2013年10月30日

コスモス

  
    
 
 昨日、妹達がやってきた。
 狭いリビングが満杯になった。
 生まれてまもない、ベビーを連れて、母の施設を訪問した帰りに、
妹の娘達と、その子供達も一緒に。
人気のない家が急に華やいだ。
アメリカから買って来た、子供たちの洋服や、息子達から預かって来たプレゼントなど、
ずっと気になっていたものをもらってもらった。
お宮まいりの着物だと思っていたものが、違っていて、白い絹の着物は色が変わっていた。
棚の上を整理していた時に出て来たもので、お食い初めの食器が上にあったので、てっきりお宮参りの着物だと思っていたのだけれど。帽子はお宮参りのものだった。シミがついて、使いものにならない。心おきなく捨てられる。
一旦は処分しようといたもので、捨てるに忍びなく放置していたもの。
妹からの電話で、捨てなくて良かったと思っていたものだった。
コスモスの花を沢山持って来てくれた。
その日、友人から、柿も送られて来ていた。友人は九度山に毎年柿を買いに行き、親しい人に送っている。
大きくて、立派な柿が箱一杯入っている。
母の故郷の柿でもある。毎年、我が家の送られていたのとよく似た柿。
妹たちに持って帰ってもらってから、父にお供えしたくて弟の家に行った。
コスモスが沢山あるので、半分持って行った。
母には、妹からもらったビスケットを。
天日干しの、美味しいビスケット。母はなんでこんなに美味しいのかしら、と言いながら
いくらでも食べていた。
柿はまだ固いので、そのうちに少しづつ食べさせてあげよう。
母の楽しみは、食べる事ぐらいなものになってしまったけれど、美味しく食べられる事は
幸せなことだ。日に3度の食事とおやつ。ほとんど、食べる為に生活しているよなもの。
何でも食べられる歯と、美味しいと味わえる舌と、それ受けれる度量の大きい胃袋と、
ちゃんと消化して、健康な毎日のお通じ。年を取ると奇跡に近い。
自分の足で歩き、走ることも出来る。
病院に行くと、ほとんどの人が病をかかえているだろうと思う。重病の宣告を受けている人も。
時々、寝台が通る。点滴やチューブをいれた状態で、ベッドに沈み込むように、血の気のない小さな顔。
なんとか、最期まで、自分の足で歩いて死なれないものかなと願う。そんなことの出来る人は奇跡の人だ。母は、その数少ない奇跡の人かもしれない、と思う時がある。
母の事を、「きっとお母さんは最後まで元気で、ある日亡くなられると思う。」と幾人かの
母を知る人に言われたことがある。最近、母の様子を見ていると、そのように思える。
  

Posted by アッチャン at 18:40Comments(0)

2013年10月25日

 松竹座10月は愛の助

  

  疲れている時は、頭が元気を出る食事を要求する。
最近、お肉が食べたくて仕方がない。
現に、気が付いてみると、毎日が肉食だ。
昨日は、松竹座に出かけた。
10月花形歌舞伎のチケットを無断にしたくなくて。
愛之助は、そう好きではないので、気乗りはしなかった。
芝居が始まると、咳き込みだして止まらない。
料隣の客に申し訳なくて、咳を我慢しようとすると、噴き出すように
出て来る。
のど飴を2つも口に入れ続け、水を飲みながら、収まらないので
出ようかと思った。
そのうちに収まって、後はなんとか、咳は出なくて助かったけれど、
疲れているので、座席がいつもよりも余計に狭く感じられ、座りをかえてみたり、
足を前の壁に押し付けてみたり。


