2015年01月27日

クロワッサンで朝食を

   





 http://www.cetera.co.jp/croissant/    


 神戸のシネリーブスで、最終日に出かけた友人から、よても良かったわ、と聞いていた映画だった。

  ビデオでも借りようかなと思ったり。 テレビで放映されないかな、と番組を見てはチェックしていたら、

  昨夜の、イマジカで、放映されることを知った。ビデオにも撮ったけれど、放映時間にも、やもたてもたまらずに。

  2012年に作られた映画で、ジャンヌモローが主演。リトアニアとフランスと共同制作の作品。

  原題は、「リトアニア女性が、パリに。」

  彼女の言う通り、心に残る映画だ。 リトアニアと言う国の背景をしる必要があるだろうが、

  パリで、自由な空気の中で、新しい生き方を見出していくのは、ジャンヌ、モローが演じる、毅然とした老婦人

  (フリーダ)がそうであり、その頑固で気位の高い、老婦人の世話をするために雇われた、リトアニアからパリに
やってくる生活に疲れ果てた女性、アンヌも、自分の新しい人生を見出していく。
  孤独な二人の女性が、反発しあいながら、互いに寄り添い、新しい家族の形態が生まれる。

 すぐ近くにある、カフェの主人は、フリーダの愛人だった男で、彼だけがフリーダを支えていた。

    フリーダと、彼とアンヌの3人のリトアニア出身の、新しい家族の形態をしさする所で終わっている。
  「アンヌ、ここはあなたの家よ。」

  老婦人のアパルトマンは、サンジェルマンあたりかな、広くて、趣味の良い高級な調度品に囲まれて、家の中でも、
  素敵な洋服、アクセサリー、髪もセット、お化粧も。毅然として、チャーミングな貴婦人のような老婦人を演ずる
ジャンヌモローが、とても魅力的だ。
  自然な老けようで、皺も深いけれど、手を加えていない美しさの満ちている。不自然な若作りをしている役者も多い
 が、自然な方がずっと良いと思わせる。

 家政婦のアンヌは、どんどん洗練されて行く。女を忘れていた女性が、もともと持っているエレガントな魅力が引き出されて
いく様も見事だ。

  

 パリの朝食は、パン屋さんで買ってくる出来立てのパンから始まる。

 私の家の周りを見渡しても、そんなパン屋さんは、ない。

 パリだと、向こう三軒にパン屋さんがあって、朝も昼も夜も、バケットを買う人が並んでいる。

 サンジェルマンの高級アパートも、エレガンスさを磨くことも、新しい家族に恵まれることも、夢物語

 だけれど、「クロワッサンで朝食を」毎朝、楽しめるくらいは出来そう。

  パリに行かなくても、やきたてのパン屋さんが近所になくても、クロワッサンで朝食は出来そう。

 そういう朝食だけれど、パリのエスプリを味わえるのでは?
  
  私だったら、紅茶ではなくて、コーヒーとクロワッサンだけど。

  老婦人がのむのは、紅茶。マリアージュの朝食用の紅茶かも。

 そう、紅茶の方が、スノッブでエレガントなイメージがあるわね。イギリス式の。

 映画の中で、リトアニアからの友人達が、20年ぶりに、アンヌに頼まれてやってくる。
 夫婦を離婚させたと非難するリトアニアの仲間。
「結婚する前には、何をしていたのか知っている。」と非難する。

 アパートから出いけと叫ぶ夫人。
  「私は彼と寝ただけなのに、いつまでも昔のことを覚えていて私を責める。」

 彼女は、娼婦だったのかもしれない。優しい金持ちの夫を得て結婚したのかも。
  自分中心に生きて来た老婦人の孤独な末路が浮き出される。

 それも、パリという町に生きる人の象徴的な姿を現している。リトアニアで、飲んだくれの主人と別れ、老人ホームで働き、

 老いた母親の介護をしていたアンヌ。母親がなくなって、虚無感に襲われていた時に、かかってきた電話は、パリでのある老婦人のお世話
 をする仕事だった。

  お互いに抱いていた、孤独と虚無を、埋め合うように、二人は互いに無二の理解者に。無二の親友に、無二の親子関係に。

  隣に人がいても、無関係に生きるパリだから、人を求めあう関係も、夢物語のように生まれるかもしれない。

    

Posted by アッチャン at 13:38Comments(0)映画

2015年01月24日

鴈治郎襲名披露公演


     



