2014年02月27日

映画「フィラデルフィア」

      


 
 この所、アカデミー賞の特集映画をテレビで見られるので、
毎夜、映画を見て過ごしている。
 昨夜は、「フォレスト、ガンブ」を見ていた。頭痛がひどくて、
我慢しながらも、途中一瞬、眠っていた。
 先日は、何回も観ているから、いいか、と思いながらも、新たなる
感動を受けたのは、「フィラデルフィア」だった。
 私は、フォレスト、よりもずっと「フォラデルフィア」の方が心に残る。
フィラデルフィアに行ってみたいという思いは、この映画をみたからだ。
まだフィラデルフィアに行く機会がないけれど。
ニューヨークから、電車でも2時間くらい、飛行機なら40分もあれば行けるのに。
 この映画は、エイズにかかった弁護士アンドリューは、所属する弁護士事務所から
不当に解雇された事で、勤めていた弁護士事務所を訴える。エイズへの偏見から、
引き受けてくれる弁護士がいない。デンゼルワシントン扮する黒人弁護士と共に、
名うての有名弁護士と戦うという、アメリカ映画が好きな裁判劇だ。
 私がこの映画に深く感動するのは、人間の弱さと優しさが、ホモ愛のバックボーンに
なっていることだ。
 弱さは優しさに通じるものだ。愛を求める心は、心の不安や寂しさが、人間が孤独だから求めてやまないもの。
  アンドリューは、フィラデルフィア、というニューヨークから距離を置いた、家族愛に恵まれて、友人達に囲まれて育った、優しくて繊細な子供だった。




 彼の愛情は、同性の友情的な親しみやすさと安心感のあるホモに向けられる。それが正当化されていない社会の中で、彼は隠すつもりはなかったけれど、キリスト教主義的な偏見社会では、影の存在で、どこか後ろめたさを強いられていた。
 弁護士への憧れは、「自分が正義を決断し正義の道を歩んでいると実感できること」だ。
尊敬する事務所のベテラン弁護士は、法の正義の目標的存在だったはず。
 この世の中から1000人弁護士が消えたら、「世の中はずっと良くなるだろう。」という台詞は、弁護士が、いかに不正と偏見と強欲に満ちているかということをあらわしている。
同性愛に対して、偏見を持つ人は、愛を知らない人達だ。
 アンドリューの家族は、彼の仲間達は、彼を愛し、彼を励まし、彼の支えとなっている。
 アンドリューへのパートナーの誠実で変わらない愛は献身的で、互いの信頼の元に二人三脚で傍に寄り添っている。
 彼らが同棲しいていた頃、アンドリューは、ホモがたむろする映画館に入って、パートナーへの裏切りともいえる行為をしたことが、裁判の席上で持ち上がっても、彼の愛は変わらない。
神が与える試練は人間に幾つもの苦難。耐えがいほどの苦しみや罰を与えるけれど、
不安の恐怖の中、孤独の扉をこじ開けて、叫ぶ。愛するのは、この私。愛は私、神は私そのもの、私は神になる。




カラスの素晴らしいオペラに、この映画の主題は言いつくされる。
 フィラデルフィアの主題歌が、小雨ふるフィラデルフィアの孤独のように流れる。
けだるいような静かな声で、抑揚の繰り返し、薄い、霧のようなメロディーで。
「不安な僕が愛されていると感じる時、僕の心は安心して安らぐ、。」
見終わってから、始まる映画。感動がいまでも持続していく。
 愛の形は、様々。孤独な心を受けとめて、優しく包んでくれるのは、愛、神の愛のように、全てを受け入れる穢れない愛の形。愛するのは私、私こそ神、ジャスティス、
偏見のない正義。
  

Posted by アッチャン at 16:51Comments(0)映画

2014年02月23日

岸恵子、小野田さん、吉田賢治さん。

    


  
 魂を詰めてブログを書いていたら、頭が痛くなった。その後、ずっと治らない。
出血も止まらない。
抗生物質の薬は3日間だけなので、飲み終えた。
無理したらいけないと、ソファーで寝転んでテレビを見ている。
BS放送で、「この人に会いたい。」という番組で岸恵子が出ていた。
日本とパリを行き来しながら生活している。
パリのサンルイ島の重要文化財にしてされているアパルトマンに住んでいる。
それ以前は、モルソー公園の近く、エッフェル塔が見える所に18年住んでいた。

吉田さんと歩いた懐かしい風景。
この番組がいつ撮られたのかわからないが、その中では42年間パリに暮らしていた
とか。その後、日本を拠点にして、往復しているので、まだパリの生活の方が長い。
パリでは、気をはって、背筋を伸ばして生活していなければならず、それが活力を与えてくれる。日本に帰ると、楽だけど、そのままどっぷり浸かると、それに慣れてしまうとイージーな生き方しかできなくなるという。
岸恵子の若さは、パリでの生活が育んでくれたからなんだ。
パリに長く住んでフランス人との付き合い方を学び、頭打ちを繰り返して、フランス人を理解し、パリの自由で開放的な生き方を、楽しめるようになるのだろう。
 別の時間、NHKのBSで、小野田さんのドキュメンタリーを観た。
30年間もの長い間、ジャングルの中で、一人、孤独な戦いをしていた小野田さん。
ブラジルに渡って、牧場を開き、その牧場が軌道に乗り、余裕が出来た頃、こんどは日本の子供達のために、自然学校を建設して、20000人の子供達を招待して、サバイバルの訓練をしている。執筆活動、講演会と日本での活動を広げ、飛行機に乗るまで、ブラジルのことは忘れているという。
 ブラジルの牧場に帰ると、ほっとする、解放された気分になれる。