2階の一番前なので、前の壁に手をかけたくなるが、背もたれにきっちり背中をつけて見るように、案内人から指示されている。
前の席の人が、前かがみになると、確かに後ろの席は見えない。経験ずみだから、よくわかる。
隣の女性はスケッチブックとマジックを2本持って、愛之助の動きを見ながら素早くスケッチしている。
見ると漫画のデッサンのような画き方で、特徴をとらえて旨い。一筆書で、するっと書いている。
愛之助の熱心なフアンらしく、面白いのか笑ったり、拍手に相当の力が入っている。
もう一方の隣には、老夫婦がいて、こちらは拍手なし。きっちりと行儀よく座って、微動だにしない。
私は背中をずらしたり、足を組み替えたり、斜めに身体を捻じ曲げたり、足を出したりで、
行儀の悪さを披露しながら、早く時間がたたないかとばかり。
そのまま、帰ってもよかろうに、終わるまではいなければ、と思っているところだけは律儀。そのうちに、しばらく寝しまったようで、気づいたら、真ん中が抜けていた。
 芝居は、贔屓の役者が出てないと、つまらないものだ。
何度も見栄を切るシーンがあって、同じような姿と顔を作るのも、滑稽にさえ思える。。
これがお気に入りの役者だったら、ほれぼれの連続サービスなのだから。
 昼食が遅かったので、お腹が空かない。
芝居が終わってから食べようと思っているので、休憩時間を持て余す。横になって、ごろんと寝たいのだけど、そんな場所はない。
 疲れているなあ、と感じる。
玉三郎の舞台とは違って、空席が目立つ。後ろの方は、ほとんど空いてるので、そこに代わりたいのだけど、案内嬢が見張ってるので、それも出来ない。
休憩を挟んで、芝居が佳境に入っていると、面白くなって来た。
勘三郎が、平成中村座で、人気をはくしたお芝居なので、これを選んだのだけど、役者変われば、なんとやら。
やっと終わって、はり重のカレーショップにかけこんだ。
8時半ともなれば、空いてる。
ビーフかつ定食を注文した。
混んでる時よりも、付け合わせのスパゲッティーが多く、ご飯も山もりで出て来た。
デミグランソースが美味しい。カツは勿論柔らかくてジューシーだ。
私はここに来るまでに、舞台を見ながら、カツカレーにしようか、ビーフかつにしようか、
それとも肉丼のビーフワンが良いか、と考えめぐらしていた。
そして、決めた。だから、店に入って、すぐさま、ビーフかつと言えた。
この美味しさ。これで900円いうのも、ありがたや。
東京の気取った洋食屋に行けば、2000円はくだらないだろう。
 病気だから、何を食べても気にならない。力をつけにゃやいけん。
そうだ、はり重の、おばんざいを買って帰ろう。おばんざいとは、細切れの肉のことなのだ。ロースの切れ端を使っているので、上質のお肉が、100グラム420円で買える。
母と松竹座に来ていた頃は、母が良く帰りにこの店の肉を買って帰った。私にも買ってくれた。
父は肉好きで、野菜嫌いだった。母の母親も、肉好きで魚嫌いだった。
そういう環境に育った母も、肉が好きで、魚は生臭いのが苦手。
私達子供も、魚よりも、肉を食べて育ったせいか、肉が好きなのだ。
身体の為に、魚が良いからと、肉を控えてほとんど食べなかった反動がきたように、
今は毎日、肉づけ。
咳で肉体の消耗が激しい分、肉や卵を身体が要求する、と思っていたのだけど、
食べたいという信号は、頭のどこかでするもの。
コンピューターをしていると消耗してお腹がすくと聞いたことがある。
最近、芯から疲れているような気がする。

ひとつ、元気になるニュースがあった。
玉三郎と七之助の舞踊公演が正月公演で、一か月、この松竹座で行われる。
待ちに待った、二人の共演。
嬉しや、嬉しや、である。
  

Posted by アッチャン at 23:49Comments(0)

2013年10月19日

病院の絵画

 
       

  病院の壁に、寄贈された絵画が飾れているのを見ると、この地域の出身者か、この病院で入院した患者のものではないか、と想像される。そうでなければ、病院に関係する人や、患者さんからの寄贈品。

 人の心を晴れやかかにする絵画が良いなあ、と思う。
病院は、明るく清潔であっても、病人がやってくる所だから、楽しいわけはない。
そんな所に、暗い絵は似合わないのでは?
 共感できる絵画は、時に心を映して暗いものもあるけれど。
芦屋病院の受付に、元永さんの、大きな丸を描いた絵画が飾られていた。

元永さんの絵




この市民病院にも。元永さんの、小さい絵がかかっていた。
 優しくて、包む混むようなユーモアのある、元永さんの作品は、病院にぴったりの絵だなあ、と思う。
 皿谷さんの、日本画の大作が、何枚か。舞妓さんと、風景画だ。