10日ぶりに、電車で繁華街に出た。

 母の施設には通っているが、車で行って、買い物をすませて帰って来るだけ。

 施設ではマスクをしている。帰りの買い物でも、マスク。
 家に帰ると、手洗いとうがいをしているので、インフルエンザ対策は一応出来ている。

 久しぶりに、電車に乗って、人こみの中に入ると、周りは、咳だらけ。

 インフルエンザのビールスをまきちらしながら、歩いている人も一杯いるだろう。

 午前中に、母の施設にいき、 午後は、松竹座に、歌舞伎を観に。

 夜の部を、一月の末の方に予約していた。その間に、どこか海外にと思っていたから。

 結局、行けなくて、体調も優れないまま、その日を迎えた。

 2階の一番前のセ席をネットで予約していた。端席だから遅れても、途中でセ席を立っても

 周りの人に迷惑がかからないので、気分が悪くなれば、と思っていたけれど、無事に、全幕

 観る事が出来た。

二代目の忠兵衛


 最初の、「将軍江戸を去る」は、橋之助が血気盛ん、潔さを兼ね備えた、東男ぶりと発揮して、旨く演じていた。
  
 将軍、吉宗役の梅玉も、落ち着いた演技を見せて、東役者を迎えての、出し物として、潔さで観客をひきつけた。

 鴈治郎襲名の「口上」では、袴の色と、紋を、オペラグラスで見ていると、なかなか面白い。

 坂東家の、紋付は派手な山吹色で、目立つ。
 松島屋と、成駒屋は、緑色だけど、少し色が違っている。
 藤十郎を襲名した、3代鴈治郎は、藤色。
 橋之助は、東の成駒屋なので、上方と同じ、緑色。
 
  紋も、秀太郎と仁左衛門は同じだけど、愛の助は、違った紋をつけている。
  鴈治郎の息子である、壱太郎は「壱」という紋というように、家名の紋をまだつけられない。

  最後に、一同が声を合わせて、「末ながく、ご贔屓ご鞭撻を、」と言った時には、熱いものがながれて、

  目がにじんだ。

初代


 最後の、愛の助と壱太郎の「棒しばり」は素晴らしかった。 愛の助の、関西歌舞伎にかける情熱が
 観客を魅了するに十分だった。

 壱太郎は、母親の「吾妻流家元」を襲名したというが、愛の助の踊りには、及ばない。
 歌舞伎の部屋子として、入った愛の助が、今、関西歌舞伎を引っ張る若手の代表になっている。

鴈治郎襲披露の「封印切」は、仁左衛門のはっさん役が名演技で、ぴか一。

 忠兵衛役をやるには、もっと痩せないとだめだと思う。元気の良い、4代目鴈治郎が、吉田屋は、まだしも、
 
 忠兵衛としては、もう一つ。はっさんとのかねあいの場でも、元気が良すぎるし、太り過ぎ。 

二代目鴈治郎と、3代目〈扇雀時代)


上方芝居が、漫才のかけあいの持つ面白さと、松竹新喜劇にも継承されている、「おのしろくて、やがて悲しい」」悲喜劇
 を骨頂としてしている。
 情愛のある、悲しさ、弱さを表現し、真面目で、実直な働き者の忠兵衛には、二代目鴈治郎の名演技が語り継がれている。

  4代目は、おじいさんの演技を目指すといっているのに、あの肥えぶりはいけません。
 飲み食いが大好きで、楽天家の鴈治郎には、、芸一筋の、玉三郎や、高倉健、仁左衛門、や最近の海老蔵のように、ストイックなまでの
 芸道への執念が要求されます。
4代目

 関西で年に何回も、歌舞伎の公演が組めるようになるには、近松座の復活が不可欠。

 口上で述べたように、生涯芸道一筋に精進してほしいものです。




  

 食事は、今井の「あんかけうどん」を食べました。
 うどんくらいしか、たべられそうなものないから。  

Posted by アッチャン at 16:57Comments(0)演劇

2015年01月23日

「日浅和美絵画展」時の軌跡

 

       


絵画展の案内状をいただきました。
 
  吉田堅二さんと親交の深かった方で、長年パリ郊外のアトリエで、作家活動を

  ご主人と一緒に続けていらっしゃいます。

  ご主人と交代で、二年に一度、日本で新しい作品を発表されています。

  去年は、歌舞伎座への帰りに、ご主人の作品を拝見させていたいたので、

  ご紹介させていただいたのですが、今回は、体調のことあrのですが、

  月末は、医者の予約が順次詰まっていて、伺うことが出来ません。

  残念ですが、東京に行かれる方、東京近辺にお住いの方に、
  
  ご紹介させていただきます。

  「時の軌跡」をテーマに画かれる、抽象画です。

 以前に一度拝見させていただいたのですが、心惹かれる素敵な作品です。

 話は飛びますが、昔、パリのシャンソニエで、一人の日本人画家と知り合いました。

 北海道在住の画家で、高橋さんという方でした。

 壁を描く、抽象画家で、東京での個展の案内状をいただいたのですが、その頃は、

東京への交通費など、余裕のなかった頃で、ある美術教授が東京に行かれるので、

 案内状をお見せしたら、行ってくださったことを、今思い出しました。


落ち着いた、色調の「壁」というテーマ。

 観に行ってくださった、美術教授は、「好きな絵画で、欲しいなと思う絵だった。」と

おっしゃっていました。

 それぞれの作家の独自性は違うのですが、日浅和美さんの抽象画は、落ち着いた色調で、

日本人の心にすっと入って来る絵画で、日本での愛好家がきっと沢山おわれるのだと


思います。 定期的に、日本での作品展を心待ちにしておられるフアンが多いから、

東京の銀座、ど真ん中で続けてこられるのでしょう。

  日浅和美展  時の軌跡

   美術会館ギャラリー青羅

  東京都中央区銀座3-10-19
       03-3542-3473



  

Posted by アッチャン at 13:54Comments(0)art

2015年01月22日

安倍政権は戦争の出来る国へ

      