小野田さんの風貌は、どこか吉田賢治さんに似ている。
 頑固一徹の、性格と無類のない人間愛に満ちた所が、顔の表情にまで現れている。
 曇りのない澄み切った目が、物事の本質を見通す力を示している。
 てこでも動かない、強い精神力と神の啓示だと思われる、使命感。

戦前の人が、皆そうだったわけだはない。
 小野田さんは言う。
「 頑固で、親と衝突した。自分の信念をまげなかった。だから、早くから家を出て
独立した。」
 親を棍棒で殴り殺したニュースを見て、小野田さんは思った。
「子供が親もとから離れて、独立できれば、こういうことにはならなかった。子供たちの為に出来ることはあるはずだ。
自由で伸び伸びとした精神、自分がやりたいことを自分で見つけ、それに向かって踏み出すような環境を作ることが大事だ。」

吉田さんは、戦争から帰ると、若い教師になった。子供達に、自由に絵を画かせることに専念し、学校での教えも子供たちのそれぞれの個性を尊重して、遊ばせてばかりいるので、
型のはまった権威主義の上から、非難された、と笑っておられた。

小野田さんと吉田さんは、自分が自由にものを考え、其の責任のもとに希望を持ってものごとに取り組んできた人達だから、閉鎖的な日本から、飛び出して行った。
 岸恵子にも共通するのは、「自由でいたい」「自分の生き方を貫く頑固さ」だと思う。

それが出来るのは、自立した精神力を持つ人だ。
孤独を愛する人だ。
  

Posted by アッチャン at 17:02Comments(0)日々の事

2014年02月22日

インプラントの手術

       



インプラントの手術は、様々な方法で、様々な設備の中で行われるのは、インターネットの普及により、事前の知識は得られるのですが、どれがベストなのかはわかりません。
 なので、やはり不安でした。
麻酔の方法も、笑き麻酔、静脈から、全身麻酔で知らないうちに、手術を行う所もあります。
 インプラントの値段も安いものは15万円から50万円くらいまでの幅があって、それを技術の差とか、使っている材料の値段の差とか書いていて、ようは、医院を選のに、信頼するかどうかの問題になるようです。
 それで、体験者の口コミが、判断の材料になります。
インプラントは、以前と違って、簡単なものになり、誰でも出来るようになりましたから、どこの歯医者でも、インプラントが出来るのです。
 設備の整った所で、麻酔医も同席して、科学的な手段を使って、狂いのない手術も出来るようになっています。
 いちがいに、値段が高い、安いとは言えないのはそういう所にもありますが、インプラントだから40万、50万という値段を取っても誰にも何も言われないし、たとえ失敗に終わっても、インプラントだから、というので、まかり通っているのです。
 医療の現場で詳しい友人から、「インプラントは失敗が多いのよ・問題も多い、と言われ、彼女のお兄さんも、大変な目にあって、術後取り払ってもらった。」と聞き、歯科医を夫に持つ従妹からも、「インプラントは失敗が多い。問題があるから、勧められない。」と言われ、門戸にある、根幹治療を自費診療でやってる歯科医も、インプラントはやらない、問題が多いから、と言われていたのです。
 
 私が、歯医者を転々とした上に選んだ歯科医は,デンタルネットで、大阪で一番の口コミの歯科医で、そういうネットを見てやってくるからなのか、私は1年半待ち。
 初見のあと、やはり抜歯しなければならないというのですが、抜歯にも、キャンセルが出た時に知らせるというもので、抜歯まで4か月、その後、インプラントの手術の時間を取るにに、1年半待ちというものでした。
 抜歯の時も、腫れがなく、楽だったのですが、本来なら、破ってしまうクラウンの連結をそのまま使えるようにと、被せたままで、根だけを切り抜くという作業で、2時間くらいかかりました。
 そのクランの連結を使って、1年半待つので、そちらの方では噛まないようにしていました。
以前に通っていた歯科医は、抜歯すると中3本が無くなるので、ブリッジでは持たないから、インプラントを勧め、息子が開業した、芦屋を紹介してくれたのです。
息子さんもとても感じの良い親切な人でしたし、手術は自分一人でやすのではなく、複数の歯科医でするとのことでした。
その当時は、抜かずになんとか治らないものかと、良いと言われる歯科医を探して、門戸と、豊中の歯科医にも通いましたが、結局、今の歯科医を訪ねて、これはだめだと言われて納得せざるを得なかった。
インプラントは、技術のない医者がやるので、しっかりした技術を持っていれば何の問題もないとのこと。説明も親切で、治療が丁寧、清潔、というのは、評判通りでした。

でも、早いもので1年半が迫り、手術の日が近づいた頃、友人に、インプラントはやめておいたほうが良いと言われて、その後、ネットでいろんな方法や体験者の情報を探したり。
 
