2013年09月30日

イタリアンワイン

  
   
     

  阪神デパートの8階で、イタリアワイン600種の試飲販売を開催中だった。
西梅田の美容院に行った帰りに、ポスターに惹かれてふらっとデパートに入ると
そこもワイン売り場。店員さんが、8階は5時ごろから混むので早く行った方が
いいですよ、というので、エスカレーターで8階にあがると、イタリアン食堂と、
イタリアの美味しい食材や、アイスに、生ハム、チーズなど、美味しそうなものばかり。
ワインを試飲して、少し酔い始めると、今度は食事とワインを買って、テーブルで立ち食い。どれも美味しいし、500円のグラスワインをお替りして、いろんな食べ物の味見。
 酔うと、甘いものが欲しくて、クレープにジェラードを乗せたものを買って、テーブルに帰ってきたら、席が空いていないので、一人でいる夫人の所に同席させてもらった。
帽子を深くかぶって、イタリアビールと何かおつまみを食べている。
 自然、話をするようになった。


 


私は酔っているようには、見えないらしいが、お酒が入ると、話がはずむ。
 彼女は、家に帰りたくない。定年後のご主人と、今は二人暮らし。
行動の束縛はやめて、主婦は卒業させてもらうと宣言したとか。
 サラリーマンが、家に直行したくなくて、その辺でちょっと一杯というのに似ている。
 選手交代というわけだが、年金暮らしなので、そう贅沢は出来ないので、ささやかな
不良現象で、自由の味を楽しんでいるといった感じ。
 私が一人だというと、ため息交じりに、羨ましい、と。





一人は一人で、そんなに羨ましがられるほども幸せでもないのだけれど。
 イタリアワインの中で、私はシシリアのものが美味しかった。
シシリアに行ってみたいなあ。
ゴッドファーザーの故郷。アルパチーノ扮するマイケルが、暗黒街から抜け出て、まともな世界に生きたいという希望を捨てずに、家族の為に階段を上りつめるのだけど、
 上に行くほど、悪がはびこっていることを思い知らされる。
政治は悪。財界がそれを牛耳っている。最高庁のローマ法王庁も。
 マイケルは、愛する家族も権力も失い、シシリアの田舎で、太陽を浴びて、一人枯れて死んで行く。

 
 ニューシネマパラダイスの、トトの故郷もシシリア 
 故郷は遠きにありて思うもの。帰ってきてはだめだと、親友のアルフレード
に言われて、ローマに旅立つトトは、悲しみと孤独を糧にして、映画界に君臨する存在にまで出世するけれど、幸せではなかった。亡霊と化したシシリアの故郷を再び後にして、ローマに。元の生活の中で、渡されたアルフレードの形見のテープを流す。
 恋の情熱に燃えるキスシーンのつぎはぎ。幼いトトが、見たかったシーンの数々。
教会の禁止でカットされたフィルム。
 禁止や規則があるから、それをなんとかごまかして、悪知恵を働かせて、そこを侵犯すする歓びを味わう。想像力が働く。ワクワクドキドキ、スリルを味わって、生きている実感を抱く。トトはその感動を、子供の頃よりもずっと深く味わっている。
シシリアの豊穣なワインは、渇いた土地に育まれる。


  

Posted by アッチャン at 15:51Comments(0)日々の事

2013年09月22日

大学OBビッグバンドジャズ祭 in 西宮

  

    
     

  西宮アミティーホールでの第三回「大学OBビッグバンドジャズ祭 in 西宮」に
行きました。
今年は、関学が主催者なので、関学OBの元アナウンサーの小山乃理子さんが、司会を務めて、話題を引く出すのも上手で、進行も早く、今回から阪大のOBバンドが加わったので、去年よりもさらに長くなるのかと思っていましたが、5時半頃には終わり、去年よりも早かったくらいでした。
 去年よりも更に上手になっているのには驚きですが、どの大学も、プロで活躍中奏者や歌い手を入れていて、各大学の競争心も、3回目ともなれば、火花を散らして頑張ってr練習しているからでしょう。