日本は、安倍政権によって、戦争の出来る国に代わろうとしているということが、

 今回の、イスラム国の標的になった、最も大きな要因ではないかと思う。

 日本は、平和に貢献する国として、イスラム圏の厚い信頼を得て来た。

 そのために、努力し、援助してきた日本人達の功績を踏みにじるように、

 日本人がターゲットになった。

 これまで、日本人は大丈夫だろという希望的観測を日本人誰もが持っていた。

 今回の衝撃は、日本も、日本人も、安全ではないということの決定的な事実を

 つきつけられた。

  今、日本人は、原点に立ち返って、考え直す必要に迫られている。

  平和を維持する為には、日本は完全中立の立場を貫かねばならない。

 安倍総理のような、戦う政治家が、日本のリーダーとして支持されていることは

  戦争の出来る国に、日本は変わったのだということを世界にアピールするばかりだ。

 今、日本人は、強いものに惹かれる傾向がある。

 スポーツのように平和的な強者に、自らを同化する現象なら無害だけど、安部総理や橋本市長の

 ような、戦闘的なリーダーに、傾倒していくことは、非常に危険であり、自分の身も危険にさらすことに

 なりかねないことを、私達は立ち止まって、考えてみる機会になれば、囚われ、死の危険にさらされている、後藤さんに報いることが出来る

 のではないだろうか。

 後藤さんは、平和の大切さを訴えるために、危険な地に取材を続けてこられた。

 もう一人の、湯川さんをもう一度、救い出すために、危険を承知で、イスラムに入ったという。

 後藤さんの注意を聞かずに、再びイスラムに武器を所持して入った湯川さんのような若い人が

 日本で増えつつあることも、日本の将来を戦争の出来る国に導いているのだと思う。

 日本は、その国にも加担せず、平和の国として、平和外交だけを行ってほしい。

 やられるから、やれる準備をしていこうというのが、今の安部政権のスタンスだ。

  

Posted by アッチャン at 13:32Comments(0)コラム

2015年01月18日

あれから20年

       



 20年前の今日、徹夜をして論文を書いていた。
 突然の揺れに素早く机の下に入り込んだ。両脇の足を持って、上下に激しく揺れる。

 とてつもなく長い時間に思われ、私は死ぬと思った。

 あの恐怖は今も忘れらることはない。

  運よく助かった命なのに、一生懸命生きてきたかというと
  そうではない。

 今でも、西宮北口を通るたびに、平屋の下敷きになって亡くなった

 フランス語の先生のことを思う。

 どうして、西宮北口の古家を借りて住んでおられたのだろう。

 フランスで、新しい情報を仕入れて来ます、と言われたのが、最期の会話になった。

 日本に帰られて以来、お会いしていなかったので、仁川の教員宿舎におられると思っていた。

 あんなに、アクティブで、死とは無縁のような方が、一瞬のうちに。

 西宮北口のあたりは、すっかり変わって、面影を残さないけれど、

 古い平屋の中で、すっかり熟睡していただろう先生の姿は、幻のように、私の想像の中に存在している。

 私と、もう一人、同じように被災した人に、「私は被害がなかったから。」といって、お見舞金を私達にくださった

 もう一人のフランス語の先生のことも、震災と切り離しては考えられない。

 気さくで優しい方。

 授業が終わって、教授室で、ポールべキューの魚をご馳走になったことがありました。

 学生たちからの要望で、部屋でパーティーをしたことがありました。

 授業中、肝臓が悪いのではないかしらと思われるように、手のひらが赤くなっておられるのが

 気になっていたのです。

 ワインを一杯飲んで、ポールべキューズのお料理を、今頃は天国で楽しんでおわれるでしょう。

震災の後、母のマンションで、水の配給車にならんで、12階の部屋まで、何度も運んだこと。

長田の火事も、何が他で起こっているのかも、まったくわからずにいたこと。

 アスベストの埃だらけ道を、代替バスで大学に通ったこと、など。

 遠い昔のような、つい昨日のことのような。

 よき人は駈く

私はお二人を思い出すたびに、そのことばが浮かんでくる。  

Posted by アッチャン at 18:00Comments(0)日々の事

2015年01月16日

震災から20年

     


  明日で、震災から20年。

 時の過ぎるのは早いけれど、震災から立ち直って行く日々が

 気の遠くなるほど長くかかっている人も沢山おられる。

 神戸の街は見事に復興を遂げて、震災の跡形もあたりに
 
 見えないけれど、心の中にある風景は、消えることはない。

 生きる勇気も失うほどの不幸や苦しみに打ちのめされても

 心は癒され、蘇ることが出来る。

 肉体が要求する、生きることへの欲求が消えないかぎり。

 心は肉体と離れては存在しない。

 食べる意欲が出てくれば、心の回復にもつながる。

 悲しみが追憶になってく日がきっとくるだろう。
 
 悲しみを忘れて、ひと時笑いあえる日がきっとあるはずだ

 元気で生きてればこそ、と思えるようになっているはずだ

 どんな不幸も、こ幸福に変える瞬間があるはずだ

 そこに、人間の偉大なる力がある。

 生命力の奇跡がそんざいする。  

Posted by アッチャン at 10:48Comments(0)日々の事

2015年01月09日

松竹座「雁冶郎襲名披露公演」

 
   