宝塚出身の画家として有名な、中畑さんの、馬の絵。以前はもっとあったように思ったが。



中島秀の、海外の風景画に心が惹かれる。大胆でシンプルな描き方。

いくつも良い作品が飾られている。



中に、以前に時々電車の中で会うたびに話をしていた女性の書の大作があった。
書道を教えていて、片岡紫紅、という名で買いていると聞いていた。



これらの絵はガラス越しなので、綺麗に撮れないのですが、暇つぶしに撮影してみました。




 今日は、関学の原田の森での、コンサートに誘われていたのですが、

 大学時代、3人で良く遊んだ仲間からの誘いで、久しぶりに、ランチしておしゃべりが楽しみだったのですが、

 二人にそれはまかせて、私は、のんびり、家にいます。



 気温がぐんと下がって、暖房がいるほど

 ついこの前までの、あの暑さはなんだったろう

 自然の気まぐれに

 身体が馴染めない。

  

Posted by アッチャン at 15:33Comments(0)日々の事

2013年10月17日

 玉三郎の「アマテラス」


       

     
     

 アメリカで、咳き込みが段々ひどくなって、帰りの飛行機の中でも、咳き込んでいたけれど、食欲はあって、ワインも飲んでいた。
家にたどり着いたのは、夜の10時を過ぎていた。電車とバスを乗り継いでの帰宅。
荷物を開けて、シャワーを浴びて、頭を洗い、ベッドに入ったけれど、咳であまり寝られず。
それでも、持ち合わせのアレルギーの薬と咳止めで、医者に行かないつもりだった。
明日は、猿之助主演の「ベニスの商人」を観たい。日本で調子が悪かった、腰やひざの痛みは消えていた。
手持ちの薬がないと困るから、という思いで、医者に診てもらっておこうと車で出かけたものの、いつもの医者に行っても、という思いから、以前に、親切な医者だと聞いていた医院の駐車場が空いていたので、飛び込んだ。
医者は、私の顔を見るなり、熱があるのと違うの?と言って、おでこに器具をかかげて、
「7度3分。」
私は気は付かないでいた。咳の方が苦しくて、胸が痛くて。
レントゲンに白い影。医者は、これはすぐに診てもらった方が良い、といって、
病院に電話をかけ、これから行く手配と紹介状を書いてくれた。
すぐに行きなさい、と言われて市民病院に。




救急で診てもらい、レントゲンとCT、血液検査、の結果、肺炎との診断。
「癌と言うことは?」と聞いたら、それは経過を見ないとわからないとのこと。
レントゲンに、甲状腺の肥大が見られるので、心配いらないものだと思うけれど、と言って、次の検診で、見てもらうように言われた。
それが昨日のこと。レントゲンでは影が消え、肺炎は終了。咳も大分楽になっていたけれど、その薬を処方箋を書いてくれた。
そこで、医者は、
「甲状腺のほかに、もう一つ」と言って、CTの画像に映っていてる、黒点のようなものを見せ、大丈夫だと思うけど、呼吸器科に回すから、そこで今後のことを、と言った。




 医者は皆、大丈夫だと思うけど、心配はいらないけど、というものだから、それは信用していない。
 耳鼻科で、長い時間待たされ、次に呼吸器に行ってたら、玉三郎の「アマテラス」に間に合わない。
 キャンセルして、後日きます、と受付で言っていたものの、もう少し、と言われて待っていたら、やっと呼ばれた。
 甲状腺は、専門がないので、耳鼻科での診察だから、他の病院に行った方が、と思っていた。
耳鼻科の医者は、とても感じの良い、海老蔵の風貌をしたハンサムな豪人という感じ。
 喉を抑えて、ここわかるでしょ。
確かに腫れているのに、今まで気が付かなかった。
心配はいらないと思う、と言いながら、針で刺して細胞を出すの、今日やってしまう?
血液検査と、超音波と一緒にやってのいいけど。
これから京都に行くというと、、
「楽しみの方が優先だから。」と言って、二日後の検査の時に。
そこかたら、呼吸器内科に行き、時間がないので、キャンセルというと、すぐに診てくれた。




その先生は、面白そうな人物で、
「急ぐことはないので、気長に。」なんて言って、
「こんな小さいの、なにかわからない。CTはそうそう使えないから、レントゲンで追跡していくことにします。2,3か月ごとに、」
 血液検査のついでに、肺がんマーカーを依頼した。
マーカーでは出ないよ、と言いながら、お望みだから、と検査を入れてくれた。
なんとか、セーフで、ぎりぎりに、南座に。
 舞台は、素晴らしかった。