 曲も各大学4曲に絞ったのも、退屈しないし、疲れなかった要因でしょう。
最初が立命、阪大、同志社、休憩を挟んで、プロばかりで、10分間の即興演奏、に続いて、甲南、関大、関学という順番でした。





 関大は、関西ジャズ界の重鎮、大塚善生さんのピアノ演奏で、関学は、河田健のアルトサックスがしんみりと、心に染み入る様な演奏で、一番良かった。
 ボーカルの原田紀子さんも、年季の入った、聞かせる歌を会場に浸透させて、安定感のある演奏とボーカルで、選曲も、関学の校歌のジャスにアレンジしたもの、ドボルザークの新世界をジャスに編曲したもの、最期はセンチメンタル、ジャーニー、とオーソドックスなレパートリーで、結構年のいった人がほとんどの観客には心地よい選曲でした。
 メンバーも、最も高年齢で、80代の人も多くて、名前が、シャイニング、バックなのは、まさに、と思わせます。
 入場料は1500円なので、1階の会場は、満席状態で、活況ですが、来年は更に、観客が増えていくでしょう。
 
  

Posted by アッチャン at 09:53Comments(0)日々の事

2013年09月19日

映画から離れられない「マラソンマン」

    

  最近、また夜更かしの習慣が戻ってしまった。
昨夜は、ジャック、ニコルソンとジェシカ、ラング主演の「郵便配達は2度ベルを鳴らす」を見て、深夜はダスティンホフマンの若い頃の「マラソンマン」
を見てしまった。名優と歌われた、ローレンス、オリビエが、「遠い太鼓」や「海辺の家」のケビン、クラインに似ていて、時代が違うので、誰だろうと、最初わからなかった。 すごく面白い作品で、良く出来ている。

「ゴッドファーザー」のマーロンブランド、若くてハンサムなアル、パチーノ。この映画は何度見ても、引き込まれる名作で、
時代の変遷と共に、3部作が撮られたので、人物の変化も、興味深い。
 この週末か、来週に3部作を一挙上映するようだ。

座っているのがつらいので、時々立って、ストレッチをしたり、ラジオ体操の
真似事をしたしながら。

 寝不足が、身体に良くないのだけれど、テレビはつまらないので、CSの映画番組
にチャンネルを回すと、4局の映画番組の中から、必ずと言っていいほど、興味のある映画をやっている。


 コナミで話をした老婦人は、毎晩寝るのは2時だとか。

昨日、母の所からコナミに行く途中、聞いていた場所に、円形のタイル造りのコンクリートの建物がすぐにわかった。
山手幹線に沿って、角だからとてもわかりやすい、お洒落で綺麗な建物です、と言っておられたのが、その通り。
いつもその道を通るのに、まったくわからないもので、聞いて初めて目についた。
 道の反対側なので、当然だけど、その反対側にある、池田銀行も気が付かなかった。
こんな所に銀行があったのだ、と初めて目に入った。
何度となく、通っている道なのだけど、見ようと思わなければ、物は見えないものなのだ。
つまり、興味がなければ。
 昨日、母の部屋に入ると、弟から、妹からの花で、タンスの上が華やかだった。
 「今日は3階で、お歌のボランティアと一緒に歌っておられます。」というので、部屋で
待っていたら、母は係の人に連れられて、帰って来た。
 いつもの嬉しい歓迎の後に、
「もうどこにも行ったらだめ。寂しいから、ここに一緒にいましょ。寂しいわ。」
と言われ、なんともつらくなった。
母がそんなに、寂しいのかと、心が痛む。
しばらくして母に

「お母さんは寂しいの?」と聞くと
「ちっとも私は寂しくないわよ。」とケロっとした顔。
寂しいのは、私のことだった。帰ったら危ないから、死んでしまうよ、と言って心配してくれるのはいつものことなのだけど。
 ここなら安心だから、あなたは寂しいのだから、ここに来れば良いのよ、という
意味だったのだとわかった。
やれやれ、ほっとした。母を可愛そうな目に会わしている、という自責の念に囚われて
辛かったのだけど、その反対だった。
 
  

Posted by アッチャン at 15:24Comments(0)日々の事

2013年09月17日

敬老の日

 
   