 手術は無事に終わりました。
無菌状態にするのに、とても神経を使っているので、うがいをして、口をふき取って、その後、何も口の所に持って行ってはいけないのです。先生も何をするにも一一消毒して、乾燥させてるようで、その音が聞こえてきます。
先生一人で、唾液を吸い取る衛生士が一人ついているだけで、局所麻酔の後、麻酔が効くまでの間に、1年半も仮でつけていた歯を取るのに、なかなか取れなくて、ハンマーでがんがん叩いて時間がかかり、それだけでも気分がふうとなって疲れが出ました。
 それから、歯の全体の掃除をして、強電解水を使って、無菌状態で、手術が進んで行きました。
 時々、「大丈夫ですか?」と声をかけてもらうので、気もちがほぐれます。楽にしてください、という声も何度か。体中が凍ってしまって、固くなっています。
 トイレに行きたいし、いつ終わるのか、そればかり気になって。
 2時間半かかっていました、。
術後、CTでインプラントの入った状態をチェックして、きちっとぎりぎりの所で収まっていました。成功です、と言われ、ほっとしました。
 私のは、骨がなくなっているので、そこに人工骨を入れる手術もかねていたの、
 一本はドりルを使って通常通りの方法で、もう一本は、手作業で、細い穴を開けて、そこから押し上げて行く方法がとられました。
 CTで事前に取った画像をみながら、手作業で、指の感を頼りに、思う所にインプラントを入れるのですから、すごい歯医者です。
  昔、阪大で、親知らずを抜いてもらったことがあるのですが、それは非常にまれなケースで、あごの骨に巻き込んでいたので、阪大の部長が手術をしてくれたのですが、術後、
ものすごく腫れて、熱が出て、犬のように口からよだれがたえず出て、傷みと酷さで寝られず、大変な思いをしました。

 今の歯科医は、強電解水、を使って、無菌状態で手術するので、その後の腫れや傷みが随分楽なのだということです。腫れも確かにあまりなくて、傷みもそれほど酷くないのです。
昨日、手術後の検査で行って、喉の奥から血液が出て来る言ったのですが、奥まで切れたのかもと言われました。まだ、出血は止まらないので、昨日もシャワーだけ。
夜、電話がかりました。
こんな時間にかけてくる人いないのだけど。
歯医者さんでした。
「言い忘れたので。血が出ると言われていたので。2週間ほど鼻を強くかまないようにしてください。」
親切な医者だなあ、こんな時間まで仕事している、と思ったのですが、そう、思い出しました。なにかで電話したことがあって、「12時頃まで大概はいますので、いつでも何かあれば電話してください。」と言われたことがありました。



  

Posted by アッチャン at 13:02Comments(0)日々の事

2014年02月17日

若者の田母神氏支持

 
  
  

 
 この前の都知事戦で、細川さんは、若い人の票がほとんど入らなかった。
田母神さんへの支持が多かった。
右翼化が、若い人達に浸透しつつあることの恐ろしさ。
今朝、証券会社からの電話で、担当の若い女性は、細川政権の時代は、小3だったので、
知らなかったという。
田母神さんが支持された理由に、メディアへの露出、インターネットでの活動に力を入れ、若い人達を優遇することを訴えた所にあるといわれている。
若者が生きにくい今の日本で、若い人達は、もがき苦しんでいる。
将来に希望を持てない人達、どうしたら良いのかわからない人達が、求めるのは、自分達を引っ張って行ってくれる、強いリーダーだ。
彼らが弱い存在であるから、強いものを要求する。
そこに出て来たのが、維新の橋本さんだった。
強い日本を取り戻す、というスローガンをかかげて、自民党政権を取り戻した安倍首相は、
強いリーダーとしてのパーフォーマンスを内外にアピールしている。
その言動に危機感を感じ始めているアメリカやヨーロッパ。
戦前の日本が復活するのではないか、と怖れている。
暴走を許さない為には、政権交代可能な二大政党の存在が不可欠だが、日本では、常に失敗に終わっている。
細川政権の誕生はわずか8か月で自民党に潰され、それ以後自民の独裁が続いた。
二回目の民主党政権も、内部崩壊と、自民党の策略によって潰れた。日本人は民主主義を育てられない国民なのだろうか。
自民党は国民のニーズの受け皿となって変わったのだろうか? 変わったとすれば、自民党の中のハト派と呼ばれたリベラルな考えを持った政治家がいなくなったことだ。いても、声を出せなくなった。
戦争を体験し、戦争の悲惨さを知り、平和な日本を祈願した政治家達が去り、戦争中,軍国主義を推し進め、国粋主義者であり、戦犯となった岸首相の孫が、国のリーダーとなり、
日本の高度成長期に育ち、偏差値で教育を受けた人達が、国の中枢に座るようになった。
 ますます、日本の中で、民主主義は育たなくなってしまった。
戦争悪を訴え続けてきた、澤地さんが、重い心臓病をおして、細川さんの応援演説をしていた。耳を傾けて欲しい若い人達は、田母神氏の声を聴いている。

 昨日、本屋で、日本の円が二年後に250円になるという本が棚を飾っていた。
アベノミクスは失敗、国債は破綻する、と。
 円で持っておいてはいけない、国外の銀行に口座を開くべし。

 その一方で、株価は20000円になり、日本の経済は今後成長していく、という本が
同じ棚に並んでいる。

どちらも、本を売らんかなの嘘っぱちなのか、それともどちらかが正しいのか、わからない。
前者の方が、私は可能性があると見ている。今の安倍政権でのやりかたでは、戦争に駆り出された、戦前の日本のように、ハイパーインフレを起こすのではないかと懸念している。
  
  

Posted by アッチャン at 12:06Comments(0)コラム

2014年02月14日

奈良県立新公会堂の瑠璃祭

 
    




 奈良の新公会堂での、イベントは、14日までの、瑠璃祭という夜間のイルミネーションがメインだったようで、裏山の若草山でしょうか、光のデコレーションが素晴らしかった。
 春日神社と春日大社と結んで、夜のライトアップと、光の芸術とのコラボもあって、
この会館の前には、グルメ出店が並んで、会館の前にテーブルが作られ、そこで食べられるようになっています。





