2012年05月14日
母の日、中之島の薔薇
日曜日、母の日なので、いつもより早く、昼前に、母に会いに行った。
ありきたりだけど、赤いカーネーションと、シャクヤクの花の入った花束。
先日買っておいた、服と、さくら餅と柏餅を一個づつと一緒に。
昼に梅田で待ち合わせがあって、レナウンから案内を、会場に入れに行くつもりもあって、母の所には、先に。
母は、私の顔を見て、良く来てくれたわね、と喜んでくれて、「あなたはお母さんと住んでいるのでしょう? あなたはお母さんいるでしょ?」
なんとなく、気が抜けるけれど、一人ではないのでしょう、という心配もして
くれている。
私のことを忘れているのではないのだけれど、娘であるという認識はあるときと無いときと。頭の構造は複雑で、クリアーな時と、夢の中のように空想の世界にいるときと。
良く行く、やまとという酒場は、満席で、待っている人も多く、席が空きそうにないので、2割引きの券のある、近くの串カツOSに。
神戸にもある、OS系の串カツの居酒屋で、2割引きのチケットを出すと、3月までの有効期限。新しいのが来ていたのに残念。
でも、この店は、やまとと同様、安いので、たいした割引きにはならない。
串カツは、美味しい。
中之島の薔薇がとても綺麗だというので、レナウンの帰りに、歩いて中之島まで。
バラ園が、花盛り。いろんな種類の薔薇が、咲き誇っていて、沢山の人が、カメラに収めている。
ここでも、ビヤガーデンが出来ている。ドイツのビール、買うのに、随分列んでいる。 気持ち良いだろうな。薔薇を見ながら、野外のテーブルで、ビールとソーセージを食べている人達。
平日の午前中に来ると良いらしい。朝のうちの薔薇はもっと生き生きしている。
この時間でも、充分美しい。でも平日はこんなに人がいないから、楽しめるだろう。
中之島の川向こうの景色を、クレパスを使って、描いている若い女性がいた。
橋の間の少し突き出た所に、座り込んで。側に自転車が置いてある。
随分緻密に描いていて、時間をかけて描いている絵画、とても上手だ。
私が、カメラに撮った、写真の風景を、緻密に根気よく描いている。
日差しをよけて、傘をかけて。
この辺りに住んでいる人は、中之島の公園が憩いと安らぎの場。お洒落な都会のオアシス。
夜、ベッドに入って、テレビをつけたまま、うつらうつら、少し寝ていたのだろう。
夜中の電話。今頃誰だろう。寝ていようかと思ったけれど、ごそごそ起きだして。
息子からの電話。なんだか元気のない声なので、なにかあったのでは?という
心配が先に立つ。こんな時間だからと思うけど、向こうはお昼間。
母の日だから、と電話をしてくれたのだった。
「テレビがついているね。」受話器の向こう側まで聞こえている。
つけたまま、寝てしまっていた。
電話の後、、寝ようとしたら、何故か悲しくなって、静まりかえった空間の中、再びテレビをつけた。
ボリショイのオペラ、深夜放送をベッドに座ってしばらく見ていたら、腰が痛くなって、声だけ聴きながら寝ていたら、眠気が。今度はちゃんとテレビを消して、寝てしまった。
2012年05月14日
アサヒビヤホール梅田
昨年の12月に買った、グルーポンのチケットの期限が迫っていたので、友人にメールを入れると、すぐに返事が返って来た。
ビール好きの友人と、新年会にでも使えるだろうと、買っていた、ビール2杯と、料理一品がついたもの。
彼女は、土曜日でも、と言ってくれたので、歌舞伎座で舞台を見ながら、電話帳を調べて、予約を取った。
土曜は2時からなんだけど、5時半からしか受け付けられない、という。
安売りの券だから、制約があるのだろうと思っていた。
店には、入っていてもよいかどうか、聞いておこうと、当日、電話すると、パーティーが5時まで入っているから、との理由だった。
紀伊國屋で待ち合わせ、予約の時間まで、1時間あるので、ベルギービールを一杯だけ飲んで、時間を潰す。
二人とも、昼を軽く押さえているので、周りの料理に、気になるけれど、そこは我慢。
彼女の話はいつもおかしいのだけど、お孫ちゃんの話で、笑わせてくれる。
まだ、1才と何ヶ月か、二才にならないのに、親や彼女がスマートフォンを使うのを見ていて、マートフォンを使って、写真を見たり、電話をかけてくるのそう。
まだ話せないので、電話の向こうで、あー、あー、言っているだけなのだとか。
すごいね、と感心すると、今の子は皆よ、と。使い方を覚えて、マネして使えるのだそう。
私の息子も、化粧品を使っているのを見ていて、タンスの上にあげてあった、ポーラ化粧品を、顔中に塗りたくっていた。
タンスの引き出しを、下から一つづつ、開けて、階段を作り、引き出しが開いている。
子育てで手が一杯なので、ポーラの訪問販売は、有り難い。訪問に来ると、マッサージを無料でしてもらえる。
息子は、私が化粧品を使うのを見て、やりたいと狙っていたのだろう。
私の顔を見ると、クリームをべったり顔につけて、嬉しそうに、にや、と笑った。1才半の頃。
車の中に入れて、庭作業をしていた時に、息子はブレーキを外して、車が動き出した。
車庫から坂になって、道を挟んで、田んぼと山になっている。
車を前から押さえたまま、大声で、裏の奥さんを呼んだ。すぐにやってきてくれた
のだけど、彼女は、車のことがわからなくて、ブレーキを、どこどこ?
無事、怪我無くて、ホットしたことがあった。
1才あまり子供が、そんなことすると思ってもなかったけれど、車の動かし方を
を見ていて、 やりかたをわかっているのには、驚いた。
今は、デジタルの時代。コンピューターや、スマホを使うのだ。知能指数は、益々髙かくなる一方なのだろう。
久しぶりに、会って、彼女といつも、話題にことかかない。
あの頃の、という共通の話題もあれば、映画の話や、本の話題、音楽に美術、なんでもござれで、お酒も食事も大好き、あっという間の時間が過ぎる。
最近は、夜、出かけることが少ないのだが、彼女といると、結構遅くまで、飲み歩く。 いつまた、時間が合うか、わからないけれど、ずっと会って無くても、いつも会っているような親しさがある。
淀川長治のテープは、彼女にもらったものなのだけど、二人が、最近、同じように聴いていたことにも驚き。
彼女は、学生時代から、自分を服を工夫して作ったりしながら、ファッションに敏感だった。
お洒落が身についている人は、長年のキャリアがそうさせている。
コーディネート、色合わせ、ファッションの隅々まで、妥協を許さない。
何気なく、自然に着こなしているけれど、相当敏感な配慮があってのこと。
全く無頓着で、いつもいい加減なものを着て、センスのない私との差は開く一方だ。