   

 おばあちゃんは、宇宙人になりました。
谷川俊太郎の詩の一節です。
母を思うとき
その通りだと納得します。
母とのコミュニケーションが
どうして出来なくなったのだろうと
今でも不思議なのですし、
考え始めると悲しくなるのです
けれど、宇宙人になってしまった
と思えば、それなりの
コミュニケーションが成り立つわけで
滑稽で、楽しかったり、
ガラス窓を通して見えるとき、
キラキラ輝いてるのです



敬老の日、私はいつもと同じように
母の施設に行くのですが
やはり 敬老の日  ですから
よそ行きのプレゼントを持って
でかけて行きました。
あら、施設の中に 沢山の子供達
いつもは、しんと静まりかえって
寂しいのですが、敬老の日なので、
孫かひ孫か
小さな子供から、普通の子供まで
お母さんたちと、なかにはお父さん

と思っていましたら

ボランティアのキッズコーラスです。
歌が終わって、これからお茶の時間です。
「とても素敵な笑顔でしたよ。」
洗面で手洗いをしていると、
後ろから母の様子を話してくださる声
 「いつも母の笑顔に癒されます」、と言ってくださる
お風呂のお世話をしてくださる方

ダイニングには、お年寄りとお年寄りの間に
可愛い子供たちが座っていて、
お婆ちゃん達は、孫のように、世話をやき

これ食べなさい。
これ気を付けて飲むのよ。

母は、私にきがついて
「可愛いわね。可愛いわね。ほんと可愛いわね。」
地球に里帰り
満面の笑顔で、雲が抜けたみたいに
頭も冴えわたって、青空が一杯

どのおばあちゃんも、
あたまのクレバーなおばあちゃん
宇宙人になりかけのおばちゃん
すっかり宇宙人のおばあちゃん
縫いぐるみを抱いたおばあちゃん
タオルを抱いたおじいちゃん

遠くのテーブルに一人座っているおじいちゃん
時々叫びだす おばあちゃん

みんな、みんな 子供達に 気を取られて
子供たちの,純粋で真っ直ぐな反応に
心を奪われている

嬉しいわね、良かったね
またずっと来てほしいわね
でも、でもね
この子供達の、
おばあちゃんが おじいちゃんが
敬老の日だから
来てくれるかな、会いたいな
期待を込めて 待っている

これから飛んで行くのかな
お父さんとお母さんの宇宙船に
乗って
  

Posted by アッチャン at 16:51Comments(0)

2013年09月14日

寿司「乾山」 ニューオータニ大阪

 
     ニューオオタニ


 ホテルニューオータニ大阪は、環状線では、大阪城公園、地下鉄では、鶴見緑地線のビジネスパークから、徒歩3分の所にある。
京橋からでも徒歩8分くらいなので、案外便利なのだ。
友人の病院に寄って、1時間余りおしゃべりしてから、ホテルに向かった。
明日は退院なのだけど、窓際のベッドに変えてもらって、明るい雰囲気と見晴らしが良い。
両眼ともに、白内障の手術が終わったので、後は回復を待って、バイ菌が入らないように気を付ければよい。
新しく入ってきた患者さんは、まだ若い。口腔外科の患者さんだとか。悪性ではなかったけれど、口腔に、腫瘍ができて、難しい手術、集中治療室にも入ることになっているとか。
あともう一人の人は、ほっそりした人で、白内障ではない手術で、眼球から血液が噴出するので、それが目に入ったら失明するという危険な手術を控えている。