私はお腹が空いてなくて、幕間の休憩時間のなにか、と思ってましたが、休憩はなく、終わると、会館の窓から、ブルーのイルミネーションに輝いた、夢のような世界が見えて、
中か写真を撮ったのですが、花の形をした紙を買って、そこから裏側に入る人達が一杯ならんでいるので、会館の反対側にある、一般の窓から写真を写そうと思って、反対側に行くと、そこから一般の人達も出ていけるようになっています。
花形の紙は、祈りのメッセージを書いて、好きな所に置くようになっていて、500円いるのですが、一般は無料で、同じところに入ることが出来ます。入ると言っても、会館の外側 の中庭から、若草山の丘陵全体が、イルミネーションになっていて、光のオブジェが作られています。
 光の回廊を通り、外に出るようになっていました。そこからは、東大寺への道が続くのですが、しばらく歩いて、帰らないと時間がなくなるので、引き換えし、近鉄奈良駅まで歩いて帰りました。
 宿泊して、このイルミネーションのイベントを楽しむ人も多かったのでしょう。
 この会館での、イルミネーションは、6時から夜の9時までなので、私は帰り道、今から見に来る人も多かったのですが、とても寒いのです。
 凍り付くような寒さでしたが、今書いている雪の日が、最終日、どうなるのかしら。
閉館なのでしょうね。





 運よく、素晴らしいものをみせてもらって、最高のエンターテイメントを楽しんで、
幸せな気分で帰ってきました。
 翌日は、1年半待ったの順番が来て、歯医者の予約が入っていたので、奈良のホテルを取らずに帰って来たのです。



 てっきり、手術だと思ってたら、そんなことありませんよね。
 CTを取って、抜歯した後、骨が出来ているはずだったのですが、出来ていなくて、手術するはずの歯が出来ないので、間になるはずの場所にインプラントをいれるようです。
 予定していた場所は、出来ないことはないけど、余計な費用と、簡単ではない込み入った手術をして、時間もさらに6か月以上伸びることになるとのことで、別の場所に変えて、
それでも持つか様子見ながらということになりました。





 来週が、予定されていた時間で。2時間半取っているとのことでした。
 今かかっている、歯科は、予約を待っている人達で、1年先、2年先の計画が決まっているので、計画を変更するのなら、また、最初からやりなおしにもなりかねないのです。





 考えてみれば、そこまでしなくても、良い歯科医は一杯いるのでしょうけれど。
 来週になったので、また風邪を引かないように気をつけないと、予約をキャンセルしたら、次いつしてもらえるかわからないのですから。
 2時間半もの長い時間を取るのには、1年半先だと言われてずっと待っていたのですから。その後の予約時間は、その一年先まで組まれています。
こういう歯科にして、良かったのかどうか、疑問にも思えるのですが。


  

Posted by アッチャン at 15:40Comments(0)日々の事旅行

2014年02月14日

猿之助「いざない寿福増長」

 
   

    

 奈良の新公会堂で、「いざない寿福増長」と題して、能楽師の茂山良暢と歌舞伎の猿之助が、能楽と異文化のコラボレーション公演を行うというので、奈良まででかけていきました。
奈良県の新公会堂に、能舞台があることを知らない人も多いのではないでしょうか。
私もその一人です。
この能舞台は、東京の国立と、福岡のものと同じ造りになっているとか。とても立派なもので、音響効果が素晴らしく、500人まで観客を入れられるようになっているようで。す。
春秋座での猿之助の特別舞踊公演で、この公演知ったのですが、会館の方に電話で予約しました。最後列の席しか残っていなかったのですが、間の柱を取るので、どこからも見られるようになっていて、私の席は、脇から出て来る所に近かったので、良く見えました。棒しばり、という狂言は、歌舞伎でも上演されるので、知ってる人が多いものですが、
茂山良暢は、迫力のある、素晴らしい声で、抑揚も魅力的で、実力のある能楽師だと感心しました。





二部は、猿之助を迎えて、良暢と猿之助のトークが、1時間余りあり、それから、いきなり台本を渡された猿之助が、良暢が演じた、次郎冠者の台詞を、良暢は、太郎冠者の台詞のかけあいを、歌舞伎と能のせりふで演じて、観客は大喜び、感動と割れるような拍手でした。
良暢は、猿之助が今監督に就任している、春秋座のある、造形芸術大の学生だった頃、猿之助が亀次郎として、春秋座で「亀治郎の会」を立ち上げた最初から、学生達と一緒に舞台を作って来た時から、ずっとボランティア活動を続けて来て、東京での亀治郎の会へも、最初の学生仲間を一緒に、手伝いに来ていたとか。





良暢の生涯三つのお願いの一つで、今回、奈良の新公会でのコラボ主演となりました。
トークがものすごく面白くて、これまでの、二人の歩みをテレビのビデオで映しながら、
良暢が、つっこんだ質問や、子役から今日までの、能と歌舞伎の違いや、役者としての成長過程など、観客は皆、引き込まれて笑いの渦も加わって、和気あいあいとはまさにこんな感じをいうのでしょう。
会場は一つになっていました。
奈良ですから、何人か、いかにも高僧という風格のある人が中央の席に座っています。
子供ずれの人も何人か。





