2011年04月28日

 ひっそりとして、寂しくなった

  弟のお嫁さんと娘さんからの素敵なお花。


 雨もしとしと、がらんとした家の中にいると、歯が抜けたみたい。
 
 寂しいって、普段は思わないのに、何故か寂しい

 口げんかばかりする 成長しない 親子


 帰る日、朝から、友人も連れて、3人で 母のホームに会いに行くと言ってくれた。私にとっては嬉しいこと。


 

父のお墓参りも、忙しいスケジュールの合間に、行ってくることが出来た。
  雨の中を傘を差して、草を抜き、お墓を洗い、父の好きなコーラを備えて、息子はしばらく、立ち去りがたく見つめていた。線香が消えるのではと懸念したけれど、ずっと燃え続けていた。お墓にお花がないと、忘れられたような感じがする。お花を入れて、お墓らしくなった。


  息子は、父親とも電話で話をして、元気な声を聞くことが出来た。
 そのうちに、アメリカに遊びに行くから、とのこと、お母さんが、昨年の夏に亡くなられたらしい。
  
  
  時間は、止めどなく流れていく。
  

ホームに行くと、母は3階の談笑場で、お茶の時間だった。母は、若い男性が2人も来てくれて、嬉しそうだった。
友人は、建築設計の仕事をしているので、母のホームを見て、感心してた。息子も、ここなら、母が落ち着いて、幸せに暮らせると思ったようだ。
1人で暮らしていると、呆けるから、こういう所で皆と仲良く暮らしている方がと友人が言う。
サロンで、お茶をしながら、グループで談笑しているのを見たからだろう。母の
部屋も、館内も、世話をするスタッフも、好感度だった。

母と交互に何度も握手をしていた。私を家に送って、彼らは有馬温泉に出かけた。
 2人の布団を片付けて、洗濯を始めた。下着は、今日中に乾かないから持って帰ってもらおうと思っていたが、太陽が出て来たので、洗って干した。彼らが帰る頃までには、乾いているだろう。

  

 3人は、ビールを買って帰って来た。車だからお酒飲めないので、食事をせずに帰って来た。
 彼らが買ってきたビールも、私が買ってあったビールも、瞬く間に。残っていた食材で食べてもらって。
 新幹線で友人は東京へ。息子は飛行機で。息子が泊まる丸の内のホテルで待ち合わせて夜を遊ぶつもりらしい。
明日死んでも悔いがない、と言い切るのだから、親としては、何も言えない。

  余計なお節介や心配はしない方が良い。思い通りにならないのが当たり前、なったらおかしい。
   

Posted by アッチャン at 17:52Comments(0)日々の事

2011年04月27日

そば料理の店「侘び助」

 

母を迎えに行った。母の部屋は、誕生日のプレゼントの花で、明るくなった。

弟が予約してくれていた、そば屋に、弟夫婦と娘、妹夫婦、母と私の総勢7人での会席が始まった。
母を弟から離して、一番奥の席に。私がその横に。
 ビールで乾杯、最初の一品が運ばれるまでは、久しぶりに会ったので、時間が気にならなかった。次に運ばれているはずの料理が、なかなか出てこない。
 懐石のコースを、あらかじめ予約していたのだから、頃合いを見越して出てこなくてはいけないはずだ。
 美味しい料理だけど、呼び水のように、ちょこっと食べて、お腹が次の料理を要求している。
 こんなに遅いとは。気の長い私達だから、話好きの家族だから、なんとか、かんとか言いながら、最後のデザートが出てくるまで、3時間かかった。


 品書きは、そばの店なので、盛りだくさんあったわけではない。
30分に一品出てくるという間隔。料理の味は、とても良かった。
 毎晩、どこかの居酒屋で、飲んでちょこと食べて暮らしている、飲み助の友人達には、
 絶賛される店だろう。ぐだぐだ言いながら、お酒メインで、4時間を気にしない人達には。

 お腹を空かせて、食べたい気の短い人なら、まず、一品目を待てないだろう。


 
 
 母は、息子の話が話題に出ると、突然、大きな声で歌を歌い出した。
城崎からの行き帰りに歌っていた、「雨がしとしとと、」という歌。
何の歌?聞いた事ないね。母はお酒が回ってきている。

お料理が来ないね。遅いわね。歌い終わって、お腹が空いているらしい。

侘び助という名の店なのだが、料理が侘び助という感じ。
料理は、確かに美味しいし、量がないのも、私には嬉しい。ここは、酒が主の店で、料理は、あて、なのだ。
酒飲みは、塩をあてにして飲むと言うでしょう。美味しい料理がほんの少しあればよい。酒のじゅまにならない程度にあればよい。



車を運転してきた妹の旦那さんは、「酒を飲めないので、持たないわ。」と帰りの車の中で。酒よりも、車で来る方が良いという人だから、お酒が好きなわけではない。盛りだくさんに、食事があるほうが嬉しい。

母は、一品目は、水ナスが美味しくないと言い、あとで美味しいと言い直し、二品目の暖かい椀物は美味しそうに。三科目のお造りはぺろりと食べて、お料理が遅いと言っていたけれど、メインの、鰻のそばが来ると、いらないと言い始めた。
 器に入れると、美味しいと言いながら、半分ほど食べていた。
次に出た、鮎と、天ぷら、魚のご飯は、全く手をつけなかった。
もうお腹が一杯で食べられないと。