 
病院には、大変な病気をかかえた患者さんの方が多いよう。
白内障の手術をして、友人の視力は1,2になった。ものすごくよく見えるそうで、
自分の顔を見て、なんて汚いと愕然としたという。
大きなしみは見えていたけれど、こんなにしみがあったとは。こんなん、もう治らないわ。
彼女は、シミが薄くなるという化粧品をつけていて、大分綺麗になったと喜んでいたのだ。
 明日の朝は、ご主人が車で迎えに来て朝一で自宅に帰る。
入院は、母の場合でもそうだったが、たった一晩だけ入院しても、2日間という計算になる。特別室しか個室の空室がなくて、母はそこに入ったのだけど、部屋代として7万もかかった。一晩だから、一日だと思っていた。日がえりで、一日入院となる。
4人部屋で健康保険の範囲だったら、その心配はないけれど、負担金のある入院だと、
 夕方入って、翌朝帰っても、二日分の部屋代がかかるというのは、理不尽な気がする。
快適なホテルでも、一泊なのに、ジャワーとトイレがついているだけの殺風景な病室が。
と脱線したけれど、ニューオータニホテルでの、美味しい寿司の話をするつもりでした。
 このホテルの中にある、画廊には、藤田嗣治の絵が沢山展示していて、カシニヨールの
油絵もいくつか。

 

 凄いな、と思ったら、この画廊は、「ためなが」でした。
2階の広いロビーには、ワイズバッシュの大きい絵画がいくつもある。



絵画を見るだけでも、楽しめるホテル。
 ワイズバッシュの版画だけど、紛失してしまっているのが再び気になった。
レストランも、いくつか、どれも高級な感じ。
その中で、3階にある、「乾山」という寿司屋さんに行きました。
 
客は一組だけで、こじんまりとしたお店です。
 鮨は好きで、いろいろ食べに行きますが、さすがに、上品で美味しい。
7000円の半額で、飲み物には、税金とサービスが付いての値段なので、安くないので、
お酒も控えめに。

 突き出し

 



 穴子は二種、鰻



寿司は10寛。足りないと思ったけど、突き出しと、後の椀物で、旗八分目が丁度良い。最期の穴子と鰻を入れると、
12貫んあるので、サービスしてもらったのでは?

飲み物代が3000円ほどなので、一人5000円という手頃な値段で、本物の鮨をいただいて、大満足。
これから時々、利用したいけれど、半額はいつもない。これからもネットでチェックしましょ。
外国からのお客さんとか、特別な時にはとても喜んでもらえそうな店です。

  

Posted by アッチャン at 11:24Comments(0)旅のグルメ

2013年09月12日

三宮の西村屋民芸茶屋のランチ

  

     

 城崎の西村屋と言わなければ、たいての人は、西村屋珈琲と間違える。
国際会館の向かいにある、かに料理の店として知られている、西村屋。
カニ料理が美味しいとは聞いていたけれど、城崎の西村屋本店の蟹の季節
は、3万円をくだらない宿泊料なので、冬のかにすきはきっと高いだろう
けれど、今は、蟹のシーズンでもなく、店内はひっそりしていて、冷房が
効きすぎて寒いくらい。
ランチには、結構安い値段のものがあって、1380円の特盛とかいうものを
注文した。蟹ちらしもおいしそう。コロッケ定食や、季節御前なども、ボリウムが
あって、そんなに高くない。
国際会館の上にも、西村屋ダイニングというレストランがあるが、こちらは
2980円からで、ランチとしては、高級なので、何かの時でないと。
さすが、料理自慢の宿が経営しているだけあって、出される料理のどれも、
美味しい。





こんなにあるの、と思うくらいだけど、もたれず、後が楽なのだ。
蟹の味はさすが。蟹の天ぷらと、カニずし。お素麺も上質。
茶碗蒸しもついている。
これで、1380円なんて、有難い。
今度は蟹鮨を食べよう。コロッケ定食も食べてみたい。
当分は、国際会館に行く時は、西村屋の民芸茶屋になりそうだ。
京都の南座に行く時は、梅ノ井の鰻、大阪の松竹座に行く時は、はり重のカレーハウスか、
築地の「すし三昧」でトロつくし。
日本は、一人でも、どんなレストランでも入れるのが利点。
パリとか、ニューヨークになると、カップルかグループが当たり前のようになっているので、一人で入るのは、ランチか、早い時間。
暇人には、ランチがお得だから、ぜんぜん問題ないけれど。
西村屋のランチ、断然お勧めです。
  