良暢は、子供達に、能狂言を教えるボランティア活動もしているとのことで、海外でのコラボ共演、ボランティアなど、注目される存在で、猿之助と一緒に、他の異文化の人達との活動も。
会場には、学生時代から猿之助のボランティアをして手伝って来た仲間達が来ていました。
猿之助観たさにやってきた観客も多く、県外からの観客は半分くらいいて、北は北海道から、南は九州からやってきたフアン達。
大阪から来た猿之助は、10日のリーガロイヤルでのイベント、翌日のお昼は佐々木内蔵助とのトークがあり、その夜は、佐々木内蔵助のディナーとトークというイベントになっていたので、その夜もきっとトークで応援出演していたようで、2日間の宿泊だったようです。
大阪からやっときて、すぐに帰るので、今度は観光だけで来たいと言っていました。
  

Posted by アッチャン at 12:46Comments(0)演劇

2014年02月11日

「藤田嗣二の手紙」の危険性


  
  


今朝の朝日テレビで、「藤田嗣二の手紙」と題しての、民放教の番組を見た。
戦後、封印されて来たものが、最近、美化されて放映されるようになっている。
 藤田嗣二の戦争画が、戦争の悲惨さ,、むごさを描いているので、反戦画
だと、私はかつて、パリ在住の吉田さんに言ったことがある。
 藤田嗣二の戦争画を集めた展覧会を日本で観た後だった。
吉田さんは、「藤田嗣二はだめだ。いくら素晴らしい芸術家だと日本では
賞賛されても、ヒューマニズムを重視するフランスでの評価は低い。」とい
われた。
ピカソはゲルニカを描いたことで、偉大な芸術家だと認められている。
ピカソと藤田では、大違いだ、と。
その意味が、今朝の放送で、より鮮明になったのだけど、
田母神氏のような人が、何十万票も若者に支持され、今、NHKの評議委員に任命された百田さんの「永遠のゼロ」が動員人数トップを続けている状況において、この番組も、
国粋主義の台頭を美化する役割を担っていると、私は懸念している。
 パリの寵児ともてはやされた頃の藤田は、お河童頭で耳にはイヤリング、モンパルナスのキキを従えて、有頂天になっていたが、日本に帰り、お河童頭から、軍国の志に変身、
頭を刈り、 陸美の理事長になった。
 藤田嗣二が、同じく戦争画を描いていた、中村研一にあてて書かれた6通の手紙をもとにして、ドキュメンタリー放送が作られた。
中村の机の中にしまわれて、世に出ることのなかった手紙には、藤田嗣二が、
 愛国主義であったことを示している。
 戦争の間、彼は躍動感を持って、ダイナミックに絵画を描けた。藤田には、戦争に傾倒し、戦争の悲惨さ、人間の残酷さも、美の対象であった。
 藤田が深く落胆したのは、日本の様変わりだった。
昨日まで賛美されて指示されていたものが、戦争に負けるや否や、戦争加担者として、バッシングを受ける。
 手紙には、藤田は、日本の勝利を信じていた。戦争の悲惨さを描くことで、国民が米国への憎しみを増し、玉砕への道を歩むことを、美的なもの、麗しい精神だと高揚感を持っていたにちがいない。
藤田の描いた絵画の横に、軍服姿で水筒をかけて、絵の前に,さい銭箱を置いた。
 人々は、その絵を見て拝み、さい銭箱にお金をいれると、藤田は軍人のような敬礼をしてたと、当時を知る画家の、野見山さんは語っている。
美談にしてはいけない。





藤田嗣二は、パリで、お河童にしてピアスをはめ、闊歩していた場所を、日本の戦時体制に変えた。頭を軍人のように刈り上げ、軍服を来て、絵画の前で感激してくれる人達に答え、自らを美化し陶酔状態であったとおいうことだ。
東京の下町で生まれ、生粋の江戸っ子だった藤田だから、アメリカ嫌いから、フランスにのパリに憧れたのは明かだがパリを後にし、メキシコに滞在、メキシコの偉大な革命家であり、画家であるロヨラの真似をしたかったこともある。藤田の絵が、メキシコ風に色鮮やかに描かれる時期もあった。
戦争画を描いた画家達は、戦争への情熱もさることながら、ほとんどの人は、絵の具欲しさと食べていくためだっただろう。
多くの人が飢えで苦しんでいるにも、藤田は、農家から食料を得て、二日に一度は牛乳をもらい、お礼に絵を描いていた。
 つまり、彼は困窮したことがないのだ。
やりたいことはやってきて、国が負けたことに、酷く落胆した。
 自分が責められるいわれはないのに、と思ったに違いない。
アトリエで、多くの絵画を何日にもわたって焼いた。
 手紙に、2,3枚でも、残れば良いと買いている。
日本名を英字に変えた。世界の藤田嗣二の絵画として世に出る為に。
中村研二は、藤田が日本を捨てることに、深く落胆したと日記に続っている。
 以前にも、私は書いたが、これを見ても、藤田は我儘で、感情的な子供だった。
深い哲学的な思想があるわけではない。そこがピカソと大いに違うところだ。
作品とその作者を結び付けてはいけない。作品の独立性を主張することも出来る。
けれど、藤田は、日本が誇り世界的な画家の、第一人者である。
今日のドキュメンタリーで、藤田が、戦場に送られる若者に、色紙を書いていたことを取り上げ、猫と豆の絵の中に、「豆に生きよ。」と暗に生きて帰ることを願っていたという美談を入れている。そして彼は職人であったと。
「永遠のゼロ」もそう。生きて帰れと歌っている。が、その過程こそが問題だし、その根底にある哲学がなければならない。
情熱が先行し、情熱をあおるようなものが、日本人が好きだと言うことが問題だ。
「ヒロシマ」を18万枚売上、日本のベートーベンだとはやされた、沢の河内さん。
NHKは、3度もドキュメンタリーで取り上げ、民放もこぞって放送した。
 裏切られたと怒っても、彼を寵児にした側の責任が問われるべき。メディアの影響がいかに大きく影響を及ぼすものであるかを反省すべきものである。