3階の一番前の席の真ん中。舞台の全貌が見え、演出の効果も最大限に味わえた。
 玉三郎の、カリスマ性は、飛び抜けている。役処のアマテラスと同様、舞台に立つと、
その美しさ、輝き、気高さ、なに一つとして、完璧。
 鼓動が、太古の世界に、ぴったりあっていた。高低やメロディーのない、単調な響きである、太鼓に、笛や鈴の音色が、空に舞う小鳥たちのよう。
太鼓は、リズムと強弱でできているので、感動や心のバロメーターとしての効果は抜群な楽器。昔の人々の、おおらかさや、自然に対する、単純な畏敬、怖れ、歓びの躍動などが、
現代に生きる私達に、記憶の奥にある、原子の感情を呼び覚ましてくれる。





 闇の世界にいる人々、動物、鳥たちや、植物の祈りや苦しみなど、心を表現しての、熱のこもった鼓動、そこに、巫女の美しい女性が、笹を手に、踊る。
やがて、岩の扉を開けて、光輝く、アマテラスが、何があるのかと興味をそそられて出て来る。歓び感謝する人々や、自然に生きるすべてのもの達。
玉三郎が、佐渡の太鼓と出会い、鼓動を世界に紹介したいと思い、鼓動に、ぴったりのこの演目を作ったのも納得できる。
 太鼓の昔から、心の故郷を私達は大切に持っている。それを呼び起こし、美の世界を再現することで、世界共通の感動をパーフォーマンスしようとしたのだ。
鼓動の人達の、極限にまで絞られ、美しく研ぎ澄まされた肉体美。心も肉体も、その極限までの熱情を込めた、力の表現。
 そこに、動きを抑えた舞は、能や、神前での巫女、仕舞にも似ている。
 若い、流動性の美しい、動きの軽やかな宝塚男役スターの、バレーダンスが加わって、
国際的でグローバルな、美を表現していて、本当に素晴らしかった。
感動の心が、アンコールを求める。





それに答えて、舞台では、何度も祝宴と観客との一体感を喜ぶ出演者達の、新しい関係が続く。
アンコールは6回くらい。それも玉三郎の目指す所。大昔なら、夜を徹して、祝祭としての、演劇の舞台が、何日も続いたことだろう。
ギリシャの古代演劇のように。それが玉三郎の目指す所だと思った。

人生は、楽しむ為にあるのよ。歓ぶ為にあるのよ。生きてる限り、心が躍動している限り。自然には畏敬の念を持って。  

Posted by アッチャン at 12:04Comments(0)演劇

2013年10月09日

デイトンの「ドロシー、レイン」マーケット

 

      

 
   デイトンに3軒のスーパーマーケットを持つ「ドロシー、レイン」は、素晴らしいスーパーマーケットです。
 日本にまだ、スーパーマーケットがなかった頃、このスーパーマーケットに研修に来て、ノウハウを勉強して、導入したという話を聞きました。

http://www.dorothylane.com/

 高級スーパーとして、東に紀伊國屋、関西では,イカリスーパーがありますが、ここのスーパーは、そのモデルになっていて、何度も、ここを訪れています。
 日本にも、やってきて、親しく交際が続いているとか。




 息子達も,当然このスーパーを知っていて,私が去年このデイトンに来た時に連れてきてもらったそうですが、3軒あるので、そのどれかだったようです。
 今回は、ドロシーレインの,オリジナルの店に行来ました。
 本当に素晴らしい。全米で最優秀マーケットに常連で撰ばれる所だとか。





 客層は豊かな人達が多くて、値段は安くないのですが、良質なものばかり仕入れて、
クッキングスクールもあり、総菜のコーナーたサラダバーを、上のカフェテリアで食べられるようになっています。
 店のあちらこちらで、宣伝販売をやっていて、客が味見しながら買い物が出来るようになっています。




これは日本のデパ地下や、イカリスーパーではお馴染みの光景ですが、そのモデルはこのマーケットだったのです。
 マッシュポテトにソースをかけたもの、チョコレート3種、スープなど、販売員の説明を聞きながら、味見が出来るのは、アメリカのスーパーで、見ることのない風景です。



品物の飾り方アットホームな雰囲気で美しい。
 店のオーナーはいなくて、話が出来なかったのですが、今お店の店長がとても親切な人で、明日になれば、別の店で息子さんが働いているから、と名刺に住所と名前を書いた紙を渡してくれて、おまけに、甘い物は好きか?と聞いて、店のお菓子を袋に入れてくれました。
去年、イカリがグループで来たとのこと。





