの大掃除をすませ、庭の桐の木の下で、お餅つきをします。
 会社の製品である、オイルバーナーで餅米を炊くようになると、早く蒸し上がって、次から次に手っ取り早く、餅つきをしていかないと、間に合わず、休んでいる暇がなかった。 こもちを作っている暇もなくて、次のが上がってくると言われると、ネコと言っていた、餅をだらりと横長に伸ばして、次のお餅に備えるという忙しさでした。
餅つきに当たる人は、会社に勤めている人達なので、父や祖父がへたることはなかったのですが。
 お正月のおせち料理も出来上がって、年末の仕事が全て一段落するのは、大晦日の夜中近く、天六の商店街は、大勢の人でごった返しています。
 母は、天六で、家族の為に新しい肌着を買い、子供達の晴れ着を、値切って買うのです。私は子供心に、母が、値切るのが恥ずかしく、嫌だった記憶が抜けません。

松茸とトフのオムレツ

その天六の近くに、「ていだ」という奄美大島料理の店があります。
そこに、仲間達と行って来ました。
 食べろぐ、人気店で、土曜と日曜には、ライブがあります。
沖縄の人達は、すぐに踊り出すのは、妹の娘の結婚式でも周知していますが、この店は、夜ごと、店の人も、お客さんも、飲んで、騒いで、踊る、陽気な店です。
お料理は、沖縄料理だけではなく、無国籍に様々なものを用意しています。どれも美味しくて、安い。
 私達は、ライブの前の一等席に座っていました。大人数の団体用に、座敷には、長いテーブルが、二列に置かれていて、その夜も、徳之島出身者達が、団体で来ていました。
 テーブルの間の狭い通路を、ほとんど全員の人達が踊りながら、廻っていく。
勿論、私もブレイク。ストレス発散には、もってこいの居酒屋です。





天六の商店街筋は、大阪の下町の親しさを肌で、感じられる場所です。
顔なじみも、新入りも、なんのてらいもなく、普段着のまま、ずかずかと入って行ける町、暖かく人を受け入れてくれます。

 母が、昔、若かった頃に、『負けて頂戴」「もうちょっと安くならない?」「なんぼやったら買うわ。」 商売人とのかけひきを、楽しんで、安い買い物だと、幸せな気分を持って、お正月を迎えていたのだな、母の生き生きとした顔が、懐かしく、暖かく胸をつく、郷愁の天六商店街の、裏通りにある、ほっとなライブの店でした。  

Posted by アッチャン at 14:49Comments(0)旅のグルメ

2010年11月05日

 小沢さんが、ニコニコ放送に。


 


小沢さんは、一昨日、ニコニコ放送に出演して、一時間半にわたって、出席者とメールで寄せられた、視聴者からの質問に、誠実な対応で、率直に、自らの考えを述べた。18万人がインターネットを通じて、参加した。
 尖閣列島問題で、小沢さんは、船長を解放すべきではなかった。解放するのなら、政府の見解において、こういう理由で、解放したと、政府の判断によるものであることを明解にすべきであった、官僚である検察の判断等、とんでもない、法律違反で、そのような権限は官僚にはないのだ、と述べた。
小沢さんは、内心、管総理を始め、各閣僚が、自分の判断で物事を決定することが出来ないのを、憂慮を持って、心配しながら、見守っている。
 自らの判断で、決定し、その結果については、政治家が責任を取る。それが、本物の政治家というものだ。
 管総理以下、未熟だけでは、すまされない、政治家の資質そのものに問題のある、大臣達が、管政府を支えているのだから、大海に揺れ、今にも帆が折れそうな状態で、喘いでいるとしか、私には見えない。
そういう政府の、だらしない対応に、助け船を出した、人物が、おそらく海上保安庁から出た。
 問題のビデオテープを、昨夜、ユーチューブで、世界に流した。
アメリカとも、中国とも、日本が対等な関係として、これから付き合っていく覚悟が出来ていれば、まず、事実を明らかにすることは、政府の責任においてなされるべきだった。中国の顔色に、一喜一憂して、中途半端で、後手に回る対応しか、出来ず、政府は、全く責任を取らなくて良いように、政府は関知しないと言い張った。 そういう政府を見ている、ロシアの最高責任者が、北方領土に初めて、土足で踏み込んだが、それに対しても、毅然とした対応がとれない。
なめられているとしか言いようがない。
 