 厚焼き卵は、一切れ食べた。弟の一言で、「へい」と言って食べていた。母は梅酒にワイン、ビールまで飲んで、酔っている。
 そば屋のだし巻きは、出しがたっぷりの柔らかいのが特徴。美味しい。
最後に出て来た、デザートに、母は夢中で手を動かして食べる、食べる。
すごく美味しいデザートだ。
私は自分の分を、食べ終わった母の前に。無我夢中というのはこんな感じ。
規則正しく、気ぜわしくスプーンを口に運んで、瞬く間に食べ終えた。


 
城崎に行ってから、この所ずっと、母の顔色も、表情も生き生きとして、元気だ。
 翌日、母は寝込んでいるのではないかと心配したけれど、全く疲れを知らないようで、元気一杯。お酒の影響は全くない。

デザート

皆忙しい毎日を送っているので、なかなか一緒に、食事をして話をする機会がないけれど、たまには、こうして寄り集まると、いいものだな、と思う。
震災で大変な時期だけど、幸せを大事にする事が、それぞれの人に取って、大切なのだと思う。いつ何が自分の身にもわからない。
 一期一会を大切にして、萎縮しないで、それそれが、それぞれの場所で、元気に暮らせるのが大事。

 家に送ってもらうと、偶然に、息子達が帰って来るのと一緒になった。
 偶然とは言え、出会えるとは、縁。
 
   

Posted by アッチャン at 12:38Comments(0)食いしん坊

2011年04月26日

城崎温泉「西村屋本館」

 


台風が過ぎ去ったような静けさ。
 息子は、ニューヨークに、無事着いた頃だろうか。
しばらくブログを書く時間もなくて、あわただしい
日々、世のお母さん達、家族の世話をしている人達なら、
普通の生活なのだろうか。
 子供の頃から、友達を家に呼ぶのが好きだったが、相変わらず
変わらない。取っ替え引っ替え、東京から友人が泊まりにやってきる。
 連れ持って遊ぶ、女の子達とのグループでの飲み会、楽しいことって、
男も女も同じなのだ。
 美味しい物を食べて、お酒を飲むだけ飲んで、おしゃべりに、馬鹿笑いに興じているときほど、男女共、楽しい時間はない。


 
 息子は日本に帰ると、翌日は、横浜の病院に行き、東京の丸の内に、高級ホテルに一泊して、夜と、翌日、2人の男友達と遊び、こちらに帰って一泊するや、早朝に、東京から夜行バスでやってきた友達を宝塚に迎えに行き、そのまま梅田のヨドバシでカメラを買にいに。
 私は母をホームに迎えに行き、ピックアップして、帰るころに、息子も帰って来た。
 息子はおばあちゃん孝行にと、母と私を城崎飲泉の「西村屋」に招待してくれた。



片道2時間半の道のり、西村屋は、古い旅館なので、階段ばかり、その辺りは、ご贔屓の宿なので、一階の部屋を予約してくれていたのだけれど、母が、ベッドを必要としていることや、座敷座りは出来ないことなど、息子に想像がつかなかった。
息子が東京に行っている間に、ホームに許可を打診し、旅館に、母の状態を話すと、簡易ベッドと、食事には、部屋に椅子テーブルを入れてくれることになった。

老舗の旅館だから、母のような状態の客もいるのだろう。
母には、疲れないように助手席に座ってもらって、道中、桜や山ツツジなど、景色の美しい季節を、感嘆しながら、疲れなく旅館についた。


庭に面した落ち着いた部屋で、母はそこが旅館であることはわからない。
 
 入り口の側にある大浴場には、車いすでも行けるように、バリアフリーになっている。  母は、手すりがあるので、難なく、湯船に浸かることが出来たが、露天には入れなかった。
 部屋に戻ると、部屋の表札は、息子の名字になっていたので、母は、よその家に入るという警戒心が働いて、それまで、息子だと思っていたのに、その家のご主人だと思い込んだ。そうなったら、いくら息子だと言っても、だめで、敬語で話し、そのまま、夕食まで、知らない人になっている。
 それはそれで、利点があって、出された食事を、息子に食べさせようとしないで、出される食事を頑張って食べていた。










 上等のへれ肉ステーキを残した以外は、ご飯とデザートまでしっかり食べてもらうことが出来た。









ワインもビールも、日本酒も、3人で結構飲んだ。
簡易ベッドと言っても、さすが、一流の旅館だ。幅の広いベッドで、よくある簡易ベッドとは違っていた。

息子が風呂に行っている間に、母と私は寝てしまった。夜中、母がトイレに立ち、大丈夫かと心配したけれど、トイレの場所も把握して、戻って来た。
 母は、息子の側に行き、そっと戻って来た。布団をかけてあげようと思って、
男の人がいることに気づいた。
 頭をかしげて、
「男の人がいるわ。仕方ないね。このまま寝ましょう。」と言い、一旦は寝たものの、時々、頭を起こして、息子が寝ているのを見ている。
ちょっとでも音がすると気になって寝られないとぼやくのに、息子はいびきをかいて熟睡しているので、母の話し声も聞こえない。
母は、補聴器を外しているので、ばかでかい声で話しているというのに。