     
      

  お正月の歌舞伎は、「中村雁冶郎襲名披露」の公演です。

 テレビでも、生中継でやっていました。東京の舞台も少し。
猿之助の「黒塚」からの一部。生中継なので、途中からで、もっとも観たい、老婆の踊る場面は過ぎてしまっていたのが残念。

東京に行きたいという思いが抑えきれずにいますが、1月も、2月も、松竹座で、鴈治郎襲名披露の特別公演を見ることが出来るので、

来月は、猿之助も出演することだし、我慢かな、と思ってます。

寿初春歌舞伎の昼の部に行きました。





 翫雀改め、4代目の鴈治郎襲名とあいなりましてございます。

 もともと、翫雀さん時代から、その前の智太郎を名乗っていた頃から、とても旨い役者だと思っていたので、

 名跡をついでも、十分その名前にふさわしい演技を披露している。

 上方のお芝居は、「たよりなくて、たよりにならないけれど、面白く笑いをふくんだ芸を要求される。そういう役処にぴったりの役者

 だ。踊りのうまさ、間の取り方、身のこなしのおかしさ、鴈治郎にふさわしい。

 これから、名前を継いだので、益々、旨い味のある役者になるだろうと楽しみな人。





 愛之助は、新橋演舞場で、海老蔵と「石川五右衛門」に出演中なので、子の舞台には出ていないけれど、

 上方を代表する役者に育っている、愛の助が、東京のように、毎月、大阪か京都で、歌舞伎の舞台がかかっているようにしたい、と
いう希望を語っていたが、鴈治郎と扇雀、愛の助、仁左衛門が、上方歌舞伎を盛り上げて行ってくれて、東京から役者を迎えて、

 毎月歌舞伎の舞台が見られたらと思うのは、夢かしら。東京ではそれが当たり前のことなんだけど。

 1月も、2月の、上方と言えば、近松。 新生鴈治郎が、美しい舞台を見せてくれるだろう。




 お父さんに、藤十郎さんとの、コンビで、「吉田屋」を昼の部で観ました。
 藤十郎の足の動きが気になる。よちよちした感じで、床に膝をつく時に、音を立ている。若い頃はそういうことはないのだけど、膝をつくのも大変なのだ。
 夕霧の重いカズラもすごい負担になっている。そういうことを,玉三郎でさえ、負担になるので、軽く作ってもらってると語っていた。

 大丈夫かな、とはらはらしながら見るようになっていく。
 我當さんが、体調が悪くて、この舞台での役を、梅玉さんが引き受けている。
 我當さんは、腰に、椅子を置いてもらって、座りだちするような格好で、芝居を続けて来た。座ったら、立てない。

 ずっと以前から、足が悪くて、杖が必要だった。舞台では、よく、と思えるくらいだった。12月の顔見世では、新ノ口村の、父親役を演じていた。人を引き込む、情愛溢れた演技だった。 




 弟の秀太郎さんは、健在。松島屋の中で、子役から天才と言われてきた秀太郎。
 今回は、「吉田屋」のおかみを演じている。

 昼は、仁左衛門の「河内山早春」 悪役を演じるほうが楽しい、と言う仁左衛門。夜の悪役で出ている。


芝居が終わったのは3時、まだお昼を食べていなかった。

 いつも人が並んでいる、お好み焼きの「美津乃」が空いていたので入った。
 最近は、旅行者が沢山並んでいるので、入れなくなっている。

 美津乃やきを頼んでから、隣の人のがおいしそうだなと思う。
 道頓堀焼というのが、出来ていて、それらしいのだけど、そばが入っているので違うのかなとも思う。

 それは何焼きですか?と聞くと、道頓堀焼にそばをプラスしたものだという。

 そういうことも出来るのか。

 お好み焼きに、そなを入れたモダンが好きで、そういう頼み方が出来たのなら、それにすればよかった。

 美津乃は、イカ、豚、牡蠣、などが入っている。 注文してるのを見ると、小サイズも頼める。

 欲張りなので、小サイズのを二つ頼めば良かった、とか。

 


 久しぶりに食べた、美津乃のお好み焼は美味しいけれど、梅田の「ゆかり」でも結構おいしい。

 美津の焼は、税込みで1600円足らず。かに道楽の「かに定食」のほうが、良かったなあ、なんて。

 すしざんまいの寿司にすれば良かったかもなんて。

 私って、ほんと、食う意地はっている。  

Posted by アッチャン at 11:34Comments(0)演劇

2015年01月08日

「名手達のオーケストラによるコンサート」

         




   友人と別れて、私は楽しみにしていた「名手のオーケストラ」を聞きに行きました。

 阪神淡路大震災から20周年の、リクエイムとして、三枝成彰が作曲、曽野綾子がリブレット、指揮は、大伴直人。

 ソプラノの森麻季とテノールのジョン、健、ヌッツイオ、という豪華な顔ぶれなので、すごく期待していたのですが。

 
オーケストラのメンバーも、各楽団のコンサマばかりが揃っています。

 沢山の企業の協賛援助も得て、兵庫県知事の井戸さんも、舞台に立っての豪華な舞台です。


 三枝さん



 私が期待しすぎたのか、席が、横の席だったからなのか、思ったほど良くなかったと私は思いました。

 ソプラノもテノールも、聴かせるというほどの力量が足りなかったように思われ、福井敬の方が感情移入も力量も優れている
ように思う。

  サンフランシスコで聞いた、トスカの「妙なる調和」が耳にあるので、美しいけれど、感情の少ない弱弱しいものに聞こえて、物足りない。

  森麻季は、声は綺麗で透き通っているけれど、ボリウムを精一杯だしても、幅がない。

 