小沢さんの言うように、管総理を七〇パーセントの国民が支持したのだ。管総理には、あなたのやりたいようにやれば良いのだ、と小沢さんは、管総理に言ったという。そして、その結果は、管総理が責任を取ればよい、と。

それが出来ない総理を選んだのは、国民だ。
以前から、私は前原大臣の政治家としての資質を疑っていた。小沢さんを公然と非難していた、同じ態度で、中国の非難を、公然とやる。公然とやるけれど、責任を取らない。相手が悪い、自分は間違っていない、では外交にならない。
こういう資質が、管政権を支持した議員や閣僚達に多い。似たもの同士が寄り合うというのだろうか。

小沢さんを、国会に引き出すことを、野党が要求している問題についても、小沢さんが、総理で逆の立場であったなら、自分が矢面に立って、要求をはねのけ、これは司法にゆだねられた問題でるから、立法が介入すべきではない、と野党を、理で説得したにちがいない。
与謝野さんは、「私的裁判で、リンチに等しい。小沢さんを出させるべきではない。」と言っている。それが正しい見方なのだ。与謝野さんは、堂々たる政治家の数少ない1人。

国民に支持された、菅総理が、自ら選んだ、閣僚達で成り立っている、今の菅政権が、世界中から、軽視されて、なめられているとしたら、その代償を払わされるのは、国民なのだ。
国民が、責任と自覚を持って、政治家を選ぶことが出来なければ、結果は、悲惨な結果に終わらざるを得ない。

人を攻撃し、自分を正当化する人ばかりの世の中になっているのではないか、自分勝手な人間が、多数を占めるようになっているような気がする。

菅政権を批判し始めた、国民の七割が、ついこの間、支持していたのだ。

小沢さんは、逃げも隠れもしないけれど、黙しているのは、管総理と菅政権が、国民の為に、何を決断し、何をやるのか、出来るのか、民主党の議員として、信頼して、見守るべきだ、と考えているから。国民の七割に支持された、総理なのだから。総理の権限は最も大きい、何でも出来る、国をどう導くのか、総理に課せられている。総理が課せられている事は、国民に課せられているのと同じ事なのだ。  

Posted by アッチャン at 12:32Comments(0)コラム

2010年11月03日

阿吽坊

 阿吽坊



http://blog.aunbo.com/info
京都の高台寺を少し下がった通りに、有機野菜を健康的に食す、という目的の料理屋さんがある。阿吽坊、あうんの呼吸から取ったな名前だ。

京都に旨いものなし、というのは、昔の話で、美味しい店は沢山あるけれど、値段の安い店は、少ないかもしれない。
アブダビからやってきた、女性は、円高もあって、何でも高い、と言いながらも、毎日、買い物に余念がない。




高台寺の近くまで、タクシーでやっていると、彼女は、夜の祇園町界隈の神秘な美しさに魅せられたようだ。また、改めてこの辺を歩きに来たいと。
大柄な彼女が、気に入って買ったという、しぼりの羽織を着込んで、夜の会食。
 日本食が大好きで、日本人以上に、日本通。生魚も、香味野菜も、なんでもオーケー。お箸の使い方も、日本人よりも上手だと、感心する人、しぼりを教えようと、英語を駆使して説明しようとする人に、彼女はすでにわかっている。ああいう手法は、どこにもあるようだ。