そのうちに、なんとなく寝てしまって、起きると母も起きだした。息子も起きだした。すると、母の意識は、自分の息子になっていて、私の弟の名前を呼び、
「あら、起きたの。」
息子は朝風呂に。



 朝の6時、朝風呂に母を誘った。昨夜、受付で、表札を母の名字に変えてもらうように頼んでいた。
 母は自分の名前を確かめて、部屋に入った。すでに帰って来ていた息子を見ると、「圭たん、そこにいたの」息子でることに、スイッチングしている。



 朝ご飯の準備が出来た。
母は好物であった、カレイの干物を食べない。梅が湯も食べない。どれもこれも、なかなか手にしない。


お腹が大きくて、いらないと言うのだ。
 なんとか、豆腐、温泉卵、煮物など、なだめすかして、私達はお腹が一杯だから、と言って 少しづつ食べてもらう。
息子は横になり、私は母を見ていてね、と言って、もう一風呂。



帰って来ると、母はデザートも済ませて、トイレにいた。
 臭いわ。便が出たようだわ。お腹が張っていたのだね。

といううわけで、旅館を後にし、近くの禅寺の庭を見て、一路、家路に。



母は、息子に、
「お嫁さんはまだなの。素晴らしいお嫁さんをもらわないとね。」と言うと、
歌を歌い出す。
「雨がしとしとと、2人の」という歌詞で、恋人同士の歌のようだ。
「疲れてない?」と時々後部座席から、私が声をかける。
「ちっとも。」
母の顔はつやつや、元気一杯で、頭の回転も速くなっている。
活性化している。息子は、おもしろいしぐさをして、母を笑わせる。
2人で、顔を見あわせて、笑っている。


 

 夜は、母の誕生日を祝う、夕食会がるので、母には、家で、サンドイッチを少し食べてもらった。
 息子は、夕食に出られない。東京から来た、友達を連れて、女友達がセッティングしている飲み屋に行く。帰りに、我が家に連れてくることになっている。





「今夜は飲むから、迎えに行けないよ。」と私は釘を刺して、母をホームに送った。
 息子達が帰るまでに、掃除と、寝る用意をして、電車で行くつもりだった。時間がないな、と思ってたら妹が、車で行くので、家に寄ってピックアップしてくれると電話があった。すごく有り難い。
  

Posted by アッチャン at 12:51Comments(0)旅のグルメ

2011年04月15日

玉三郎、特別舞踊公演

 
 


京都の南座に、玉三郎特別舞踊公演を観に行きました。
先日、満開だった桜は、花吹雪を散らせて、春の名残を惜しんでいます。
 3階の一番前の席を予約出来たので、とてもよく見えました。玉三郎の素足の動きまで見えます。
素顔の玉三郎さんは、この世の人ですが、衣装をつけて、舞台で化身した玉三郎さんは、幻想の世界の人です。
美しい、美しすぎる。姿、形の非の打ち所のない、完全美。玉三郎の後継になりうる役者は存在しない。近づこうとすら出来ない。誰もがわかりすぎるくらい、他を寄せ付けない、特別な、唯一の、「美」が舞台を輝かせ、観衆を飲み込み、引きつけてやまない、魔術を秘めている。

八千代座から記念切手を発売。

舞台でも、亡霊、魔物などの役所が多いのですが、今回の2作品も、大和の大蛇と、滝夜叉姫を、殆どが舞踊表現で、演じている。
海老蔵さんの事件から、玉三郎さんの相手役を勤めている、獅童さんは、棚からぼた餅を頂いたように言われているけれど、瓢箪から駒のように、素晴らしいコンビで、玉三郎さんには、海老蔵さんよりも、良く合っているような気がします。

先日のトークシヨー

海老蔵は、顔立ちは美しいけれど、相手役というよりは、動きも、演技も濃厚で、熱すぎるので、玉三郎を、より美しく目立たせる為には、獅童さんの、欲のない、自然で上品な演技、小顔で美しい博多人形のような、透明な顔立ち、良く通る声のエネルギッシュで品格のある響きが、玉三郎の相手役としてぴったりだと思わせる。

歌舞伎では珍しい、カーテンコールがあって、私は立ち上がって、三階席から、ブラボーと、言ってしまった。
知らないもの通しが、素晴らしいわね、感激したわね、と同意を確認しなければすまないほどの、感激を、観衆の皆が味わった。
隣の女性は、「何もかも忘れて、久しぶりに嬉しかった。ほんと、幸せです。」と言えば、その隣の着物姿の女性は、涙を流して「カーテンコールは初めて。感激で胸が一杯です。良かったわ。」
 常磐津、お囃子、三味線、全て、パーフェクトな舞台でした。

パンフレットを最近は買わないのだけど、母にも見せてあげたくて、購入した。
ほれぼれするような、あでやかな2人の写真が入っている。

17日まで、南座で公演があるので、当日席も、三階、2階の安い席は空いています。興味のある方は、是非。


 お腹空いた。いつも行く、そば丸は、閉まっていて、以前に見た、きになるハンバーグの店に。前に沢山の人が並んで待っていたから。

 サラダと手作りハンバーグにライスを注文したら、サラダが一杯、ハンバーグも私が作る2個分ぐらいあった。単品880円、ライスが200円。



 昔、学生時代に、神戸に行くと、友達とよく入った、赤ひょうたんの味とよく似ていた。

 いまでも、赤ひょうたん、あるのかな。
  

Posted by アッチャン at 11:39Comments(0)演劇

2011年04月13日

小沢さん、政治家なら、身を捨てる覚悟で

 