人の善意を利用することで、悲惨な戦争も起こりうるということ。
偉大なる音楽家ワーグナーが、ヒットラーの独裁政権に利用された。
人の感情を揺さぶることの恐ろしさ、それを利用して高揚していく
今の政情を,怖れている。
  

Posted by アッチャン at 13:58Comments(0)

2014年02月10日

原発廃止に向けて、戦いはこれから増大する

    
    



http://tokyo-tonosama.com/index.html
 都知事選は、舛添氏の圧勝で幕を閉じた。
私は、東京人ではないけれど、都知事選で、細川さんを応援していた。
投票前夜、18時半に新宿アルタ前での、最期の応援演説と候補者の声を聴くために、
コナミに行かず、ネットでのライブを見る為に帰って来た。
降りしきる雪の中、多くの聴衆と、壇上の人達が一つになって、心は燃えていた。
よく頑張った。細川さん、小泉さん、そして、心臓病で長く患いながら、この間の選挙の応援演説を続けてきた、澤地久恵さん。
 もうこんな世の中生きていたくない、と言っていた、瀬戸内寂聴さんも、街頭演説に立ち、必死の応援をされた。
 何故?
それは、安部政権に危機を感じているからだ。
 平和な国から、戦争の出来る国に。命を守る国から、命を軽んじる国に。
 特定秘密保護法の成立で、自由にものが言えない時代になる。戦前の弾圧が復活する
ことを、怖れて。
 事実、安部総理は、着々と自分の心情に基づいて、「日本を取り戻す」べく動いている。
細川さんは、
「原発を話題に乗せない。話題にさせないように力が働いている。」と言っているが、その言葉を民法で、流したのは朝日だけだった。
 選挙後、公共放送である、NHKは、そのまま伝えたけれど、これまでNHKが果たして来た、貴重な役割でさえも、安倍首相が選任した、評議員が、とんでもない人物であることが指摘されても、安部総理は、平然と余裕すら持って薄笑いを浮かべている。
 NHKは、政府の専用放送になりかねない事態に陥るかもしれない。
国民からの視聴料で賄われている、ただ一つの公共放送であるはずなのに。
 今回の都知事戦に、話を戻してみれば、自民党と公明党の組織票に加え、東電の組合をかかえている、連合が、舛添氏の指示に回った。
 共産党と社民支持の宇都宮さんと細川さんの、原発票が割れ、社会福祉や都民がかかえている、生活問題に重点を置いた、宇野宮さんへの票が、宇野宮さんを健闘させた。
二人が一緒になっていれば、事態は違ってたかもしれないが、トルストイと、ドストエフスキーとの隔たりがある。
 殿のご乱心には、同調できない。
今回、多くの知識人が、細川さんを支持したのは、細川さんの深い、ヒューマニズムにであると私は思う。
[世の中の間違った事、おかしいことに、黙ってはいられない。未来の子供たちに今生きてる私達の責任を放棄しては、死んでも死にきれない。]と立ち上がった勇気に。
 汚い政治の世界から、」距離を置いて、戻るまいと、自然主義的に生きてきた細川さんが、快適な余生を送れるはずであった個人的な暮らしを捨てて、何もかも捨てて、命をかけて
戦っている姿に、私は深い感銘を受けた。
その結果は、自民党と公明党、労働組合の組織票、目の前の暮らしが問題だという人達の票によって、大差をつけられての敗北だった。
決心するのが遅かった、との声も多い。マスコミでもっと早くから取り上げれられれば。
時間が足りなかったとの声も。
自民党は、原発の再稼働に、都民の了承がえられたとみている。
 細川さんと小泉さんの、ドン・キホーテとサンチョの戦いは、これから仕切り直して、再び動き出す。
この動きは、今まで国会前で行って来た、原発反対の抗議デモよりも、はるかに大きな
ものになるのではないだろうか。
アベノミクスは、成功しないと私は見ている。
株価がこのまま上がり続けるとは思わない。
安部首相が無責任なな言動だけで、給料を上げてくれと頼まれても、給料を上げるだろうか。給料はコストなので、配当を出したり、ボーナスや一時金は出せても、給料をあげない所が多いだろう。
消費税が上がる前に、駆け込みで消費は一時的に増えるが、その後の落ち込みが心配だ。
 物価が上がる。給料は上がらない。年金は減らされる。医療費の負担は増える。自民党に期待している人が多いが、
 私がもっとも恐れてるのは、ハイパーインフレだ。

共産党や社民党が主張するような、福祉の充実、施設をどんどん増やして、医療費を無料にするなんていうが、そういうことが不可能だから、主張している。
言葉だけの絵にかいた餅だ。
施し型の政治は、共産党の議員が、鼠小僧に変身しないと無理。金持ちから略奪して、貧乏人に分け与える。その結果、誰もがつぶれてしまう。