 もう日がないので、他の店まで行けないけれど、ドロシー、レイン、という素敵なスーパーが、オハイオのデイトンにあることは、確認出来ました。
帰りに、ニューヨークにもあって、人気の「トレーダー、ジョー」というワールドマーケットに寄ると、なんと殺風景なこと。倉庫に入ったような感覚。随分な違いがあります。
 生魚を売っている,グローガー、という大きなマーケットにも、昨夜行ったのですが、 ドロシーレインとは全く違うおおざっぱなアメリカ的なマーケットです。  

Posted by アッチャン at 00:48Comments(0)デイトン、オハイオ

2013年10月08日

イケアとステーキハウス


    

週末の土曜日、朝食は息子がハムエッグを作るのが、家で食事するときの決まりになっている。
 飲茶か,アメリカンの朝食か、と迷ったあげくに、家で。
食後、3人でイケアに行った。私はアウトレットに連れて行ってもらうのが目的でついて行った。
 ニューヨークのイケアには、行ったことがあるが、デイトンでは初めて。
 イケアは、神戸にも大阪にもあるけれど、一度も行ったことがない。
友人は息子さんと,神戸のイケアに良く買い物に出かけ、食事の写真が出ているのを見ている。
こちらでも、レストランがあって、随分安い。子供連れの家族が沢山来ている。家族で安い食事をして、遊び場があって、家具のサイズを測ったり、撰んだ家具の番号を紙に書いている人達。
日本のイケアは知らないのだけど、アメリカのは、ものすごく広い。





 道順が書いていて、近回りの道の案内もあるけれど、足のステップが書いてあるので,もどるには、それを反対に歩けば迷わない。
 ダイニングテーブルと椅子、姿鏡、白いベンチ、などを買うのに時間がかかり、その品物の倉庫を回って製品を取り、最後に支払いをすませてから、配送を頼む。随分時間がかかる。





 イケアの製品は,配達料が110ドルほどかかって、製品は自分で組み立てないといけない。
  体力が要求されるし、組み立ての時間と労力がないと、買えない。
 キッチンや、リビングなどのモデルは,アメリカ用に、すごく大きくて素晴らしいけけれど、ほとんどお料理しないのではないかしら。





 イケアを出て、私のアウトレットは、たったの1時間しか取ってくれない。 お腹が空いているので、カフェテリアに行く間、私は、出産祝いに、ラルフローレンで子供服を買う。
 去年来た時は、アウトレットのバーゲンをしていて、ファイナルだったので、安かったけれど、それも終わって、アウトレット価格だけのものばかり。
 妹の娘達は、これで二人ずつの子供がいるので、4人の衣服を撰ぶのに、45分かかっしてまい、あと見たいものがほとんど見られなくて、トイレにも行きたくて、あっといまのアウトレット。
 一人で来たいけれど、車がないと来られない。





 男の人は、自分の用事だけは熱心だけど、女性の買い物を待つことはしない。 夕食は、息子の行きたい,ステーキハウスに。
 会社の接待で使うレストランで、先日は、二人で誕生日に行ったとか。
 息子は150ドルのワインが美味しい、というけれど、それは接待だから出来ることで、私達は38ドルの最低のワインを撰ぶ。カウンターで席を待つ間に。すぐに、席の用意が出来た。 ワインは息子がカウンターで払った。チップを入れて、
45ドルは払っているだろう。
 ステーキは、プライムリブとサラダを。3人で175ドル。チップえをいくら払えば良いのかわからないので、クレジットを渡して書いてもらった。
215ドルの支払い。





 ステーキは美味しかった。残りはテイクアウト。それぞれの食べた残りを3つに入れてくれた。
 翌日、冷たくなっても、サラダ都一緒に食べると美味しいという。
まさにコールド。ビーフ。







このレストラン、さすがに来ている人達は、きちんとした服装の人が多い。
 平日は、ビジネスマンの商談に使われることが多いけれど、週末はカップルが友人通しという感じの客が多い。
  このレストランの、回りは高級高層アパートとブランドのブティク街。
 
 
  

Posted by アッチャン at 01:27Comments(0)デイトン、オハイオ

2013年10月05日

主の中を紹介します。2

 