 名手ばかりを集めても、共同で作りあげる音がそれだけ素晴らしいとは限らないことも見せつけるようにも思われて。

 サンフランシスコ交響楽団のように、長年、一つの楽団で、皆が呼吸を合わせて作り上げて行ったものの完成度とは、比べようがない。

 大フィルの方が、良かったように思う。

 大した感動もなくて、終わった、という感覚しかなくて、こんなのだったら、聴かなくても良かったと思いながら帰って来た。

 ニューイヤー用に、ヨハンストラウスの舞踊曲を演奏したのも、ウィーン交響楽団の毎年のニューイヤーコンサートをテレビで聴いている
ので、あの流麗な音楽が耳に覚えているので。

リクイエムは、作曲によって、心をうつものに変われただろう。 メロディーと言葉のコンポジションが旨くいかなかったのではないかと思う。

 こういうことを言っていたら、音楽を聞く楽しみが半減してしまうのだけど。これはあくまでも個人的な私の感想ですので、ご容赦願います。
   

Posted by アッチャン at 17:48Comments(0)art

2015年01月08日

梅田のフレンチ「ジャファンス」



       



友人宅からの帰りに、母の施設に行った。
 母の施設は、インフルエンザが流行しているので、お正月の予定されていた行事は、一切取りやめで、
おやつも自室に運ばれている。
なかば監禁状態が続いている。
 そのせいか、いつも下玄関まで送ると言う母が、部屋でさよならできるようになっている。

 母の好きなみかんと、デパートで福袋に入ったお饅頭の詰め合わせを持って行った。

相変わらず、「怖いね。」を繰り返している。

 私が母に甘えるように抱きつくと、母は嬉しそうに、笑いながら私の肩に手を回して、

 子供をあやすようなしぐさをする。母はそれが嬉しいよう。

 翌日、4日は、西宮芸術センターで、「名手たちの交響楽団 ニューイヤーコンサート」を観に行く予定だった。

 梅田に出て、友人と昼食をした。





 日本食に飽きている頃なので、ジャファンスのフランス料理の店に。

 この店は、結構常連ぽくなっている。

 前菜までの間、フリードリンクのワインを、呑み助の友人に、特別に入れてくれる。

2500円の豚


3500円のかも



 私は最近、ワインを沢山飲めなくなって、一杯が丁度良い。せいぜい、一杯半かな。フリードリンクの場合でも。

 いつもは、2500円のランチ。 3500円のコースにしたら、豚が鴨になっている以外対してかわらない。

 安い店だけど、味も美味しいので、気にいっている。

 夜の方が客は多いそうだ。フォンヂュんもあるので、一度それを食べてみたいのだけど、

 昼間のランチメニューにどうしても決めてしまって。




 店の紹介するわね、と言いながら、正式にしていなかったので、ここで。

 場所は、ヨドバシカメラの向い側。地下に入るので、わかりにくいけれど、ヨドバシカメラの向いで、新阪急ホテル側。

 ジャファンス、という店です。ネットでも、出てきますよ。  

Posted by アッチャン at 16:59Comments(0)旅のグルメ

2015年01月08日

お正月

 





何年ぶり?いえ、何十年ぶり?に重箱を出して、おせちを作った。
作ったというのは、嘘。イカリで買って来た、出来上がりのものを、並べただけ。

 西洋おせちしかなかったので、個別に出来たものをいくつか買った。

 夕方、Mさんを迎えに行き、夜は、家で鍋をした。

 豆腐と豚と牡蛎を入れて、生湯葉もいれて。

 豚と牡蛎がああうかなと思ったが、とても美味しかった。

 すっかりお腹が大きくなって、紅白を見てからの、晦日蕎麦も入らないかなと
 思われたが、にしんとゆばを入れて、美味しくて綺麗に食べられた。

 翌朝、おせちとお雑煮で、お正月を迎えたのも、いつからかしら。

 西宮ガーデンズが空いているので、二人ででかけたまでは良かったのだけど、

 館内の、ものすごい人によってしまって、レジは一杯並んでいるしで、すぐにそこを出て
帰って来ただけど、車は混んでいるので、くたびれただけ。



Mさんは、夜の9時前の飛行機なので、十分時間があったのだけど、帰って、おせちの残りなどを食べて
もらったら、もう時間がなくなって、道が混んでいることを予想して、雪のふりしきる中、送って行った。