これから日本が生き残るには、新しい研究を企業に結び付けることが必要だ。
自然エネルギーへの転換は、そのための強力な手段になる。
その一方で、今あるものを活用して、人口の減少を見据えて、未来のニーズにあった、コンパクトなものにしていくこと。
人口の減少と高齢化は避けられない。
 細川さんも、小泉さんも言っているように、年寄にならなければ、若いのだ。
 共助の社会体制が必要だ。
保育所の必要な若い人達と、働きたいお年寄りとの共助で、保育所問題は解決する。
 家にいる一人暮らしの女性は増えている。
子育てのプロだった女性達が、自宅保育で、お金を稼ぐ。
 大学生は、学費を稼ぐ為に、介護のボランティアをする。
ウィンウィンの関係を至るところで、展開できるようになる。
たとえば、の話だけど、そういう発想の転換が、日本を持続可能な
経済成長へと導ける、太い道を作るだろう。
  

Posted by アッチャン at 13:33Comments(0)コラム

2014年02月05日

リッツカールトンでの、猿之助ナイト

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昨日、猿之助の春秋座特別舞踊公演の帰り
 に前の人が華話していた、猿之助のリッツカールトン
での催し、気になって、ネットで,大阪のリッツカールトンのホームページを
のぞいたら、ありました。
宿泊コースは、満室ですが、40000円のディナー、ディナーショーとその後の
パーティーまでのコースのチケットはあるようです。

http://www.ritz-carlton.co.jp/information/7117.html


 ただし、後ろの席だけしか残っていません。

 行きたいなあ。でも着て行く服もないし、

 4万円はなんぼなんでも、贅沢だし。

 フアンは凄いです。

 宿泊プランは、10万から。売りけれでし。

 100万円、30万円のコースもまず最初に売れたようで、

 その夜は、猿之助と仲間達で、全館貸し切りのようです。

 宿泊者には、猿之助のバータイムがあって、それが夜中の12時まで

 その後、猿之助は、お部屋に。特別の100万、30万のコースを買った人のお部屋に。

 ユニークな企画、フアンはもうドキドキでしょうね。

   

Posted by アッチャン at 14:54Comments(0)

2014年02月04日

春秋座「猿ノ助舞踊公演」

 
      
                                                                                           

 節分の今日、京都の春秋座で、芸術監督に就任した、猿ノ助の舞踊公演を観に行って来ました。
 春秋座という名前は、猿ノ助の曾祖父がつけた名前。
 猿ノ助の達筆な筆で、劇場の入り口にかかっっています。
  「助六」から、始まって、1時間のトークがあり、猿ノ助の舞台のビデオが、休憩時間を短縮するために上映され、2作目の「女助六」で幕を閉じますが、カーテンコールの後、節分なので、豆まきがありました。
 助六は、素顔で着物姿での踊りでした。
新鮮で、きりっとした美しさがあって、黒の着物の中袖に,紫があしらわれ、助六の衣装を思わせるのですが、袴姿は、舞踊家としての背筋を伸ばした美しさ。





 助六が終わると、黒い着物と袴姿にかえて、トークが始まりました。
 猿翁時代から、鼓で、演技を盛り上げて来て、今や猿ノ助にはなくてはならないパートナー田中が出演していました。
 春秋座は、猿翁さんが,猿ノ助時代に、芸術監督を務め,この劇場を作ったのも、猿翁さんが、あらゆる公演に使えるように、前、4列は地下に下がるとオーケストラボックスに早変わり。花道は両方に変えたり、のけたり出来る可動式、宙づりの施設も完璧、椅子と椅子の間から 配置し、女性トレイは、沢山作っているので、列を作って長く待たなくてもようように、などの工夫がいたるところにある,と言うことを、猿ノ助がトークで説明していた。
 京都の南座での顔見せと、春の春秋座での、若手を育てる顔見せを,猿翁さんは夢見ていた。
 猿翁さんは,浅草の公会堂での公演に長く出ていたので、京都にも、若手の登竜門としての顔見せが必要だと思ったのだろう。
 毎年、2月に軽井沢の別荘で稽古をする。キャベツ畑で稽古をする。朝から夜中の一時、二時まで、猿翁さんはエネルギッシュに、新しい試みとの格闘で、亀治郎時代の猿ノ助と伝治郎さん達弟子は,居眠りしながら、猿翁さんが熱く語るのを聞かされていた。
 軽井沢の思いでは,寒くて辛いことくらいだと笑っている。
 亀治郎は、こっそり抜けだして、サボっていたとか。
  歌舞伎には、の能や狂言を取り入れたのものが伝承されている。





 河原乞食の歌舞伎役者は、観ることも許されていなかったので、能舞台の軒下に潜り込んで、気配で覚えたのだと、猿ノ助さんが笑いながら語っていた。
 今でこそ、コラボレーションで、猿ノ助と能役者、狂言師とが、一緒に舞台に立つことが出来るので、幸せなことだと。
 歌舞伎は,出雲の阿国が,河原で踊って、お金を稼いだの始まり。
 
 
 
 
 聖というのは、乞食にも使われる言葉だけど、神聖なることも表す。汚れのない存在として.
 身分の最も低い存在である、歌舞伎役者が、その身分に誇りを持っているのは、時代を超えて、皆が最も憧れる自由で独創的な世界に生き、大衆に生きる力と希望を与える存在であるからだ。




 その伝統を継承しつつ、新しい時代のニーズに応えて、日日精進努力している彼ら、歌舞伎界を担っている、歌舞伎役者達は、エネリギッシュで感性が鋭くて、身体を酷使するのも厭わずに、想像の世界を彷徨う。
 歌舞伎役者を問わず、芸の世界に生きる人達は、腰が低い。ご贔屓にしてもらわないと,芸道の道は絶たれる
 絵の世界でも,演劇、オペラ、なんでもそうで、援助に支えられて、華を咲かせることが出来る。
 最も自由でありたい人達、人の意に迎合出来ない人達の才能を花咲かせる為に、人に頭を下げないといけない。
 矛盾していると思われるけれど、物事の裏表、どちらかがかければ、成りたたない。