     網戸越しの庭。共有なのか、公共かわかない。

    
   外は雨。

  友人のブログをみて思い出した。、ペンキ塗り、私もやりました。息子も,メーンのアパートをリニューアルして売るときに、友達にも手伝ってもらって、アパート中のペンキの塗り替えしたのが最初。
 大工道具を買って、日曜大工も随分旨くて、器用にやってます。ニューヨークからオハイオまで、引っ越し屋に頼まずに、大きいトラックを借りて、自分で運転してオハイオまでやって来ました。


   キッチンの片側
 
 こちらでは、引っ越し屋に頼むと、何十万もかかるそうです。
メーンからボストン、ボストンからニューヨーク、ニューヨークでは3度の引っ越し。
 全て友人に手伝ってもらったりしながら。
 友人の引っ越しにも手伝いに何度か行っていました。
今回は、二人だけで、借りていたタウンハウスから近いこの家に,安みのたびに運んだようです。
そういうこと、自分達で工夫しながらやったことの思い出は、年を重ねる事に貴重になるのです。人かませでやったことは、記憶に残らないものです。

食品庫


大変だったなあ、汗を流した分だけ,喜びも大きいのです。そして、自分達の身体が思うように行かなくなった時には、甘くて香しい若さの記憶が老人を勇気づきえてくれるでしょう。
 静かに座って、時の過ぎゆく様を、傍観者のように眺めながら。

洗濯室から見たキッチン

この家の中を紹介します。
主は、もっか,仕事中で、私はこの家で一番大事にされている、猫のタマと同じサイクルでいるのですから、タマは同僚が出来たと勘違いしているようで、話相手になって,猫声で,答えるし、身体をすりつけて来ては離れて行く。
ご飯は欲しいと、「ご飯、ご飯」とか細い声で泣くのです。夜中起きてて、昼間は寝ているのですから、今の私と一緒。
猫は家につくと言うでしょ。私もこの家がアグレアーブルなので、いついています。

天井には、風車がついています。

 まきさんの娘さんは、今ロスのお父さんと暮らし初めました。
 ロスで、お父さんの彼女と、彼女の息子と4人で暮らしています。
 ロスには、娘さんのおじいちゃん夫婦と従兄弟達がいて、お父さんも、そのお母さんも、ロスに引っ越して,皆が揃って生活するようになりました。

   DJでコレクションのレコードl。すごい数。持ち回っているだけ?


アメリカは、結婚と離婚が切っても切れない関係になっていて、その子供達は、そういうことに慣れていて、皆仲良く交流があって、父親と母親という関係は生涯続くのです。
 昨今は、いつでも顔を見ながら、話が出来る便利なスマフォやパネルがありますから、
 いつも一緒にいるようで、寂しくない。コンピューターは、人間を奴隷化しているけれど、コミュニケーションにも役だっていて、家族の絆をつなぐ道具にもなっている。

 メーンLLbean
の本店で,母に買ってもらった,ぬいぐるみ。でっかいバッファロー


二階の廊下から,私の寝ている部屋

専用のバスルーム


昨日は、みみちゃんと言うのですが、彼女がスマフォのビデオで,彼女がいる家を様子を見せてくれました。専用のテレビもあって、兄弟のようなライアンという男の子もいて、カリフォルニアの陽気な気候でのびのびと生活している様子。

ピンク壁の子供室
 
  ちなみに昨夜は、やっとよく寝られるようになりました。
  夕食は,サラダとサーモンをオリーブたっぷりで焼いたもの。夜中の2時頃、寝静まった深夜、ベルギーの白ビールを一本飲んで、ぐっと寝入ったようで、起きたら朝の8時
 でした。でもまた眠たい。これが時差ぼけです。日本の夜中4時です。

主寝室、ここは広い。

をークインクロゼット

中に専用のバスルーム。


 ニューヨークのメトロポリタンで、いつもソファに座って居眠りしていた時間です。
猫のタマは、窓から外を眺めています。
 



吉田さんの絵画。真っ先に,2枚だけかけたよう。



暇ですることないので、こんな紹介をしました。ああ、眠いよ。猫のタマは相変わらず、そとを眺めています。


 
  

Posted by アッチャン at 05:05Comments(0)デイトン、オハイオ

2013年10月05日

息子の家で イン デイトン

  

      