Posted by アッチャン at 11:13Comments(0)旅のグルメ

2013年09月11日

デパ地下旨いもの市

  病室からの眺め


  母の所に行く以外には、何も予定のない日は、どっと疲れが出て体中がだるくて動かない。
友人が、白内障の手術をするので、前日のオペラ公演のチケットをもらった。
それは土曜日の公演で、堺東の市民会館まで出かけて行った。
グノーの「ロミオとジュリエット」寝不足で、最初の頃は眠たくてしばらく寝ていたよう。
休憩を挟んで、ジュリエット役のソプラノ歌手が、本領を発揮して引きこまれて行った。
友人が習ってる声楽の先生が乳母役で出演していた。
楽屋にクッキーを届けてもらって、カーテンコールは観ないで、帰った。
翌日コナミが休みだから、行っておきたかったから。
堺東までは、南海電車で難波から12分くらいで行けるので、案外近いけれど、せいぜい、難波までが限度で、その先は遠いという観念から抜け出ない。
翌日、梅田に出かけたついでに、病院に友人を見舞った。
手術を翌日に控えて不安だろう。
堺東の市民オペラの会場で、お茶菓子で有名な堺の銘菓とコーヒーのセットがとても美味しかったので、限定販売の「ロミオとジュリエット」という饅頭と定番のお菓子を買って、友人の見舞いに。
4年部屋の患者さんは、皆白内障の人ばかりで、体験を話してもらったりして、すっかり親しくなていて、お饅頭をもらったところだとか。
夕食が終わって、暗くなるまでいて帰った。
従妹から電話があって、ぶどうをいただけるというので、叔母を見舞って、その足で、再び友人の病院に。
朝から出かけて、帰ってるのは、9時を過ぎる。
友人に、鮨を買って行こうと思って、阪急の地下に下りると、「木村屋」のパンを買うのに列ができている。
ちちんぷいぷいという番組で取り上げられたとかの「芋パン」など沢山買ってしまった。
パン好きなので、日持ちもするし。
ぶどうとパンを持って行くと、彼女は何も食べられない、お腹が一杯だからという。
 見舞いに来た人に、芋パンを食べてもらったら、美味しいと喜ばれ、結局そのパンは
そこでなくなった。
帰りに阪急によると、また新しいパンも増えていて、行列は更に長くなっている。
 母が喜ぶだろうと、あんぱんなどと一緒にまた、ならんで買った。
網野名物 とり松の「ばらすし」」の前は、随分並んでいる。
阪急は旨いもの市の最終日だった。
こういう時に買ったことないのだけど、木村屋のパンは美味しかったので、ならんでいるバラ鮨も食べて見たくなった。
毎月買ってる人がるらしく、
「この前はここではなかったのよ。」と連れの婦人に話している声が聞こえる。
「もしもし、お父さん、ごめん。まだ帰ってないのよ。とり松のばらずし買ってきますから。」とご主人に携帯で電話をしている。
家でご主人を待たせているので、気が気ではないのだろうな。母も同じだった。
電話をすると、父が「早く帰ってこい。」と怒鳴っているのが、公衆電話でも聞こえた。
父もばらずしが好きだった。私も大好き。
 私は一人前買った。四角い小さな箱に入っているので、一半にすれば良かったかなと思っていたけれど、コナミから帰って来て、荷物を置くのまもなく、すばやく手を洗い、うがいをすませて、ばらすしの箱を開けた。
 赤ワインとばらずし、合わないみたいだけど、すごく美味しかった。量もおもったよりもっと多い。半分残しておいても良いくらいだけど、あまり美味しくて完食。
これなら、足を運んで買に行くわよ。
デパ地下の旨いもの市は良いなあ。とり松は、毎月、網野から売りに来ている。
「来月の予定入れておきます。」と店員が袋の中に、次の予定の紙を入れてくれた。
10月9日から15日まで、阪急の地下の食品催事場
10月日から8日まで9階の祝祭広場