 帰り道、バスを待つ長い列が出来ている。雨がぼそぼそ降り始めていた。
前にいる良く超えた婦人が、隣の女性と話をしている。
 「今度はリッツカールトンだわ。」
 「100万、30万、10万という,ファックスが来て、100万は、猿ノ助が部屋に来て、一人の為に踊ってくれて、食事の世話をして、お酒も付き合ってくれるらしい。すぐ売れたらしいわ。 30万は、やはり部屋に来て、若手と一緒に踊ってくれる。10万は、10人くらいの所で。10万のもすぐに売りきれて買えないので、一般のディナーの席を買って、今度は着物を着ていくわ。」と太った人が話している。
 隣の女性は、パンダの人形を抱いている。
「そんなの、部屋に一人で来られたら,押し入れに隠れて,出られない。」と同じ言葉を繰り返している。
  フアンクラブに入っている人達らしい。
 「猿ノ助は、あの若い人達を弟子として食べさせないといけないから、大変だわ。」
 「今日、腰をかばって座ってた。腰を傷めているよ、あれは。えんなに身体酷使してたら、50まで持たないわ。」と心配している。
 三重からやってきて、これから帰る。浅草も、どこもおっかけで日本中、猿ノ助の公演は、何度も観ているらしい。
「ああ、ベニスの商人が観たいわ。」地方公演で、随分観たけど、兵庫県立では、3日しかなかった。3日とも観たわ。」
 人の話を盗み聞きしていると、バスを待つ時間も忘れて面白い。
 凄いなあ,フアンは。私のはフアンろは言わないのだ。

  フアンは,猿ノ助のために、猿ノ助は、フアンあっての、猿ノ助。
  熱狂的なフアンがいて、熱狂的にフアンを喜ばせる為の舞台を作り出す。
  フアンの幸せに為に、フアンは猿ノ助が踊り続けられるために。  

Posted by アッチャン at 14:34Comments(0)

2014年02月02日

魅惑のパリ

    


  友人がパリの写真をブログに入れている。
日本の写真と色が違う。どうしてかな。
光のせいか、とても美しい。
パリの写真を見ると、「ああ行きたい。」と思う。
魅惑のパリという言葉はぴったりだ。
 ニューヨークの写真を見てもこんな気持ちは
湧いてこない。
パリは、私に取って、特別な町。
セーヌ川を思うだけで、胸が一杯になる。
なぜなのかは、わからない。
パリには沢山の思い出がつまっている。
何度、パリに行ったのかな。
覚えていない。
モンマルトルの従妹が住んでいたアパートの
床板がコツコツと靴音を立てる、きしみながら音を立てる
固い扉を開けて、中庭があって、その中に建物がある。
猫がいて、古い建物の、パリの匂いがした。
一つ星のホテル
シングルベッドが二つ
トイレは鍵をもらって、階下の共同トイレ
バケットとジャム、コーヒーだけの簡単な朝食
その安ホテルは、今星が増えて、綺麗になって、
値段も高くなってる。
私が泊まっていた頃、まだフランが通用していた。
一晩80フランだった。ユーロにするといくらかな。
15ユーロくらいかしら。
それが、パリに魅惑された始まり。
いえ、その前に家族で観光でパリに。
 従妹はエコールドボザールの学生だった。
父と母は、団体でリドに
私は従妹と、ラパン、アジルに。
シャンソニエで初めて本場のシャンソンを聞いた。
 今のように観光化されていなかった。
それが、パリに魅せられるようになった始まり。
私のパリも、思えば長い年月
 走馬灯のように目に浮かぶパリでの出来事。
パリの景色を映した写真を見ると
行きたくなって、胸が騒ぐ
魅惑のパリ
  

Posted by アッチャン at 00:57Comments(0)日々の事paris

2014年02月01日

映画「ウルフオブ ウォールストリート」


 
  

http://eiga.com/movie/78790/


 月末で、東宝のチケットが残っているので、映画を見に。
 
 2枚あるかなと思っていたら、一枚なので、この映画だけを見ることに。

 お蔭で、母の所にも行けたし、コナミにも。

 前日、父の命日で、家族で集まったので、行けなくても良いかな、とも思っていたけれど、

 一枚しかなくて、良かった。

 この映画、3時間くらいの長いもので、結構疲れる。
 
 凄い映画で、お金と麻薬と、破廉恥で、これが本当にあったことだから、

 興味を持って見続けられる。

 デカプリオは、子供顔の甘いマスクに、コンプレックスを持っているのではないかしら。

 男くさい役をやりたがる、悪表の顔を持った役柄に魅力を感じている。


 そして、何よりも、演技の旨い俳優に。

 一生懸命の汚れ役の演技だったけれど、どこか、いつも幼さが目立ってしまって、ぴんとこない。

 悪ガキの若者という感じだけど、きっとこの本の作者もそうだったのだろう。

 スマートな人のやることではなさそうだ。

 ゴッドファーザーのマイケルのような、魅力を感じない。
 
 惹かれるのは、悪でも、マイケルのような、真実性のある男性。


 私がデカプリオに魅力を感じないからなのかもしれないけれど。  

Posted by アッチャン at 10:38Comments(0)