 

官政権では対応できないということで、鳩山元総理と小沢さんの意見が一致しても、
2人が行動を起こさなければ、ただ批判しているだけにすぎない。
 小沢さんは、「自分が相談を受けていないのに、でしゃばるわけにはいかない。」と
言っているという。
 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110413-OYT1T00123.htm?from=y10

こんな事態に、そんなことを言っている場合ではない。
自分の出番を待っているのだとしたら、この人は、本当に国民の為を思っていないのではないか、と疑いたくなる。
石原都知事だって、命をかけて、東北の復興と東京の防災に、力を尽くすつもりで働いている。

小沢さんが、その気になれば、亀井静香、鳩山元総理と相談して、彼らを支持する議員を動員して、現地に入り、自ら指揮して、復興に向けて、リーダーシップを発揮することも出来れば、官政権では出来ない地道な活動を展開することだって、出来るはずだ。
子供達が、ウルトラマンの姿を見て、勇気百倍、元気になるように、被災地の人達は、どれほど不安から救われるであろう。

謙虚でいることが、許されない事態が起こっている。
 官政権下ろしは、どうでも良い。
気持ちを同じにする、議員は、小沢さんが、立ち上がれば、一緒に働きたいと思っいる。
泥をかぶるのは、今ではないか。
命をかける時は、今ではないか。

火の中に飛び込んで、火を消す消防士、原発で身の危険を犯して、昼夜頑張っている、現場の人達、苦しい環境の中で、堪え忍んでいる被災者の人達を、担うのは
政治家の勤め。

身を投げ出して、働いている人達は、自分を捨てている。
政治家は、こういうときの為に、選挙で選ばれているのであって、
思うところあれば、即実行に移すべき。

小沢さんを支持してきた人達は、歯ぎしりしながら、小沢さんが行動を起こすのを待っている。   

Posted by アッチャン at 10:55Comments(0)日々の事

2011年04月10日

玉三郎さんのチャリティートークショー


 

京都の南座で舞踊公演中の、玉三郎と獅童さんが、舞台の終わった後の5時から、チャリティー、トークショーを開催しました。
 一階と2階は5千円、三階は2千円で、全額、被災地に寄付されます。加えて、
玉三郎さんと獅童さんが、愛用品を提供してオークションも。始まる前に、玉三郎のサイン入り、ポスターが2千円から5千円で売られていて、全て完売。



 これらのポスターは、玉三郎さんが自分用に所有していたものを含んでいて、それによって値段がつけられていました。
 舞台が上がると、二人がテーブルに座って、登場。震災時に、玉三郎さんは、パソコンをしていて、随分揺れたけれど、じっとしてた。その日のお稽古にも行き、赤坂の稽古場から、高輪の自宅まで、車で6時間かかり、帰り着いたのは、夜中の3時だった。四川地震の時には、北京のホテルで寝ていて、そのままなにもせずに寝ていたことなどを話し、獅童さんは、京都の撮影画が終わって、大阪から帰る飛行機がなくて、大阪に一晩泊まって、東京に帰って来たことなど。
 続いて、二人が9日にオークションに出す品物の紹介と、それにまつわる思い入れや、思いでの話などを交えて。

玉三郎さんの描いた鷺娘
 
 9日と16日の二回で、落札という品物は、玉三郎さん直筆の、油絵と、特注の黒茶碗。獅童さんは、シルバーのダイヤ入りのネックレスと、ブレスレット。玉三郎さんは、鷺娘の10号ぐらいの油絵を描いていたのですが、顔を入れてなくて、今回、京都で手直しをしたと。

硯箱

 硯箱は、買ったときから、ふたが合わないけれど、使わないで、飾っているもの。
玉三郎さんの部屋に飾っていた、お気に入りの絵画。歌舞伎座で造った、隈取りを二枚。
獅童さんは、愛用のドクロのジャンパー、いつもかけているサングラスなど。
今日の落札者には、二人から、手渡してもらえます。

玉三郎さん愛蔵の絵画
 
 5時から30分間、二人の話と、オークションに出される品物を説明があり、50分間の休憩の間に、それぞれの箱の中に、最低落札以上の値段を入れます。
 休憩が終わると、ハゲタカの作者で、玉三郎さんと長年お付き合いの深い作家が加わり、二人に質問しながら、7時まで、40分間のトークが続きました。
 玉三郎さんは、四川でも東京のマンションでも、このまま死ぬのだったら、それでも良いと思って動かなかったそうです。

獅童さんのジャンパー

 お芝居でも、良く見せようとか、旨くやろうとか、50を過ぎてから、段々思わなくなった。この日、一日を一生懸命勤めることだけで良いと思うようになった。
 20年前から、玉三郎さんは、自分の居る部屋しか電気はつけない。テレビをつけて、他の事をしている人がいるけれど、そういうことはやめてほしい。

玉三郎さんの黒茶碗

 我慢することが苦手な玉三郎さんが、イタリアのスローフード、スローライフに共鳴して、生活のスタイルは、長年続けている。
 原発を拒否しても、それを使って生活しているということを、認識しないといけない。
食の安全を大切にするのなら、スローフードを大切にすること。
急ぎすぎた生活から、立ち止まって、じっくり考えながら、ゆっくりと時間をかけて生活する時期が来たのではないか、ろうそくの灯火は、影を造って、柔らかい灯火で人々を照らす。蛍光灯で明るさに慣れてしまっている私達は、影を持たない。