多分、神戸のそごうとか、大丸にも出ていると思う。
あなご鮨もおいしそうだった。若いカップルは、ばら寿司とあなごとばらのミックスを買っていた。美味しいのがわかっている常連さん達のようだった。
そういうわけで、お腹が破裂しそなほど食べて、その上、美味しいパンにも手を出して
今朝から、体中がだるくて、ソファーに座ると、すぐに横になって、また太ったに違いない。
考えるに、悪循環なのでは? 運動してお腹空かして一杯食べて、疲れで甘いものが食べたくて、また動いて疲れて、お腹一杯食べて、甘いもの食べて、ダルマ式に太って行くようなきがする。
白内障は、加齢と共に、皆大なり小なりかかっている。
いずれは、私もそんな日が来ると思うと恐ろしい気がする。
友人はよく頑張ったなあ、と思うが、彼女は、本も映画もテレビにしても、霧がかかったようにしか見えていなかった。乱視のせいだと思い込んでいたのだ。、術後を楽しみにしている。読みたい本、観たい映画。
 ご主人の楽しみは、奥さんが掃除に励みだすこと。見えると我慢できないで、綺麗にするだろう、ですって。
 5日間も入院中の食事をすべて用意して、着替えの順に衣類も用意して、奥様が家を空けるのは、大変。

  

Posted by アッチャン at 14:10Comments(0)旅のグルメ

2013年09月09日

オリンピック精神で日本の壁を突破してほしい

     
 
      


  2020年のオリンピックの最終プレゼンテーションを見て、開催地が決まるまで
ずっと起きてるつもりだったけど、2時半ごろになってもう起きていられないと寝てしまったけれど、4時49分に目が覚めたので、決定の瞬間までの緊張感を、歓びも生で感じることが出来た。
なんといっても、日本のプレゼンテーションは素晴らしかった。
フランス語と英語で、手振り身振りを大胆に交えて、心の底からこみ上げて来る思いが、
伝わって来た。
終始笑顔で、流暢は英語でプレゼントした、水野さんという人は、ミズノの会長さんだった。
石原都知事が、オリンピックを東京に招致すると言った時には、関心がなかったけれど、
東北の大震災を体験し、未来の子供達に希望と勇気をプレゼントするために、東京オリンピックを実現してほしいと思うようになった。
それに加えて、アベノミクスが、非常に危険な橋を渡っているけれど、景気浮揚の為には、
オリンピックを日本で開催される事が、不可欠だとも思っていたから、なんとしても
東京に、と願っていた。
国と民間が、一丸となっての招致運動を展開したのも、そういわけがあったのだ思う。
 だから、私は、今回、東京に決まったことを、心から良かったと思っている。
テレビで、プレゼンテーションが繰り返されるたびに、目が潤む。
 日本にも、やろうと思えば出来る、という希望の灯が点った。
安倍首相は、福島の安全を、世界に向けて、宣言したのは、世界に対してと同時に、日本の国民への約束でもある。
 あらゆる改革が、利権を手放したくない人間の阻止によって、絵にかいた餅に終わって来たけれど、そこを突破しなければ、国民の為の政治は出来ない。
 あらゆる規制を、取っ払って、生々堂々と戦える場を作り上げることを、オリンピック精神に基づいて、国を預かる政治家達も立ちはだかる壁を打ち破って、実現してもらわなくては、国は立ち直れない。
若者や子供たちに、希望の未来はない。
オリンピックは、日本の改革にも、繋がっている。
 日本を変えるチャンスが、オリンピックの実現と共にやってきた。
安倍首相は、これからが出番だ。
自民党内の族議員との戦い、官僚の規制を取っ払って、新しい自民党を国民の前に示して欲しい。
構造を変えて、自由競争のフェアーな場と、国民第一の安全と安心を築けるかどうか、安部を中心にした日本政治家チームの古今奮闘
に、日本の未来がかかっている。
  

Posted by アッチャン at 10:45Comments(0)コラム

2013年09月05日

野田版「研辰の討たれ」

 

      

