2016年02月02日

母のお針箱





弟が、二階から、箱を持ってきた。
一目見て、それが母のお針箱であることがわかった。
なつかしさと悲しさがこみあげてきて、涙があふれた。
母が今も元気で、頭がしっかりしていたなら、なつかしいわね、
で終わっただろう。
母が夜なべして、縫物をしていたお針箱。布のひっかけがついた、
3段の立派なお針箱。中に、着物のしつけ用のへら、糸切ばさみ、
つかいかけの糸や、つかなくなった衣服から取ったボタンなど。
母は夜遅くまで、このお針箱の前で働いていた。
このお針箱は、3段引き出しのついた、木造の大きなお針箱で母が欲しくて買ったものだった。
今、弟が裁縫をするようになって、使っている。
最近暇になったので、衣服のリフォームを楽しんでいる。
幅広の古いズボンを、今様に幅をつめたり、後ろポケットに、長財布が入るように中ポケットを付け直したりソファーのカバーを付けたり。
弟は、母使っていたお針箱の中にあるものを使って、母を愛しんでいるのだろう。
母がすぐ近くにいるけれど、弟はあまり行かない。
今の母の姿を見るのが辛いのだろう。
母が使っていた道具を使うことで、母の傍にいるようななぎさめになっているのだと思われた。
良く働き、いつも明るかった母。誰にも等しく愛を注いだ母。
優しい母。自分はいつも後回しで、人の幸せばかり願っている母。
誰からも好かれる母は、それにふさわしい人だから。
父は、母がいれば、誰もいらなかった。
母は、今も心配りが深くて、人を気遣うことは変わりない。
優しくて、笑顔が素敵だから、大好き、と施設の職員達
は言ってくれる。
記憶が日々薄れていく中で、母の中核は失われることはない
のだけれど、
母と話が出来ない悲しみは深い。
テレビで、トムハンクスの映画が映っていた。
母と一緒に映画館で観た映画。
トムハンクスの後ろ姿がかっこいいわね、と言いあった。
ああ、あの頃は元気だったのに、悲しみが襲う。


  

Posted by アッチャン at 14:52Comments(0)日々の事