 今回の時差ぼけは酷いです。
 飛行機の中で一睡もしなかったので、夜は寝られるだろうと期待していたけれど、昨夜も全然寝られなかった。
 昨夜、速く息子の家につ着いたので、それからスーパーに買い物に出かけました。
ミキサーを買って、翌日から,特製のジュースが作るりたかったから。
小松菜はないので、野菜サラダ用の、ベビーほうれん草を入れて、豆乳、バナナ、にんじん、りんごとキウイのミキシングジュース。

   

 持って行った,柿の葉寿司を最後に食べることにして、タイ料理のテイクアウトを買って来て、その日の夕食を3人で。
 トムヤンクン、パドタイ、パパイヤのサラダ、どれも私の大好きなもので、すごく美味いしかった。
 ワシントンでも、美味しい店をみつけたのcで、ワシントンに行くとわざわざ食べに行く。ブルックリンにも人気のタイレストランがあることを知って2度行った。ボストンでも、メーン州でも。
 パリでも中華街に、行く店が決まっている。

  その後で食べる,柿の葉寿司の味も美味しく感じられる。

  
 
 家はまだ引っ越してきたばかりで、荷物が片付いていないが、広々として、良い家だ。 狭いワンルームの借家からニューヨーク生活が始まり、今は、ニューヨークに一軒のアパートと、デイトンで一軒家に住めるようになったけれど、息子も、ストレス太り。
  車の通勤なので、運動不足と、食べ過ぎとビール太り。お金ない方が健康には良くって、良いは悪い、悪いは良い。

  
 
 ニューヨークでは地下鉄で通っていたし、ジムの時間も充分あって、ビールと美食はあったけれど、テニスやランニングで体調を維持していたのに、今では運動もしたくなくて、居心地の良い家で、食事は遅く、そのままソファーで疲れてねている。
 仕事のプレッシャーがきついだけ、給料をもらえるというわけで、平等に出来ているものだ。
  朝,ミキシングジュースを作り,二人に飲んでもらった。彼らが出ていって、私はご飯を食べすぎて、眠たくなり、午後まで眠った。
 今までの空気ベッドから卒業して、しっかりしたクイーンベッドとベッドルームがあるのに、眠れるか否かな関係ない。

 

  起きると、明るくなって、雨が上がったようなので、出かけようかと思ってたら、
 雲が覆って,大粒の雨が叩きるように舗道を跳ね上がり、音をたてて土砂降り状態。
 ハリケーンが来たらどうしよう。この家は地下がない。


 
 地下があると、シェルターになって、そこに逃げれば良いけれど、お風呂場の浴槽の中が良いとテレビで言ってたけれど、風呂は二階にあるので、屋根事飛ばされる。
  4時過ぎになって、お天気になったので、散歩しながら、モールまで歩いてみようと外に出た、

 迷ったらいけないので、道と家を覚えながら,道に沿って歩くと、家の前にもどった。 もう一度歩いて、また家に戻った。
向かいの家のミリタリー服を着た,若い男性が、携帯で話ながら、私に声をかけた。
「なんか、手伝うことない?」
「モールに行きいたいのだけど。」
「ぐるっと回っていたね。」
「ここが息子の家です。」
「ああ、知ってる。引っ越してきたね。」
という会話で、彼は親切に、わかるやすいように丁寧に,モールまでの行き方を教えてくれた、


  


 私はその通りに歩いて、角とか家とか見ながら、また元の道へと歩き、家まで帰ってから、再び、モールへの道を歩いた。これくらいしておかないと、うっかり覚えつもりで、
 間単に出ていくと、帰る道がわからなくなることを、以前のオハイオで経験しているから。
 公園を通って、映画館があって、その先に、モールにある、デパートが見えて来た。
 普通、どこでもバスくらいはあるものなのに。モールにはバスがあるのに、と思いながら,歩いた。ここはスクールバス以外走っていない。


  

  モールについて、しばらくして、もう6時を過ぎている。帰らないと、まきさんが帰って来ているかも。
 テクテク歩いて、またもどる。
 

 家の前に,車が二台停まっている。あれ、こんなに早く、どうしたのかしら。
 窓が解放されていて,ドアも空いて,中に息子の姿が見える。
 私が来ているから、と言って,速く帰って来たという。すでにビール瓶を手にして飲んでいる。
  お釜にご飯をしかけてから、少し遠い所にある、トレーダーズ、ジョー、という名のワールドスーパーに買い物に出かけた。
猫の餌がなくなっているから、というのが一番の目的で、オーガニック食品が揃っているので、ジュース用の,バナナ、ケール、りんごに、ヨーグルトなどもついでに。

