2016年02月03日

清原に見る精神のもろさ



    

かつて、子供たちの夢だった清原が、これほどまでに転落に道を辿るように
なったのは、薬物中毒によるものだった。
美しい奥さんと可愛い子供たちに見捨てられ、寂しさから麻薬に手をだしたのだろうか。
そうではないと思う。それ以前に薬物中毒のために、大切なものを失って行ったのだろう。
かつて、私は、清原フアンで、清原を見たくて、野球場に足を運んだこともあった。
退団のセレモニーは、英雄のふさわしい、感動的なものだった。
野球をやめた清原は、注目されることがなくなり、自分の進むべき道の方向感を失って、
薬物に頼るようになったのではないだろうか。弱さゆえに。
清原は、精神的に弱い人間だと思う。
清原が、転落の道を辿ろうが、私には、どうでもよいことだけれど、清原の子供達のことを
思うと、父親としての清原にいいようもない腹立たしさを覚える。
それと同時に、薬物の恐ろしさへの恐怖と、薬物に侵されていく、肉体のもろさ、弱さに悲しさを覚える。
絶大なフアンに支えられ、波乱万丈の野球人生を送って来た清原が、人生の目標を失ったとき、
地獄のような苦しみを、薬物に変えて耐えてきた。
私達は、清原から、学ぶべきものがまだ多い。薬物の怖さ、恐ろしさを学べた。
そういう意味で、清原は「地に堕ちた英雄」としての存在は維持している。


  

Posted by アッチャン at 13:02Comments(0)日々の事