夜、明日伺うはずの友人宅に電話をして、雪で行けないかもしれないから、と断るつもりだった。





疲れているので、休んだ方が良さそう、とも思った。

電話の向こうで、ご主人が「明日次第にしたら。」と言っているとのこと。

何も特別なことはしないから、というので、明日次第に。

夜、早い目に寝て、すっかり朝は元気になっている。

雪もやんでいた。




私が一人でお正月を迎えるのが寂しいだろうから、と毎年呼んでくれる。

泊まりだから、夕方つくように行くわ、と言って、コナミでお風呂に入ってから出かけた。

 いつも使っている、電車なのに、別の所に行くのに乗ってしまった。

 やれやれ、電車に乗り込んで、メールチェックしたら、パリの従妹からのメール。大慌てで、返事を書いていたら、
電車が、全く知らない駅で停まっている。

前の人に聞くと、「反対の方向や。」と言われた。




電車に乗るときに、友人にのr時間を入れているので、駅で待ってくれている。これも真っ青。
電話して、まだまだ大分時間がかかることことを告げて、駅についたら、真っ暗。

ボケているなあ、とがっくり。

いつもながら、楽しい夜。美味しい食事。極上のコニャックに、素晴らしいグラス。

いつも暖かく迎えてくれる友人がいる。




付き合いのよくないほうだから、友人は少ない。 そんな少ない友人でも、なかなか会う時間がない。
年に一度と言わず、時々来て、と言われるけれど、あっという間にやってくる一年。

テレビで、愛の助が、「友人が出来ない」との相談をしていた。

忙しくて、付き合いが悪いので、誘われなくなるという。

創作的なことをする人は、友人が出来ない、という答えだった。

それは確かにあるなあ、と思う。

  

Posted by アッチャン at 16:26Comments(0)日々の事

2015年01月08日

フェスティバルホールで「第九」

  
          


  食事会で、第九の演奏があることを知って、ネットで調べたら、29日と30日に
フェスティバルで、第九の演奏が聴けることがわかった。
チケットはまだ残っていたので、A席を買った。Aといっても、6000円なので、
佐渡さんの時とは大違いに安い。
 ボックス席でも7000円。当然そういう席はなく、2階の中央、2番目の席があったのでそれを買った。
 母の所に行き、コナミに寄って、家に帰ってから、夕方出かけた。
 大フィルの演奏会は、年間スケジュールの中の一つだったよう。
 指揮は、ユベール、スターン。 年末に第九を習慣は、日本人だけだそうだけど、
 年の終わりに、第九で締めくくるのは、久しぶり。
新しいフェスティバルホールは、二階からも良く見えて、舞台が近くなったような気がする。音響の効果が素晴らしい。
 慣れ親しんだ曲なので、最初からすっと入って行ける。
 ユベール、スターン指揮は、大げさではなくて、正統派的。抑えながら盛り上がって行く。
 第三楽章の、低く、聞こえないくらのの音で始まる、第九の戦慄が、大地を這うようにかすかに聞こえて来ると、なぜかいつも目が熱くなって、涙がにじみ、泣けてくる。
隣の若い男の人も、泣き始めている。
反対側の人は、手を組んで、祈るようなしぐさ。
 合唱は素晴らしく、福井敬のテノールが、ひときわ響いた。こういうテノール歌手が日本のもいるのだなあ、と感心した。

 歓喜の中で、第九の演奏が終わり、演奏者達が去った後も、合唱団の人達が残っていた。
舞台は暗くなり、ドライアイスの雲のような白い煙が流れ、ろうそくの灯を持って、『蛍のひかり」の合唱が。
 やがて、ろうそくを持って、舞台のそでに消えていった。



  第九を聞き終わっての帰り道、旋律が頭の中を流れている。帰ってからも、ずっと。
 良かった。行って良かった。
感動を引きづって、皆家路の人となって行った。
一人、誰もいない家に帰るのは寂しい気がした。
急にがらんどうのなった家に。





 忙しく立ち働いていたので、少しの休んで、大晦日には、Mさんが、一晩泊りでやってくる。

福井敬の、スペシャルリサイタルが、6月に、ザ、フェニックスホールで開催される。
 行けたら良いなあと思っている。
玉置浩二のオーケストラとの競演でリサイタルが、西宮芸術劇場で開催されるらしい。
 チケットがゲットできるかしら。

  

Posted by アッチャン at 14:30Comments(0)日々の事

2015年01月07日

有馬グランドホテル





 26日、私は、朝から歯医者さん。
月に一度のテンプレート調整に。
 
午後、Mさんのお母さんを迎えに行くまでの間に
ネットで美容院を探して予約。
歯医者から帰って、あわてて掃除を。
 4人で有馬グランドホテルに。





フロントで、受け付けの人が「いつもご利用ありがとうございます。」
と言われて、「新館のお部屋が空いたので、ご用意しました。」
というラッキーな応対を受けたのは、弟の家族が、このホテルの常連だから。
私は初めて泊まるのだけど、名前が同じなので、フロントでは、勘違いしたのか、
その家族だと思ったのかも。
 ネットでもっとも安いのを探して、4人で80000円のコース.
息子が 招待してくれる。寿司屋も料理屋も、すべて息子が払うと言って、私に一切出させない。
 働くようになって、親の大変さがわかったという。親孝行してくれるのは有難いけれど、
子供に出してもらうのは可愛そうな気がする。
 
 

食事は牛鍋でがっつり、というコースで懐石コースは100000円くらいになるので、
節約したのだけど、期待以上に良くて、皆大満足。
 さすがに、リピーターの多いホテルだけあって、また来たいなと思わせる。
新しく出来た、階下のお風呂も良くなっている。宿泊だけ利用が出来る、最上階の
見晴らしの良いお風呂も良い。
弟の家族が、このホテルを気にいっているわけがわかる。
  朝のバイキングが素晴らしい。ものすごくたくさんの種類があって、味も良い。
毎晩、ラウンジで生演奏があるらしい。