獅童さんアクセサリー

影があるからこそ、人々は安らぎ、息づくことが出来る、立ち止まることも出来る。危ないなあ、と気をつけて、自分の足場を確認しながら、進んでいくことが出来るというように、3人の話は進んで行きました。

玉三郎さんは、これからの出演料は、チャリティーにするつもりだ。チャリティー公演をやっていく。東京では無理だけれど、玉三郎さんが地元の人々と復活させた、八千代座では、それが出来るので、ボランティアで出来る芝居小屋で、玉三郎さんが出来る方法で、支援を続けて行くことを宣言されている。

いつ自分の身にもふりかかっても不思議ではない「死」を自然なこととして受け入れられれば、「私欲」に惑わされることはなくなるだろう。
手元に置いている、大切な品々を、オークションに出して、被災者の支援にされている。



現金がいるので、幕間に10万円出して、私も落札額を入れたのだけど、落札出来なかった。
寄付して、玉三郎さんの所蔵品をゲットするなんて、二重の喜びだなんて、思ったけれど、所有したいとは思わないのも、年のせいだ。

惜しげもなく多額を書いた人達が落札出来たのは当然のことだ。
二階席から身を乗り出していた、若い男性が、隈取りの落札者だった。最低5万円の落札額。
 隈取りと絵の二つを落札出来たのは、3階にいる人だった。
隈取りの写真は、撮影禁止。

16日のオークションに出される品





落札者達は、花道から登場して、玉三郎さんと獅童さんから、直接手渡された。
玉三郎さんは、落札者の一人一人に、長い言葉をかけられていた。
花道の側にいたので、身近でみた玉三郎さんの優しい目が全てを語っていた。
 柔らかな表情と、靜かで穏やかな、澄みきった川面のきらめきを感じさせる。
獅童さんは、元気溌剌、エネルギー一杯で、格好良い。

私も学ぶところが多い。スローライフにスローフード、イタリアは、原発を持っていない。国民投票で持たないことを決めた。
 便利が当たり前の生活から、不便が当たり前の生活へ、意識の転換期が来ている。


   

Posted by アッチャン at 16:54Comments(0)日々の事

2011年04月08日

北国の春


  



今朝、NHKで、千昌夫さんが出演。被災者のリクエストで、「北国の春」を心を込めて熱唱した。
 以前に聞いた、明るい口調ではなく、一言一言、心の底から突き上げるような歌い方だった。
 その前に、同郷の村上弘明さんの、最新映画作の紹介があったので、尚更だったのかもしれないが、涙が溢れて止まらなかった。
 映画は、北海道で、「家族学校」を造った、牧師の生涯を描いたもので、村上さんは、
この映画を、被災した人達へのエールにしたいと。
 日本では、少年も大人も同じ刑務所に収容され、15才で犯罪に手を染め、繰り返して収監されている実態を知った牧師は、ニューイングランドを訪れて、そこでの少年犯罪への取り組みを学ぶ。
 ニューイングランドでは、子供達は、学校にも通い、監視員が、グループの子供達を看まもり、更正と教育に、愛を持って力を注いでいる。

 昔の日本だけではなく、今の日本だって、国は人間軽視なのではないだろうか。
  試練に耐えて、北国の春を求めて、助け合い、励まし合って頑張っている人達は、この大きな試練を乗り越えれば、必ず、北国に春がやってくる。更に強い人間の絆で、更に賢く、更に豊かな郷土に、そこに住む人々と共に成長していくだろう。
試練を受け、それに耐えて、勇気を失わず、明日に希望を託して、一粒の麦のように、踏まれて豊かな実りをつける。そういう人こそ、神に愛された人達だ。そういう人達こそ、人の痛みを、自らの痛みの体験として、共感出来るのだろう。

千昌夫が歌う「北国の春」は、金の卵と言われた、中卒者達が、高度成長期の日本を造る労力として、貧しい東北の農村地帯から東京にやって来て、過酷な労働、安い賃金に、不満も言わず、こつこつと働きながら、故郷への望郷を歌う歌。故郷に帰ろう、故郷に帰りたい。豊で、暖かい人達の待つ故郷に。

  

Posted by アッチャン at 11:41Comments(0)日々の事

2011年04月06日

日本の隠蔽体質は変わらない



  

震災地の人達の為に、ボランティアがしたいと思っている、若い人達が多い。子供達は、子供達同士が結束して、子供達ならではのアイデアを出し合って、震災にあった現地の人達のために、グッズを造って、その売り上げを、日赤を通して、義援金にしている。世界の子供達が虐待されていることを知った、子供達が子供の人権を守る為の運動を展開したのが、そもそもの始まりで、子供達でないと出来ないボランティアを展開している。
 子供達は、こんなに純粋に、世界の平和を願い、未来が明るいことを信じ、大手メディアと東電から出される報告が信頼性のあるものだと信じている。
 若い人達は、ボランティアをすることで、皆がつながっていて、愛があることを実感すると言う。一つの目的、震災被害にあった人達の為に、という共通の目的に集まった若者や子供達。
この現象は、裏を返せば、それほど、子供達や若者は、愛に飢えているのではないだろうか。孤立しているのではないだろうか。共通意識が持てなかったのではないだろうか。コンクリートジャングルの中で、押しつぶされ、未来への希望を持てなかった若者だからこそ、被災した人々に共感し、役に立ちたいという思いと、自分の存在感を、ボランティアという場に求めるのではないだろうか。