 
 歌舞伎映画「野田版研辰の討たれ」を観に行きました。


神戸松竹で上映中です。
勘三郎の額から、着物で、汗が噴き出しているのが、映画の画面ならではの見え。
舞台の隅から隅まで、観客席にも現れての、エンターテメント120パーセントの公演。
出花から、観客は大笑いの連続で、勘三郎がもういないのだと言うことも忘れて、引き込まれていましたが、このお芝居は、悲しい物語の結末を迎えて終わります。
 敵を追われる身になった、元研ぎ職の研辰が、敵討ちの兄弟に、最期はだまし討ちにあって、死ぬ場面で終わっている。
「桜のように潔いわけではありません。秋の紅葉だって、赤く染まって落ちていく。ひとひらひとひら、悲しく」という台詞で、死にたくない一心になんとか命乞いをしようとする研辰が、命の儚さを訴えながら,市を覚悟するシーン。周りの人達は、助けてやれよ、というものもあれば、敵討ちを果たせとけいしかかるものもいる。
 「犬になれと言われれば、犬にもなります。」と犬の真似をしていた研辰を、一旦は許してやろうと諦める兄弟ですが、人がいなくなって、やれやれと喜ぶ研辰をばっさrと切り落とす。横たわった体に、秋の紅葉が一片落ちてくる。
幕が再び上がって、カーテンコール。
勘三郎は、舞台の隅から隅に、腰の低い中腰で、観客を仰ぎ見るような姿勢で、感謝のお辞儀を繰り返す。
目は笑っていない。真剣な輝きを放ってる。なんとか、観客に満足していただけたのだろうか。拍手に答えて感謝の気持ちが、痛いほど伝わって来る。
 悲しみがどっと押し寄せる。
ああ、勘三郎のあの素晴らしい演技はもう見られない。
あれほど、エネルギーに溢れた役者が、あれほどの熱演を見せてくれる役者が。
もっともっと、舞台の上で、飛んで跳ねて、最高の間の取り方で、観客の呼吸をも飲み込んでしまその舞台に立っていて欲しかった。
勘三郎の目にうっしらと浮かんでいる涙は、この舞台では、感極まってのことだけど、
悲しみの未来を予測してもいるようで、とても素晴らしいけれど、こよなく最後は悲しかった。

この舞台で、古今奮闘していた福助が、中村歌右衛門の名跡を継ぐことになった。
歌右衛門は、孤高の女型として、その名を継げるものはいないだろうと思われていたけれど、団十郎、勘三郎、という歌舞伎をけん引する大御所が欠けた今、若手がその名にふさわしく育つまで、柱となれる役者の登場が不可欠。
福助が歌右衛門を襲名すれば、若手の育成も柱にもなり、
 歌舞伎に大輪の花が咲かせてくれれば、と願う。


  

Posted by アッチャン at 11:23Comments(0)映画

2013年09月04日

 嘔吐と自由

 
    

 今年だけの異常気象なのだろうか。
竜巻の恐ろしさが日本にも定着していくのではと
思うと、我が家にもいつでも危険性はある。
アメリカの広大な大地でハリケーンが発生して
民家を巻き上げているシーンはみたことがあるけれど、
日本の狭くて家が密集している所は大丈夫だろうと
思っていたけど、そうではなかった。
昨日、コナミに行くと、お風呂の中で、声高に喋っている
人がいた。
人身事故で、電車が停まっていると言う話なのだ。
彼女曰く
「飛び降り自殺なんて、迷惑な事するのは、人に見て欲しいのよ。
 海にでも飛び込めば良いのに、迷惑かけたいのよ。」
飛び散った肉体の話までしている所を見ると、その場に遭遇したの
かのしれないが、私の耳に否応なく入ってくる言葉に吐き気がする。
 自殺する人が、誰かに見て欲しいなんて、そんな余裕はないはずだ。
それは映像の世界だけだ。
 苦しみから逃れたい、追い詰められた究極の選択なのだけど、自分がどうなってるのかも判断出来ない状態にまで、追い込まれた人の突発的な行動なのだ。
 そういう状態を、話のタネにして、笑っている人がいることへの嫌悪感、津波にさらわれた多くの命のことを思うと、無神経だ。
それに同調して、笑っている人がいる。

 日本は、最早安全な国とは言えなくなった。
毎日のように、殺人事件のニュースがテレビで流れている。
夕方の、朝のニュースで、ワイドショーで、取り上げられ、無神経に報道されている。
 大人よりもずっと繊細で心の傷を受けやすい子供達に、どのような影響を及ぼしている
のだろうか。
 アメリカでも、フランスでも、このような事件は取り上げられもしないほど日常的だ。
まだ、日本では事件として話題に上るのだから、まだ少ないと言えるかもしれない。
そのうちに、あまりに多くなって、忘れ去られる日も来るだろう。
そうなれば、自由の国として成熟するのだろうか。
  