エレベーターで、シャンソンの案内があったので、聞きに行こうと思っていたのだけど、
息子達が、お母さんのマッサージをしてもらっている間に、テレビでスケートを見ていたら、終わってしまっていた。
お母さんに申しわけないと思うのだけど、マッサージが得意だと言われて。









 翌日はジャズの案内ポスターが貼ってあった。
グランリゾートでも十分だと思ってたのだが、有馬グランドの設備を体験すると、なんともつまらないように思える。
 ホテルには、大型のベンツで乗り込む家族の姿もみられて、常連の客らしい。
あまり大きいホテルは?と思ったのが、お風呂も大きいので、ゆっくり楽しめた。
健康チェックのコーナーがあって、Mさんのお母さんと、そこでしばらく遊んでいた。
 骨量、血液、お肌、身体のスキャンに、血圧のチェックが出来る。
Mさんのお母さんは、血圧が高くて、それが気になっていて、翌日、本屋に立ち寄った時
に、ずっと健康コーナーの本を熱心に読んでおられた。
 ああいうの気になるのだけど、気をつけるようにもなるから健康に関する本も山ほど出ている。
 Mさんのお母さんを駅まで送って、しばらく二人は家で休んでから、
夙川で晩餐会。








弟家族、妹の家族と一緒に、イカリの地下にある、イタリアンレストランでの会食。
ワインは、イカリのワイン蔵で買ったものを持ち込めるので、弟が選んだ。
レストランで15000円するワインが、イカリのショップで6000円くらい。
3本かって、食事の注文時に、スパークリングワインも別に頼んだので、随分飲んだもの。
料理は、5000円のおまかせコース。
母が欠席の寂しさはあるけれど、皆が集まるのは、そうないので、楽しい夜だった。

 


  

Posted by アッチャン at 13:02Comments(0)旅のグルメ

2015年01月05日

クリスマスにお墓参り






 25日、クリスマスに、お墓詣り。
 いつもは、帰る前日にお墓参りをするのですが、することは早めにすまそうと
いうので、3人でお墓参り。
  お墓を掃除して、お花を供えて、帰りは、病院の叔母を見舞って、それから母の施設にも面会に。
 朝、病院から電話があり、母が熱をだし、風邪を引いたようで、ふらつきもあります、との報告を受けていたのですが、年末の診察を25日に予定されていたので、医者に診てもらいます、ということだったので、お墓詣りの後、母に会いに行きます、と伝えていたのです。
 お墓参りをすませて、川西のラーメン屋さんで昼食を取り、叔母のいる病院に着くと、
叔母はこれからお風呂だとか。少しだけ面会して、会話もそこそこに、叔母は浴室に。
 母の施設に行くと、看護婦の話がありますから、と言われて、手洗いをすませて階下で待っていると、看護婦さんがやてきて、母はインフルエンザのA型であることが判明したので、面会は出来ないとのこと。
 昨日は、私と一緒に、ケーキを食べたりしていたので、もしかしたら、私もかかっているかもしれない。
  今、タミフルを調達してもらっているという。母は予防注射をしているのに、とも思ったが予防注射をしていてもかかる場合がよくあるらしい。
 高齢なので、心配だけど、おまかせするしかないので、息子は会えず。
 27日に、母を囲んで、家族が寄って夕食会をすることになっていた。
主役がいなから、キャンセルしたら、と息子が言う。
皆、遠方から来る人達も楽しみにしていたので、予定通りに晩餐会を開く事にした。
 息子は、夜、父親と会う約束をしていて、私は二人を駅に送り、買い物をして、一人の夜を過ごす。
25日は、小田和正の「クリスマスの約束」という番組を見るのが楽しみ。
 息子達は、新地でふぐ料理を食べた後、元主人が行きつけのスナックバーで、カラオケなので盛り上がっていたらしい。
 両親の傍にいて、二人を見送り、今は大きな家の中での一人暮らし。午前中は仕事に出て、夕方からは、毎夜、新地で遊んでいるようで、若い女の子達に囲まれて幸せ。
 その話を、友人にすると、「よりを戻せば?」なんていう。
 私の幸せは、「ひどい結婚生活を体験して、もうこりごりだと思えること。」
何度もする人がいるが、そういう人は、結婚生活がまんざらでもなかった人なのだと思う。
何度も結婚して何度も別れている人がいる。
そういう人って、結婚生活に不満で、もっと良い相手がいるとか、もっと良い暮らしがあるだろうとか、未来に期待をかける人だと思う。
 
再婚はしないのですか?と聞かれることもしばしば。
生活が出来なければ、そういう選択もあるでしょうけど、そんなことは必要ないですから、と答えることの出来る幸せ。有難いとおもっとります。
小田和正の歌を聞いて、クリスマスの夜は更けて行きました。
 
  

Posted by アッチャン at 14:21Comments(0)日々の事

2015年01月05日

イブは「魚楽唐唐」で



          