東京電力と大手メディアは、原発の事故を隠蔽し、正確な情報を示して来なかった。地震が発生した時に、東電の会長は、メディアOBを連れて、中国に招待旅行中だった。田中さんが、会長に追求しても、参加者の公表はされなかった。
毎年行われている、この訪中を、指揮してきたのが、江田五月議員、海江田万里の名も上がっている。
http://blog.goo.ne.jp/project-justice/e/63f87643262071e163c9a791a38f126d リストが公開されています。

 上杉隆さんは、今年の12月で、ジャーナリストとしての活動をやめると宣言。最初の段階から、メルトダウンがわかっていた、世界と、表に出さないまま、東電を守ろうとした日本の危篤権益集団との温度差。世界の情報が正しいとなると、日本の情報は間違っているし、日本の情報が正しいと、世界の反応は異常反応になる。上杉さんは、日本のジャーナリストとして行動することは、ジャーナリストといしての資格を放棄し、隠匿集団の、加担者になることになるhttp://uesugitakashi.com/?p=658から、ジャーナリストとしての活動をやめる。


毎日、何度も行われている、東電の記者会見に、自腹を切って、質問し続けている、二人のフリージャーナリストがいる。
 昨夜の、ニュースの深層に出演。
海水に流すことを決めたのは、誰かと問い詰めても、答えない。低濃度という表現で、国民を安心させようとしているが、高濃度というのが正確なのだ。

nekotorao そもそも低濃度とは基準値未満の値に対して使う用語。基準値を越えた値に対して高中低を区分するボーダーラインは存在しない。敢えて言えば急性障害が出る値に対して「非常に高濃度」という表現が許される R @NextStageSpirit: @uesugitakashi #sokotoko
about 3 hours ago twiccaから

 海外でなら、情報を出せ、と記者が取り囲むのに、二人の質問に、やめろという言葉が、大手メディアの記者から発せられる。
 
海外では、日本が、放射能テロの国だ、という報道まで出ている。
最初の段階で、海外からの援助、派遣を断ったのも、自分達で処理しようとした隠蔽体質、この国は、何処までも隠蔽体質をやめないだろう。
だから、今、出されてている報道のどれを信じてよいのか、疑ってかからないといけないのかも、わからない。

ヨーロッパを旅行している日本人が声をかけられた。
「あなたは日本人ですか?」
そうだ、と答えると、その人は席を立って、場所を変えたそうだ。

アメリカでは、日本食レストランに人が入らなくなった。
 カナダで採れた魚を使っていても、怖がる人が増えた。

風評だと非難できない。正確な情報を出さず、隠蔽してきた日本情報に
信頼性はなくなっている。
海外と、日本の、果たしてどちらが正しいのか?
日本では、ヨードのことばかり報道されているが、海外で問題にしているのは、セシウムのほう。30年と8日間の違い。非情に高濃度と、低濃度との違いにも現れている。

 子供達は、いつも犠牲者だ。
 姑息な大人達の犠牲者だ
 日本の隠蔽体質の犠牲者だ
 疑うことのない、純粋で壊れやすい
 子供達の、澄んだ目を汚染し
 既得権益を守る続ける権力者達よ
 老いて、生きながらえようとする
 自らの姿を鏡に映してごらん
 鏡よ、鏡よ鏡よ、
 この世で、誰が一番、美しいか
 鏡は答えるだろう
 子供達です

 鏡よ、鏡よ鏡よ
 この世で、誰が一番、豊なのだ
 鏡は答えるだろう
 貧しい人達です  

Posted by アッチャン at 11:14Comments(0)コラム

2011年04月05日

仏教の教えは、幸せに生きる知恵

  
  

 コナミに行くのに、ビクビクしなければならないなんて。
 会いたくない人に、いつも顔を合わさねばなりません。毎回その人も来ていて、
 事情はともかく、私の方だけかもしれないのですが、こだわっているのです。
 嫌われることを気にしないと、楽になる、とかなんとか言う本が出てたっけ。
最近、曾野綾子さんが、バンバンヒットを飛ばしている。
 別の本を探しに、本屋に入って、それがなくて。

 先日、朝日ニュースターで、スリランカ出身の、アルボムッレ、スマトナサーラという、人がゲストとして、登場。
 「怒らないこと 」という新書が30万部の売り上げになっていて、仏教をわかりやすく、解説することで、今話題になっている。
 [仏教は宗教ではありません。生き方を説いているのです、]
 何かをお願いするということはないので、幸せに生きる術を説いている。
その方は、見る物、聞くもの、出会う物、面白くて、面白くて、仕方がないそうです。
{この放送は、お正月に収録されたもので、震災以前でした。}
怒らない、感情に支配されない、そん風になりたいものだ、と私はその本を探したのですが、マイナーなのか、売り切れているのか、ありませんでした。

いつも、どんな時にも、あわてないで心が安定していられる方法、それが仏教の実践だそうですが、何かあると、慌てふためいて、判断が出来ずに、心が喘いで、それが苦しくて仕方がない、私は、そういう境地になれれば、どれほど有り難いことでしょう。
 自分の思う通りにならないのが、当たり前で、旨く行くと、このほうがおかしい。
子供の心を自由に出来ない、自分の心を自由に出来ない、ましてや他の人の心を思うままに理解してもらおうなんて、とんでもない。
世界はこちらに合わせてもらえません。でしたら、自分が合わせて行くしかない。
 そうすれば、怒ることはない。世界はとても面白く見えてくる。
知った上で、慌てない、落ち着いていられます。

 つまりは、自分を客観視することが出来るかどうかで、生き方が楽になるか、苦しくなるか、ということなのでは?