Posted by アッチャン at 00:23Comments(0)日々の事

2013年09月02日

河久「はも鍋」

  
  
 
 年に一度、鱧鍋を食べに行きました。
大阪第三ビルの33階にある、河久という日本料理の店です。
日曜日は雨との予報で、出かける時には、雨がパラパラ降ってましたが
店に着く頃には、雨が上がって、霞んでいた眼下の景色が徐々に霧が晴れたように、
くっきりと姿の全貌を現わし、素晴らし眺めを提供してくれました。
この店は、昔、近鉄の監督だった西本さんが、「ちょこちょこ行ってます。」というかマーシャルを流してした店で、以前は、茶屋町のホテルの地下にもあったのですが、経営の簡素化なのか、大阪ではおそらく、この第三ビルのもとからあった店だけになったのではなでしょうか。
 この店の、鱧鍋は、本当に美味しくて、年に一度の贅沢です。
冬はフグ、夏は鱧というのは、京都の老舗割烹ではそうなのですが、この店もそれを守っています。
 最近は、年中河豚も鱧も食べられるようですが、私は、夏の鱧、冬の河豚を楽しみにしています。
 玉ねぎと三つ葉がたっぷり、鱧は、一人二匹くらいは十分にあるような量で、
 美味しい出汁に、入れて、しゃぶしゃぶと箸を揺らす程度で引きあげて頂くのです。
 薬味は、唐辛子と細ネギ。
 最初に出された突き出しは、ウニやホタテが入っていて、日本酒にとても会うお料理。




 鱧も玉ねぎも食べつくして、お腹が一杯になった頃、固く湯がいた素麺が運ばれてきます。
 このお素麺が、なんとも美味しくて、素麺嫌いだった私をすっかい変えてしまったもので、それ以来、夏は素麺を家でも食べるようになったのです。
 鱧で美味しい出汁がさらに美味しくなっているので、この味はたまりません。




 お腹が大きくても、するすると自然に入って行く。
 鱧コースというのは、これに、鱧湯引きと天ぷらが加わって、デザートも出るのですが、
 鱧鍋の単品のほうが、美味しいし、もうこれ以上は余分の余分。
  美味しい出汁が、まだたっぷり残っているのが、本当にもったない。これで、大根でも炊けばと残念だけど、持って帰るわけにはいかない。
 先日、大根を、たっぷりの利尻昆布とだし汁だけで、圧力窯で焚いたのですが、アミノ酸がたっぷり出て、美味しい大根になりましたので、それを思い出して、これあればなあ、と思ったわけです。
 食事を作る時は、いつも、誰かに食べてもられば、と思うものです。
  われ一人 造る料理の わびしさよ




 床下の物入れを片付ていて、古いワインを思い出した。
 立派な紙箱のおさまったままの白ワインで、一九九九年に作られた、
一一〇〇〇本の限定品の北海道で買って来た思い出のワインです。
大事にしていたもので、バッカスという名前なのですが、早14年という月日が過ぎていたとは。
もうだめだろうな、お酢になっているだろう、ワインの栓もぼろぼろだろうと思っていたのですが、すっと抜けました。カビのようものが、ついているので、それを拭って、ワングラスについでみると、お酢ではなくて、豊穣なワインの出現。これほど美味しいとは。
びっくりなのですが、これも一人で飲みながら、誰かにあげたいなあ。
栓は、痛んでいて捨てたし、持っていく方法も、見つからず、結局、自分ひとりで飲んでしまうのが残念なくらい、美味しい。
白ワインは、古くなるとだめ、と思っていたのですが、このワインは、生のまま詰めたもので、特別の作り方だったので、貴腐ワインにように、美味しくなっていたのでしょう。
開けなきゃよかった、何かの時に、開ければ良かった。
  

Posted by アッチャン at 11:34Comments(0)旅のグルメ