 時差ボケで、息子は夜中から目を覚ましているので、私が6時に起きだすと、
ご飯をまちかねている状態です。
 マイナス30度にもなるというオハイオに暮らしていながら、部屋は暖房でむんむんするくらいまで温度を上げて。
 お風呂は、湯船を一杯になるまでお湯をはって、食事は、旅館顔負けなくらいに、
私は、沢山食卓に並べるのですが、全部綺麗に食べてくれるのです。
 アメリカでも美味しいものはあるのですが、ソーセージ、ベーコン、焼き魚、お豆腐に
納豆、あさりたっぷりのお味噌汁、もすくにめかぶ、野菜サラダと、新鮮な卵に味付け海苔。




 テーブルが一杯になる、朝食は、私が作るのですが、昼食と晩食は外で食べたいもののリストまで作って、日本に帰って来るという熱の入れよう。
クリスマスイブは、二人で買い物に出かけたので、私は母の所にクリスマスケーキを持って行き、一緒に食べて、二人と待ち合わせている、武庫之荘の割烹の店に行きました。
そこは、魚が美味しいという店で、息子がネットで見つけていた所です。
錦織圭が、ぼどぐろが好きだというので、息子ものど黒が食べたくて、その店を選んだのです。

かわはぎ



 お魚尽くしで、どれも本当に美味しい店です。
「魚楽唐唐」というお店です。
支払いは息子がしたので、値段はわからないのですが。







食べたいものをまず、というので、のど黒までは食べられなかったのですが、
のど黒の焼魚は4500円という値段がついていました。
イカリにも売っているから、朝の焼魚で。ということで、その場は。
イカリでは980円で買えるのです。




ミズノで買って、送っていた上着がとても気にいって、昼間はミズノにそれと同じものを買いに行って、取り寄せまでしてもらって、3着買って帰ったのですが、
1月になると、バーゲンで3割も安く帰るようになっていましたが、今年は、景気が良いのか、良く売れていて、下着など、LLサイズしか残っていません。
息子が買って帰ったシャツも、ほとんどなかった。
ミズノのプレサーモは、私も使っていて、温かさと着心地が抜群なのです。
話は飛びましたが、クリスマスイブは、「魚楽唐唐」で過ごしました。
  

Posted by アッチャン at 12:43Comments(0)旅のグルメ

2015年01月05日

明けましておめでとうございます






明けましておめでとうござます。
本年もどうぞよろしくお願いも仕上げます。
昨年の暮れは、もう本当に忙しすぎるくらい
忙しくしていましたので、ブログを更新する時間も
気力もありませんでした。
なので、遅まきながら、日を追って、過去のブログを
書かせていただきます。
まずは、22日のブログです。
息子達が帰ってくる日の朝です。
息子からの電話で、飛行機の機体に不都合があり、シカゴに引き返した
とのことで、これから飛ぶのを待っているけど、今夜中に着かない、成田泊まりになる
とのこと。
別便でやってくるパートナーは、それを知らずに、伊丹に着くからという報告でした。
次にまた電話があり、シカゴから飛べる状態になったものの、機長の勤務時間がどうとかで、今日はシカゴに泊まるとのこと。
僅かな日程でやってくるのに、なんとも可愛そうだけど、飛行機事故に巻き込まれなくてまだ良かったとも。
UAは、ノーモアだと。
デルタで、マイルを使ってやってきたMさんは、時間通りの到着だったけど、成田で
息子と合流できず、最後まで飛行機の乗るのをためらっていたそうです。
温泉に浸かって、鮨を食べてと期待していたので、彼女だけ、とにかく、寿司屋に案内して、宝湯という温泉を探して、車を走らせ、迷いながらもなんとかその夜は。
その翌日です。
本と薬局に行きたいというMさんを乗せて、逆瀬川まで行き、昼食に、長らくごご無沙汰している、蕎麦屋で美味しい蕎麦を食べて、出て来たまでは良かったのですが。
蕎麦屋で話をしていた、会いたくない人に、ばっちり会ってしまった。
「鳩の糞でご迷惑かけてすみません。」とまず謝ると、
「鳩はこの頃来なくなっていますが、工事があるので、ベランダの清掃はしておかないとけないのですが、管理人さんに聞いてませんか?」
 母のマンションは、鳩被害で大変なことになっていて、弟が囲いをするはずのポールが部屋のまだ置いたままで、文句を聞くのが怖くて、母のマンションに行っていなかったのです。
「ポストに宅急便の紙が入っていますよ。弟さんは、上まで上がって来られていないようですね。
下のポストは覗きに来ているようですが。」
ちゃんとチェックされている。
「上に上がってみます。」と言って、Mさんと母のマンションに入り、ベランダを覗くと、
糞が山のようになっていて、
「わ、これでは怒るはず。」
とりあえず帰って来たのですがそのことが気になって。
夜、再び、息子を迎えに伊丹に。
やっと日本に帰ってこれたのですが、計画していた予定が一日分なくなってしまいました。
息子もいれて、また寿司屋に直行。
長次郎という、回転すし。そこか、また宝湯に。
二人はマッサージとヘッドスパをしてもらってました。
息子の日本へ帰る楽しみは、美食と温泉とマッサージ、それにつきるようです。
  

Posted by アッチャン at 12:05Comments(0)日々の事