  

  ハムの詰め合わせ、サーモン、お肉一切れとハンバーグ用にも。ワインを2本に、ベルギービールを6本。まきさんのコエ ンザイムビタミン。支払いは、149ドルほどで、15000円くらい。

  安いということはない。ワインも1000円程のナパと、フランスのシャブリが1500円のもの。ビールも500円。お酒は安いけど,オーガニック食品は、日本と変わらない。
  
 このあたり、バスがないのは、住民の反対運動によるものとか。
  バスをつけると、低所得者や黒人が増えるからだというのだ。すごい差別意識。
 裁判までやって、その要求が受け入れられたというのだから。
  どこも混むのは、週末だけで、平日は閑古鳥がないている。
 

 今月の末は,ハロウィーン。
 カボチャが暖かい雰囲気を醸し出している。カボチャの中身をくりぬいて、ろうそくの灯を入れて楽しむ。大きなかぼちゃ。
 かぼちゃの馬車をシンデレラの為に、魔女が魔法の杖で出現させる。 
 草間弥生も好きなかぼちゃ。かぼちゃは、夢があって可愛い形をしていて、楽しさを運ぶキューピッド。

 
   

Posted by アッチャン at 00:48Comments(0)デイトン、オハイオ

2013年10月04日

 デイトンに出発

  

       


   伊丹から成田、成田からシカゴまでは11時間のフラント。ANAは、食事が美味しい、映画は吹き替えか、日本語字幕つきなので、随分沢山の映画が見られるのので、退屈しない。座骨神経痛が痛むのが心配だったけれど、間の席が空いている所を取ってもらったので、大分楽だった。
 最新映画を見ていて、結局一睡も出来なかった。
シカゴについて、トイレに行きたいような気分だったが、税関だけは取っておかないと、乗り継ぎの便に乗れなかったいけないと思って,列に並んだ。随分混んでいた。
 だんだん、お腹がおかしくなって来た。列の並びから、ようやく指示された、番号に並んだ時に、もう限界。後ろの日本人に、「すいません。お腹が痛くて、トイレに行きたいのですが。」というと、どうぞ、といってもらったので、綱をくぐってトイレに抱え込んだ。もどって,「すいません。ありがとうございました。」と言ってその人の前に並ばせもらった。日本では、朝の5時頃、 飛行機から降りると、私はいつも、この調子で、トイレに行きたくなる。いくらでも我慢出来る人がいるけれど、私がそれがだめなので、自然神経質にならざるを得ない。






時間の余裕を取って、乗り継ぎの飛行機を決めるようにしているが、日本からの出発では、出発時刻を遅らせても待っているが、アメリカでは、待ってくれない。次の便に乗るか、ルートを変えるか、そのまま次の日になることもある。
  この前に、パリに行くのに、ルフトハンザで乗り遅れて、6万ほど追加の料金を取られてからは、ゲートに20分前までに行くように心がけている。





シカゴには、定刻通り着き、2時間20分の乗り継ぎ時間があったのに、ほとんど余裕がなかった。
シカゴからは、UAエクスプレス、3列の小さな飛行機で1時間の飛行、窓際だったので、窓から雲の間を抜けていく。夕日が目線の高さに見え、雲のベールを羽織った天女達が身をまかせて天空を待っているようにも見える。



デイトンに到着したのは、夜の7時。全て定刻通りに。
成田を飛び立って20分ほどの間、台風の影響か、気流の悪い状態で随分揺れたのが怖かったが、あとは全く静かな飛行だった。
 すでに、息子が迎えに来ていた。荷物は2つのスーツケース。炊飯器の入った大きいものと、置いて帰るつもりの古いサムソナイト。


 このサムソナイトは、私と随分過酷な旅を続けたもので、駒が壊れて、修理に出した。イギリスからヨーロッパ、 アメリカにも、引き回して歩き回った、初代のスーツケース。
 ANAは、この6月から、エコノミーは、23キロ、一つになった、追加は9000円かかるようになった。
 私は,スターアライアンスのゴールドなので、無料だ。
UAの場合は、23キロ2つまで預かられる所をゴールドは、32キロまで3つも預けられる。 
 エールフランスは、20キロまでとかで、追加料金がきっちり取られるとか。友人が目方を量って入れ替えていた。
アメリカとフランスの違いが現れている。


  

Posted by アッチャン at 05:29Comments(0)旅行