 自分の心は、自分のものではなない。
 欲しいという気持ちは、自分がコントロール出来ない。お金がないから、買えないでしょう、だから、欲しくないようにしましょう、と言っても、欲しいという気持ちは抑えられない。それが欲望です。
 お金がなくて買えなくても、食べたいという気持ちは抑えられない。
 
 そういうときでも、良い方法があるのです。
 「欲望」に囚われないようにすることです。

 これは優しいことではありません。それこそ、瞑想と修行の末に、「諦め」という境地になって到達出来るものでしょう。

 諦め、とは、明らかにする、という意味があります。
明らかにするとは、客観的にする、ということに通ずると思います。

従って、客観的に判断出来る人は、慌てず、自我を張らず、相手を傷つけることなく、人間関係をスムーズに、よりよい形で「和合」出来るのでしょう。

、私が、悩み事が出来ると、それに囚われ、苦しむのは、自意識が強いからです。自分を主にして、世界を見ているからです。

自分の心を、信用していないから、不安なのです。自分を信頼出来る人は、
他者を信頼し、世界を信頼している人なのです。

 

今、被災地で、大変な事態に遭遇し、何もかも失って、これから先、どうして生きて行こうかと不安に怯えている人達は沢山おられると思います。
なんとかなるのよ、大丈夫よ、と心が自分を支え、励ましてくれる心を持っている人は、世界を信頼している人なのです。
 自分を信頼し政府を、県を、人々の支援を、原発で働いている人達に、信じ、信頼しているからでしょう。

  

Posted by アッチャン at 16:03Comments(0)日々の事

2011年04月05日

京都は、旨くて安い店が増えた。


 

最近の日曜日は、京都に出かけている。賀茂川縁の桜は、まだ五分咲きだけど、風の柔らな場所にある、桜は、満開のも見られる。
 大阪に出ることが多かったけれど、京都は良い。
食べ物屋さん、昔は、京都に旨い物なし、なんて言われたけど、今は、安くて美味しい店が増えた。観光用でも、デフレのせいか、1000円以下のランチが目立つ。 以前に、京都文化博物館の帰りに、ふらっと入った、飲み屋さんを、目当てに行ってみたら、やはり、開店時間が、4時からで、閉まっていた。
 京極通りから、横にそれて、入って行った所にある。
 お造りの盛り合わせが980円で、びっくり価格というので、入ってみたら、家族でやっている小さな店で、造りもさりながら、他の食べものも、美味しいかった。 日本酒は、菊まさが、300円という安さ、酒飲みには嬉しかろう。





 そこは閉まっていて、その通りに、見過ごすような、暖簾が奥にかかっている店があり、営業中のと書いている。
 入ってみると、中は広く、入ったところは、酒屋の立ち飲みコーナーの感じで、その奥に、テーブル席が広がっていた。
 昼間から、一杯の人だ。デカデカと張り紙には、所狭しとメニューがならび、びっくり。安いのであります。
 造りは何が良いですか、と聞くと、ホタルイカが入荷とのこと。


 カンパチの造りとホタルイカをまずは頼んでみました。



 これは良い。新鮮で美味しい。キュウリも大根も、京野菜。さすが、京都の台所を引き受けている、錦市場が近いのですから、そこからのもので、素材がとても良いのがわります。
 良い所をみつけた。皆さん、良く知ってますね。野菜のてんぷら、生麩と豆腐の揚げ出しなんて、京都ならではの食材です。





 散散、食べて、京都は伏見の黄桜を飲んで、5千円でおつりが来ました。
近くの、家族でやっている店のほうよりも、20円お酒は高いけれど、どちらも、
とても良い店です。
 錦市場の中は、観光用に、結構高い店がなりたつけれど、商店街の外れで、薄利多売で、京都人といして拘った店がなるのです。
家族で、夫婦で、様々な客は、常連さんばかり。ふと、アメリカの中華街に、日曜日の飲茶を食べに来ている風景を思い起こしました。  

Posted by アッチャン at 12:58Comments(0)旅のグルメ

2011年04月02日

グリーン電力を阻止して来た、原子力発電


  
  

 菅総理は、地震で、問責決議案を免れた。検察の可視化を話し合ってきた委員会が、国民の関心が薄れている間に、結論を出した。結局、何も変わらない。検察の可視化は、闇に葬られてしまった。隠蔽体質は、継続されるだろう。
 福島原発の事故は、刻々と悪くなり、最早、隠しようもなく、現状として現れているので、東電、保安員、政府も、包み隠せる状態ではなくなって来ている。
 保安員は、最初から気づいていたいたでしょうが、政府の意向との調整があるから伏せていたのでは?と今日、BS放送に出ていた、原子力研究者が言っていた。
福島原発の2号機を設計した、後藤さんは、早くから、今の状況を予測していたのに、民放もNHKも、後藤さんを呼んだことがない。72年の段階で、GMの設計者も、欠陥を指摘し、設計をやめるように、アメリカ政府にも訴えたのに、売ることを優先した。
最も詳しい人達が、封印され、ほとんどの国民は、知らないままに、ここまで来てしまった。