 お料理は、精進料理ではなく、魚を加えて、野菜をメインにした、創作料理で、料理人で経営者は、お坊さんのお兄さんだとかで、やはり、お坊さんだったのかも。
アブダビの女性と白ワインを注文したら、札幌のポレールで、私には、甘過ぎたけど、彼女は気に入っていたようだ。

お料理の味は、私には、まあまあ、だった。沢山の人が参加して、話の方に、気を取られていて、実際の所、味がどうだったのか、あまり印象がないのだ。




料理は、この店の一番良いものを、特別に出してくれていたに違いない。次から次に結構な品数だった。最後に出たまったくご飯も、沢山まったけがはいっていた。



会費は、1人一万円、いつも仲間と集う、料金の倍額くらい。京都だから、このくらいで、平均的なのか、安い方なのかもしれない。



楽しかった、というのが、貴重なのだし、知らなかった所に、体験させてもらったのも、幸せだった。
店内は、一杯で、人気のある店のようだ。

   

Posted by アッチャン at 11:56Comments(0)

2010年11月03日

魅力的な人々



   錦市場


忙しい、1週間だった。京都に3日、夜遅く帰って来と、メールの文面で、寝られなくて、寝付けない夜が続いた。
 様々な、出来事が、一気に押し寄せてきて、何からブログに入れて良いのやら。

 京都の文化博物館で、二年に一度、個展をしている友人がいる。
一昨年は、ニューヨークから、彼女の親友が、個展に合わせて帰って来ていて、開催中、ずっと彼女と京都の旅館に泊まって、受付を手伝っていた。
 長年、ニューヨークで、仕事をし、マンハッタンでも、芸術の香り高い、チェルシー街にマンションに暮らしている、凛とした、優しい感じの人だった。
 最後の夜に、皆で一緒に、食事をした。ニューヨークに行けば、お会いしたいな、と思いつつ、2年が経ってしまっていた。
 友人に、彼女のことを尋ねると、すでにニューヨークを引き上げて、日本に帰って来られているとのこと。
 元気で医者知らずだった人で、体調を崩して、初めて医者にかかったら、病気が深く進行してしまっていたらしい。
 
 普段は、寝たり起きたりなのよ、と言いながらも、友人の個展には、電車を乗り継いで来られた。この機会に、ニューヨーク時代に親しかった人達や、長年会っていなかった親しい方々が、東京や、各地から来られた。

 大変な状態なのに、彼女は、淡々として、明るく、その優しさは、以前お会いした時よりも、遙かに輝いていて、私は、益々、その人のフアンになった。
 チャーミングで可愛い人、という形容がふさわしい。

ニューヨークから帰る時に、何もかもほとんどのものを捨ててきた。友人が作った、陶器だけは持って帰った、と言われた。
 長年暮らした、ニューヨークでも、思い出だけを、大切に持って帰られたのだろう。
 お洒落で、服装のセンスが抜群で、今回お会いした時にも、色合わせもパーフェクト。お母様の洋服を着て来られたのだとか。お母様も、お洒落な人だったのだ。

海外で、長年暮らした体験が、彼女を心の強い人にしたのか、海外に出て行く決意をして、そこで、様ざまな困難にぶち当たりながら、人間的な豊かさを身につけられたのだろうか、私の想像を超えることだけれど、「かっこよくて、素敵な人、魅力的な人」だ。

アブダビから、初めての日本へ来られたアメリカ人の女性は、やはり、友人の個展を機会に、急遽やってきた。
ガイドブックを片手に、1人で、京都だけを今回は、歩いて、京都を知る尽くそうという計画だ。

思い立ったら、それが絶好のチャンス、一歩踏み出す、心の軽さを持っている人は、自分にも、自由な空間を持っている。心のゆとりを持っているのだと思う。
その空間を、客観的に、包括することが出来るから、どんな境遇に遭遇しても、淡々と、明るく受け入れる、余裕があるのかもしれない。  

Posted by アッチャン at 11:21Comments(0)