何故なのか?が今朝の、パックイン、ジャーナルでの、山田さんの発言でわかって来た。
東電を初め、9つの電力会社は、民間ではあるが、官の独占企業になっている。
政治家や政党は、東電から多額の献金をもらっている。
原子力研究者達は、電力会社から、多額の研究費を出してもらっている。
原子力安全委員会というのは、経済産業省の管轄で、保安員は、そこで雇われている、原子力には無知な人間である。
原発の申請をするのは、東電、それを許可するのは、経済産業省、そこに原子力安全委員会が付属している。
持ちつ持たれつ、甘い汁を互いに吸いながら原発を造って来たのだ。
これからも、原発を売り込もうとしている、経済産業省は、このまま引き下がらないだろう。
国民の関心が薄れるのを待って、原子力発電を推進していくつもりでだろう。
 計画中の、原発は、ゼロベースで見直すと、菅総理は発言しているが、この人ほど、熱しやすく、冷めやすい人はいないのでは。

山田さんが、電力会社が、送電と造る側を、別にしなければ、競争が生まれて来ない。独占体質を変えられない、という。
 グリーン電力の開発を阻止して来たのは、東電を初めとする、原子力発電を推進してきた電力会社、経済産業省、政府なのだ。
 代替エネルギーの、省エネの促進を、阻んできた。自分達の既得権益を守るために。
 太陽光パネルも、大量生産すれば、随分コストは安くなる。地方は、地方独自の方法で、自か発電装置を地域で持って、近くの電源から供給するようにすれば、グリーン電力に変えることが出来る。

東電を初め、電力会社に原子力発電を推進するために、国民は、高い犠牲を払わされてきた。

もうすでに、原子力発電は必要だ、という声が、議員の中から上がっている。
 オバマ大統領が、福島の事故があっても、原子力発電を勧めて行くと、勇気ある宣言をした、という自民党の議員がいる。
 アメリカやフランスは、広大な国土を持って、しかも、地震も津波の心配のない、場所がいくらでもある。
 日本は、4つのプレートの上に乗って、全国が地震と津波に襲われる、小さな国土に、1億2千万もの人が住んでいる。そこにもいけない。捨てる大地はない。

 東海の風力発電は、内部の羽回転で、相当量の発電をが出来るという。
 自家発電で、全ての電力をまかなっている人もいる。太陽光パネルは、量産すれば、随分安くなる。
電力会社に、高い電力を払わされているのは、個人。決められた通りに、言いなりになって、それが当たり前だと思って来た。
地域主権で、電力も地域ぐるみで、発電量を生み出し、電力会社が供給する原発を拒否出来る体質を造っていかなければ、日本の未来はないだろう。  

Posted by アッチャン at 17:26Comments(0)コラム

2011年04月02日

美の魔術師


 


 絵を描いている、芸能人は多い。
  自然の脅威に、対抗する術もなく、打ち負かされて、人間の無力をつきつけられた時に、その中から、人々の苦しみ、悲しみに寄り添い、共感する人々の涙で、津波の去った後の、傷口をさらけ出した大地に降り注いでいる。
 石坂浩二さんが、描いた「仏陀」の絵画は、テレビの画面を通してではあるが、素晴らしい作品だった。
 絶望した心の中の、震える身体の隅々にまで、柔和な、暖かい光を浸透させる、仏陀の姿を、神秘的に描いている。
  石坂浩二は、神秘的で、神話的な絵画を描く、モローが好きで、何度も、モローの館の某ミュゼーを訪れていると以前に聞いていましたが、まさに、その絵は、モローを思い起こさせます。
 こういう天災に乗じて、神がかり的な言葉で、終末論を唱え、選ばれた人達だけを救うのだというエセ信仰を唱える人も出てくるでしょうが、祈りの心を込めて、一心に描かれた、絵画は、深く、人々を癒し、包み、抱く力が溢れているように思われます。
 東京で、展示会が開かれた後で、京都にある太秦の撮影所でも展示されるそうです。

 他にも、鶴太郎さん、工藤静香さん、亜紀さんも釈迦の素顔を描いて、チャリティーの展示をされています。
お釈迦様が、日本では最もふさわしい、慈悲と慈愛を表現して、全ての人の心の救済の象徴なのでしょう。

モローの、神秘的で、暗い闇の中の、万年の彼方から、透明な空気を割って、光を投げかけて来る絵を見ていると、不思議な安らぎの空間に引きこまれて行くような感覚を覚える。美しさ、それを美というのだとしたら、美術は、美を表現する術ということになる。心を揺さぶり、感動させる画家は、美の魔術師にちがいない。
モローの絵画は美しい。石坂浩二の絵画は美しい。感極まる美しさがあった。心を惹かれたのは、私だけではなかった。
、朝ドラに出ていた、ゲストの富司さんが、感動の涙を浮かべて見ておられた。

   

Posted by アッチャン at 15:57Comments(0)art